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現状の把握

 戸籍及び市民登録と、暫定的なアパートをとりあえず決めた俺は、すでに必要最低限の家具が備えられているはずの扉を開けるべく、カードキーを差し込んだ。


 チャイムの隣に設置されているカメラに瞳を近づけて、瞳孔認証を開始。その後、さらに親指を乗せ指紋の照合……めんどクセェ。


 自動的に開いた扉は、俺が玄関に入って数秒後に、これまた自動的に閉まった。


 部屋を見渡すと六畳一間のフローリングされた木目の床と、その上に立つ、古びた木製の椅子とテーブル。


 微かにだが聞こえてくる駆動音は、22世紀に作られた冷蔵庫とほぼ同型の骨董品。


 その隣には、ガスでの調理が可能な前時代的なキッチンが据えられている。安物と思しきパイプベッドには白いシーツが敷かれ、清潔感溢れる布団と毛布がセットで鎮座していた。


 冷凍冬眠していた会社、アルファード社が手配してくれた品は、俺の要求通り。


 重力制御された足の無いテーブルや椅子なんてどう使えばいいのかわからないし、冷蔵庫だって無駄な機能が無い方がはるかに使いやすい。

 

 宙に浮いてるベッドの寝心地なんて、正直想像したくない。



 テレビとパソコンについては、そのほとんどが、22世紀の知識だけでは操作できない新型に切り替わっているようなので、後日俺が自分で品定めする、と伝えてある。


 とにかく、今日は、疲れた。


 冷凍冬眠から起きたばかりだからか、普通に歩いただけで全身の筋肉が悲鳴をあげていやがる。


 ナガイさん曰く『これでも装置の中で恒常的なマッサージを続けてきたからこそ、解凍初日から外出が可能なのです』と胸張ってやがったが……ダリィ。


 ベッドに着の身着のままでダイブした俺の脳裏に、血塗れの少女の顔が浮かぶ。


 すると、身体のダルさが吹き飛んで、頭が冴えてきた。


(この世界では、人は、死にませんよ)


「……冗談じゃねえや」


 気分転換に、アルファード社のナガイさんからもらった資料を読み返すが、要領を得る事が出来ない。


 とりあえず、この資料から理解できたことをまとめてみると、


1 ジーン・バンクという会社で、クローン人間を作る。


2 ブレイン・メモリーという会社で、人の脳に埋め込んでいる生体チップから記憶の情報を常に集め、非常時にはそれをクローンの脳に転送する。


3 結果、寸分違わない『本人』を蘇生させることができる。


 ということくらいか。


 そう言えば、俺の脳にもすでにその生体チップなるものが埋め込まれ、俺の口座から引き落とされた金で蘇生保険とやらにも加入している、とのことだが、その辺の保険制度とかは何回聞いてもさっぱりだ。


 さすがに『人は死なない』というのは、冷凍冬眠から覚めた俺に対するドッキリだろうと思ったが、アルファード社の人間が出してきた各資料や、街中にはびこる各社のCMがそれを否定した。


 親父―タバコばっかり吸ってたせいか、ひょろひょろに痩せてた経営者の親父。


 お袋―親父とは逆に、恰幅の良い、肝っ玉の太いお袋。


 コウ―血液ガンを患っていた俺を、いつも心配してた妹。


 ナガイさんに頼んで、俺と同じように冷凍冬眠していた知人友人がいるかどうか調べて貰ったが、該当者は一人もいなかった。


 そりゃそうだよな。当時の技術力では、無事に解凍される確率がサッパリわからない冷凍冬眠なんて、誰が好んでするか。それこそ、不治の病を抱えたかつての俺のように、後がない奴しかやらない。


 脳裏に浮かんでは消えてく両親やコウ、友人たち……この世界じゃ誰も死なないって話なのに、もう、誰も生きちゃいない。


 現実味がなくて、涙の一つも出てきやしない。


 アルファード社の調べでは、俺の一族の血脈は、俺を除けば、誰も生き残っていない事がすでに明らかになっている。


 血縁者が誰もいない状況下で、俺の解凍がどうして今頃になって行われたかというと、二千年前に結んだ契約に原因がある。


 当時のアルファード社は、冷凍冬眠による未来旅行を謳って業績を伸ばそうとしたのだが、冷凍冬眠の前例がないため、被験者がいなかった。命に関わる病気を抱えていた俺は冷凍冬眠に一縷の望みをかけて、次のような契約をアルファード社に持ちかけた。


 冷凍冬眠をした俺を二千年間、アルファード社の好きに使っていいという契約を。


 世界で初めて冷凍冬眠を施された俺は、アルファード社の名前と共に当時の雑誌で乱舞、さらに冷凍開始から百年を経ても俺の各細胞にダメージが一切無い事を確認したアルファード社は、冷凍冬眠している俺をコマーシャルに起用し、業績を飛躍的に伸ばしたらしい。


「それにしても、参ったな……」


 あの時は、生きるのに必死だった。


 たった十七年で人生が終わる理不尽が許せなかった。


 生きるためならと、考えられるありとあらゆる手段を講じ、俺は文字通り、命を賭けた。


 そして、俺は賭けに勝った。


 でも、必死だったから。


 賭けに勝てたら何をしたいのか、ということまでは全く考えていなかった。


 親も妹も友人もいない上、何をしたいのかまでわからないなんて……バカだ。


「しかも皮肉なことに、今は、人が死なないだなんて……」


 笑えてしまう。


 昨日まで死ぬ事にビクビクしてたのに、いざ目が覚めたら今の科学力では人は死なないだって? どんな笑い話だよ、これ……


 俺は冷凍冬眠される以前から、病院でつけていた小さな厚めの手帳を取り出した。


 親父とお袋とコウが、入院する際に渡してくれた手帳だ。色々書けるように配慮してか、かなり厚めなそれには、どういう治療をどこの病院でやったとかいう走り書きや、親父やお袋、コウが見舞いにきてくれた日の事を書き綴っていたりした。


 頭を強く振り、蛍光灯に向かって『電気、消してくれ』と短く告げる。


 声に反応して明かりが落ちる。


 今の世の中で、死ぬ心配はしなくてもいいらしい。


 それはとても幸せな事で、体感時間ではほんの少し前まで死ぬ事にびくついていた俺にとっては本当にハッピーで、今の時代は最高のユートピアだと思う。


 でも、それを喜び合える人間がいないのが、どうしようもなく寂しかったから、俺は何も考えないように毛布を頭から被った。

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