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復讐ガチャ  作者: ミタ
7/8

ヤマノリョウタの復讐 その6



深夜二時を過ぎた頃に、続々と集まってくる男たち。

ここは、とある廃校になった建物の中である。


「全員集まったか? じゃあ⋯⋯⋯カンパーイ!!」


ビールを片手に、そう言ったのは高身長でフードを被った男。

それに合わせるように総勢二十人余りの男たちが一斉に歓声を上げた。


「やっぱ最高だぜ! 仕事終わりのビールは!」


「今日の収穫はどれくらいだ? あの家のジジイは耄碌し始めてるからな、引っ掛けるのは簡単だったろ?」


「ちょっと声を変えて泣きついたらオロオロして金出しやがったよ。チョロいな」


男たちの内の一人が、バックから札束を取り出した。

総額百万くらいはあろうかという金だが、それを見たフードを被った男の表情に変化はない。


「フン、小遣い程度だな。お前からしたらその程度でも大金なのかもしれないけどよ⋯⋯⋯」


すると、懐からそれ以上に分厚いであろう札束を男は取り出した。

それだけではない、高価な金細工を施したリングも取り出した。


「チマチマした仕事しやがって⋯⋯⋯もっと分捕れるだろうがよ」


「な、中本さん⋯⋯⋯それって⋯⋯⋯」


「ん? 通りがかりに宝石商を見つけたから、リンチして奪ってやったんだよ」


見ると、周りの男たちの指には宝石の装飾が施された指輪がある。

高価なネックレスを雑に振り回している男もいた。


「知り合いに裏のルートを知っている奴がいるから、そいつに後で全部売っちまおうぜ。コイツを全部売れば下手したら⋯⋯⋯億単位かもなあ」


「ス、スゲエ!! やっぱり中本さんはスゲエよ!!」


フードを被り、不敵な笑みを浮かべているのは中本だ。

その周りに居るのは、中本の中学時代からの手下たち。その中には中本より年上の人間もいるのだが、彼らは皆忠実に中本の言うことを聞く、僕なのだ。


「まっ、休みになったらまたバカンスでも行こうぜ。金なら腐るほどあるしな」


そう言って、近くに置かれたソファーに寝転がる中本。

すると、近くにいた男の内の一人が中本に尋ねた。


「あの山野って奴はどうするんですか? 女の方は潰せましたけど⋯⋯⋯」


アア?と不機嫌な顔で振り返った中本。

話しかけた男の顔に、一瞬恐怖の色が映る。


「山野? アイツはもうどーでもいい。それよりあのアマの息の根を早く止めてこいや」


「し、しかしあの女はまだ病院から出てこないですし、いくら何でも病院で殺しをやるのは⋯⋯⋯」


それ以上の言葉は続かなかった。

中本の蹴りが、男の腹を直撃したのだ。

突然の衝撃に地面に蹲った男を、憎々し気な表情で中本は見つめる。


「俺に口答えするんじゃねえよ。捕まろうが何だろうが、早くあの目障りな女を消して来い! 山野? あんな小物はもう相手する価値もねえし、むしろ⋯⋯⋯」


残酷な笑みを浮かべる中本。


「あのアマが死んだときに、アイツがどんな顔をするのかに興味があるなあ⋯⋯⋯」


ヘへッ、と邪悪な笑みを浮かべて中本は手に持っていた空のビール缶を握りつぶす。


「俺の言うことを聞かねえ女はいらねえよ。俺は選ばれた人間だぞ? 俺の声を掛けられることが既に名誉じゃないか。それを袖にしやがって⋯⋯⋯」


缶を地面に投げ捨てると、中本はそれを思いきり蹴り飛ばした。

プロ注目のサッカー選手なだけあって、缶は大きな放物線を描いて遠くの森の奥に消えていく。


「俺に手に入らない物なんてない。金でダメなら力で、力でダメなら消すだけだ。なあ、そうだろ?」


中本の言葉に、一斉に頷く男たち。

彼らもまた中本同様に血に飢えた者たちなのだ。

中本の元で悪行の限りを尽くし莫大な利益を得るだけでなく、強力な後ろ盾によって限りなくリスクを排除されたいわばノーリスクハイリターンの犯罪道を突っ走り続ける彼らにとって、今の生活はまさに天国である。


「近日中に天野マユは消す。勿論『不慮の事故』でな」


中本はポケットから鉄の容器を取り出した。


「直接殴るのは一回目で十分だ。次はもっとスマートに、かつ確実に殺してやるさ」


中本は容器のふたを開けた。

その中には液体状の銀色に輝く液体のようなものが入っている。


「コイツは水銀だ。天野マユはコイツで毒殺してやる」


「す、水銀って⋯⋯⋯水にでも混ぜるのか?」


男たちの内の一人が素っ頓狂な声で中本に言う。

すると、ハア⋯⋯と中本はあからさまに溜息をついた。


「お前らの頭じゃ知らないだろうが、水銀は気体にした方が効率がいいんだよ。水銀の沸点は300度を超えるが、普通の室温でも蒸発はするからな。入院見舞いか何かにこの水銀を紛れ込ませて、揮発させた水銀をうまく利用してやるさ。水に混ぜても、消化されずに出て行くだけだ。有機水銀なら効果があったかもしれないがな⋯⋯⋯」


「でも、窓を開けられたりしたら⋯⋯⋯」


「窓は開かねえよ。あそこの窓は昔から壊れて中々開かないからな。換気機能は親父の知り合いの建設会社に細工させてある。同じ部屋の空気を循環させて、ジワジワ毒に犯すことが出来るようにな」


男たちの間でどよめきが起こる。

まさに用意周到、隙のない毒殺だ。


「唯一の懸念は医者にバレることだが、一日中部屋にいる天野とたまにしか来ない医者では毒の回りが違うからな。奴らが症状に気づくころにはもうくたばっているだろうよ」


水銀の入った容器を横に置くと、中本は懐から携帯を出す。


「勿論、それでダメだった場合も想定して最終手段は用意してあるさ。途轍もなく危険だから、専門家の助けはいるけどな」


中本が電話を掛けたのは、とある科学者の所だった。

長年化学系の裏工作に関わってきた中本家の腹心で、中本の裏の本性を知る人物だ。

因みに、彼らが天野マユを襲撃した際に車を運転していた人物でもある。


数秒のベル音の後に電話が繋がったのを確認した中本は、電話の向こうの主に話しかけた。


「例のアレは用意できたか?」


だが、電話に出た声の主は中本が良く知っている人物の声ではなかった。


「ジメチル水銀、僅かに摂取しただけで命の危機に瀕する超強力な神経毒。中毒症状が表れるのが非常に遅く、中川家の力をもってすれば天野さんの死の隠ぺいは難しいことではない。ってことでいいか?」


聞こえて来た声の主。

それと全く同じ声が、すぐ後ろから聞こえて来た。


「並の手袋では、体の保護はほぼ不可能。僅かに吸引しただけでも死に至る危険性から、超厳重装備で扱わなければならず、素人が扱うには危険すぎる⋯⋯⋯」


「お、お、お前は⋯⋯⋯」


人の気配は全くなかった。

周りにいた男たちですら、存在を全く感じ取ることが出来なかった。


立っていたのは一人の少年。

眼鏡は無く、殺意に満ちた眼光は片眼が赤く染まっている。

細かった体は筋肉質に変わり、僅かにだが身長も高くなっている。

少年の手には顔がグチャグチャになった、白衣を着た初老の男性の姿があった。


「わ、若様⋯⋯この男ば⋯⋯⋯!!」


少年の手が万力のような力で、男の頭を締め付けた。

パキパキ、と音がする。そして⋯⋯⋯砕けた。


「コイツも前菜だ。メインは⋯⋯⋯⋯」


少年の右足が動いた。

いや、動いたような気がした。

到底人間の目では追うことのできない速度で、少年の右足が中本の横に置かれていた水銀の容器を蹴り飛ばしたのだ。


容器は、さながらミサイルの如きスピードで空の彼方へと消えていく。


「⋯⋯⋯お前だよ」


その少年、ヤマノリョウタが放つ恐るべき殺気。

この短時間で彼の身に何があったと言うのか。

数多の修羅場を経験している中本は直感していた。


(⋯⋯⋯勝てない)


「テメエ!! 中本さんに何しやがる!!」


一瞬虚を突かれたものの、突然の来訪者が敵と分かるやいきり立つ男たち。

彼らの中には格闘技経験者も多い。加えて、殴り合いの喧嘩が大好物な輩ばかりだ。

当然ながら多勢無勢、勝てるはずがない。


普通の人間なら。


「撫でて欲しいの? ならさ⋯⋯⋯」


リョウタの姿が消えた。

否、彼は消えてなどいない。

一瞬の踏み込みの後に神速の如き速度で敵陣に突っ込んだリョウタは、目の前の男に正拳突きを放った。


一瞬で男の姿が消える。

そして響き渡る轟音。部屋の向こう側の壁に突き刺さる何か。


文字通りペチャンコになった何かは、ズルズルと地面に落ちる。

それが数秒まで人間だったなどと誰が信じられようか。


「⋯⋯⋯力加減ミスったかな」


飄々と言い放つリョウタ。

流れる沈黙、誰も動くことが出来ない。


「お前は⋯⋯⋯山野⋯⋯⋯か?」


何の感情もないリョウタの鉄仮面のような顔を見た中本は既に、大きなアレを漏らさんばかりに怯え切っている。

それは中本だけでなく、周りの男たちも同様だった。

仲間が殺されたことなど頭から吹き飛ぶほどの圧倒的な恐怖。一目見るだけで『格下』であると思い知らされた男たちに最早怒りもプライドも残されていなかった。


「なあ⋯⋯取引しようぜ」


中本は置かれていた札束を、リョウタの足元に置いた。

宝石商から奪った金品も纏めて置いている。


「悪かった⋯⋯悪かったから許してくれ! 何でもする! 一生お前の僕でいいから⋯⋯なあ!!」


札束を拾い上げるリョウタ。

置かれていた金の指輪をリョウタは自身の指にはめ込んだ。


「一生、僕の奴隷? だったら、許してあげてもいいかな⋯⋯⋯」


(コイツ⋯⋯⋯何があったか知らないけど、所詮無能は無能か!)


心の中でニヤリと笑う中本。


(警察を呼んで、全部アイツのせいにしてやる!! 何もかも俺たちの代わりに罪を被らせてやるよクソが!!)


「ほ、本当か? 有難う!! 一生かけてこの罪は償うよ!!」


心の中で舌を出しながら、中本は泣いて何度も頭を下げた。

どうやら中本の真意を理解したようで、中本に合わせるように男たちもリョウタの足元に金と金品を置いて懇願する。


(見てろよ⋯⋯⋯多少力が増した所で、俺には勝てねえ!)


そう心の中で呟いた中本は、後ろ手に携帯電話を操作し始めた。

連絡先は、中本家が雇っている警備隊だ。

いずれも屈強な精鋭だ。彼らにかかればどんな相手だろうと制圧するのは容易いはずである。


だが、いつまでたっても警備隊からの応答はない。


(⋯⋯⋯? いつもならすぐに出るはずなのに⋯⋯⋯)


困惑する中本。

すると、リョウタがボソリと呟いた。


「でもいいの? 僕は、君の親父さんを殺したんだけど?」


「⋯⋯⋯は?」


「うん、殺したんだよね。だから、僕は君の親父さんの仇だと思うんだけど⋯⋯」


あり得ない。そんなの只のデマカセだと自分に言い聞かせる。

警備隊が厳重に守りを固めているはずだ。そんなこと絶対にあり得ない。


だがその時、何者かが中本のズボンの裾を掴んだ。


「若様⋯⋯⋯その男が言うことは事実で御座います⋯⋯」


「お前⋯⋯⋯!!」


まさに三途の川一歩手前を彷徨う科学者の一声は、自身の父がヤマノリョウタによって殺されたという事実を中本に理解させるのには十分すぎる物だった。


「警備隊も全滅いたしました⋯⋯⋯私も⋯⋯もう⋯⋯⋯⋯」


それだけ言い残して、科学者はガクリと首を垂れる。


「そう言えば⋯⋯⋯君は何でもするって言ったよね?」


放心状態に陥った中本に歩み寄るリョウタ。

その表情は、達観したような微笑を浮かべている。

ポンと中本の肩に手を置いたリョウタは、まるでお使いを頼むかのような口調で言った。


「死んでよ」


中本は理解した。

もう自分に逃げ場など存在しないことを。

目の前にいる怪物は、自分の死のみを望んでいるであろうことを。


「分かった⋯⋯⋯大人しく⋯⋯⋯」


中本はゆっくりとリョウタの元へ歩み寄る。

自分に抵抗の意志がないことを見せながら、両手を上げてゆっくりと。


「⋯⋯⋯抵抗しないんだね」


「俺だって男さ。覚悟は決めるときには決める⋯⋯⋯」


そう、彼は覚悟を決めていた。

ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるようにしてリョウタの元へ近づいていく。


そして、リョウタの目の前に立ったその瞬間だった。


「親父の仇だあああああああああああアアアアアッッ!!」


中本は床板を引き剥がすと巨大な鉄の塊、いや対戦車用のサブマシンガンを取り出した。

もしものことがあった時の最終手段に中本が仕込んであった、唯一にして最強の兵器である。

使うのは初めてだ、当然狙いなど絞らない。


全ては自分だけが生き残るために。


地響きと共に放たれる無数の銃弾。

四方八方に放たれるその弾は、その場にいたすべての人間を肉片に変える悪魔の閃光だ。

血飛沫が舞い、かつての仲間たちが己の銃弾で死んでいく。


だが、構わない。自分さえ、自分さえ生き残れれば⋯⋯⋯!


何も見ずに、中本は銃弾を放ちまくる。

時間にしておよそ三分。中本はひたすら引き金を引き続けた。


そして、三分後。

遂にマシンガンの残弾は尽きた。


「ハア⋯⋯⋯ハア⋯⋯⋯」


そこには誰もいない。

床は血だまりで真っ赤に染まり、人間だったものも細かく粉砕されて何も残っていない。

静寂に包まれた空間。中本は確信した。


「勝ったぞ⋯⋯⋯俺が勝ったぞ!!」


そして中本は後ろを振り返った。

誰もいないであろうことを確信して。


「いや、僕の勝ちだ」


途轍もない力を秘めた手が、中本の頭を掴んだ。


「最後の足掻き、見ていて面白かったよ」


銃弾の嵐で服は破れ、その肉体は完全に露になっている。

鋼の彫刻の如きその体に傷は一つもない。

暗闇で光る赤い瞳は、中本を獲物としか認識していない。


「⋯⋯⋯許してくれ」


中本の頬を涙が伝う。

弾の無くなったマシンガンが、ゆっくりと手から落ちた。

地面に膝をつき、絶望に染まった表情で最後の許しを請う。


それを見たリョウタは静かに告げた。


「僕は別に君のことを恨んでいないよ。でも⋯⋯⋯」


リョウタは中本の首に手を掛けた。


「⋯⋯⋯⋯マユは、絶対に君を許さない!」


暗闇の中を鮮やかな鮮血が舞い上がる。

崩れ落ちる中本の肉体。その上にあるはずの物はリョウタの手に収まっている。

そして砕けるような音と共に、ボール状の何かはまるでトマトの如く握り潰された。


「⋯⋯⋯終わったよ。マユ」


闇夜の中、静かに呟くリョウタ。

赤く染まった目からは、血の涙が流れている。


見ると、リョウタの肉体は足元からゆっくりと黒く染まり始めていた。

右足は半分近く黒く染まり、左足も少しずつ染まっている。

リョウタは直感していた。それが肉体の崩壊の序章であることを。


己の命の炎は、人智を越えた力と引き換えに燃え尽きたことを。


「いいんだ⋯⋯⋯これで⋯⋯⋯」


右足が、灰のようになって崩れ落ちた。

リョウタは地面に手を突き、夜空に浮かぶ月を見上げる。


「マユ⋯⋯⋯お別れだ⋯⋯⋯」


魂と引き換えに復讐の力を得た少年は、そう言い残して静かに目を閉じた。

エピローグをもって、終了となります。

ラスト一話です。

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