ヤマノリョウタの復讐 その5
「いやあ、本日もわざわざこんな所まで⋯⋯⋯」
「何、いつものことじゃないか。私も君たちには恩があるのでな」
とある旅館の一室に、二人の老人がいた。
目の前には机を彩る懐石料理が並べられ、横には清酒も置かれている。
「さて⋯⋯私の息子が昨日も問題を起こしてしまったのだが、その件についてはどうかな?」
「ご安心ください。天野社長には取引中止をちらつかせて脅しをかけておきましたので。しかしながら、まだ先生の御子息を訴えようとする動きは続いておりますが、いかがいたしましょうか?」
頬杖を突きながら酒の入ったカップを回しているのは、国会議員の中本議員だ。
その横に控えているのは、彼の腹心の秘書である。
「フン、ハエの羽音が煩いのはあまり良いものではない、ということかな?」
「では、機を見計らって⋯⋯⋯」
「手段は問わない。天野も、その妻も裏の力を使って黙らせろ。なに、情報操作は得意なのでなあ⋯⋯うっかり殺してしまったとしても⋯⋯⋯」
「フッフッフッ⋯⋯⋯先生も悪い御方ですなあ⋯⋯⋯」
酒が注がれたカップを手に、豪快に笑う二人。
彼らはどんな手を使ってでも、この一件を揉み消すつもりだった。
「我が息子は、あと三年もすればプロサッカー選手として活動することになる。私の知名度アップのためにも、そして息子がプロとして順風満帆に生きていくためにも、奴らは邪魔なのだよ」
「御子息は素晴らしい才能をお持ちですからな。天野などと言う小物に一々足を引っ張られては敵わないでしょうに⋯⋯⋯」
するとコンコン、という音が表から聞こえて来た。
「おお、頼んでおいた酒が来たようだな。開けてやれ」
「承知いたしました」
秘書は立ち上がると、障子を開けた。
そこには、和服を着た見習いらしき男性が立っている。
「清酒で御座います。ご注文はこれで宜しいでしょうか?」
「そうだな、何ならビールも追加で⋯⋯⋯」
その時だった。
立っていた男性の懐から、一枚の紙が落ちた。
開いていた扉から通り抜ける風で、紙は中本議員の足元に落ちる。
「おい、何か落としたぞ?」
「ああ⋯⋯それは失礼いたしました⋯⋯」
中本議員は紙を拾った。
するとそこには、赤い文字で何かが書かれている。
議員は、書かれてある字に目を通した。
『終わりだ この悪魔め』
「⋯⋯⋯⋯これは?」
その瞬間だった。
男性の腕が凄まじいスピードで、隣に居た秘書の首を掴んだ。
ヒッと声を上げた秘書の首が、不自然な角度に捻じ曲がる。
その間の時間は、実に0.3秒。
「何⋯⋯⋯だと⋯⋯⋯?」
崩れ落ちた秘書の体はビクビクと痙攣している。
その首はほぼ直角に曲がっている。骨は完全に折れているようだ。
男は肥満した秘書の体を片手で持ち上げると、廊下に投げ捨てる。
八十キロは下らないであろう秘書の体を、片手で紙屑でも投げ捨てるかのように放り投げた男は、今度は中本議員にゆっくりと歩み寄っていく。
「き、き、貴様⋯⋯⋯!! 警備は何をしているんだ!?」
「警備? ああ、全員おねんねしてるよ。目覚める頃には、もう何もかも終わってるさ⋯⋯⋯」
「ば、バカな!! 三十人はいるんだぞ!?」
男は手刀を作ると、目にも止まらぬ速度で中本議員の肩を打ち抜いた。
「グアアアアアアアアッッッ!!」
「痛いの? 僕の心はもっと痛いのに⋯⋯⋯」
吹き飛んでいく中本議員の右腕。
手刀は、議員の肩もろとも抉り取っていた。
男の右足が、議員の両足を捉える。
ブウンと唸りを上げる男の蹴りは、一撃で中本の両膝を粉々に叩き折った。
耐えがたい痛みに涙を流しながら転げまわる中本議員を、男は何の感情も籠っていない表情で見つめている。
「私が⋯⋯⋯私が何者か知っているのか!? 貴様も、貴様の家族も地獄に落とすことが出来るのだぞ⋯⋯この私は!!」
「アンタは無力な死にぞこないだよ。地獄の窯の湯加減を一足早く確かめに行きなよ」
男は人差し指と中指を立てて、中本に向けた。
その指先が狙うは、中本の両目。
「おい⋯⋯貴様!! まさか⋯⋯!!」
「もう何も見なくていい。何も見る必要はないよ⋯⋯⋯」
旅館中に轟く、中本の叫び。
障子は血に染まり、鮮血は部屋を残酷に染め上げていく。
「さようなら、中本さん。アンタは前菜さ、メインはこれから狩りに行く⋯⋯⋯」
そんな言葉を残して、その男は部屋を去っていった。
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それから十分後、応援の要請を受けた機動隊が旅館に突入したものの、部屋には二人の男が惨たらしく殺されているのが確認された。
中本議員の死因は、失血死。足を砕かれたことによって体の自由を奪われたことと、体をズタズタに裂かれたことが失血の原因と鑑定された。
旅館にいた警備隊は、全員が行動不能の状態で発見された。
防弾チョッキとシールドは完全に破壊され、その全員が四肢の骨を砕かれており、犯行に及んだ人物は相当な殺意を抱いていたことは容易に推察される。
最後に、一連の事件を起こした男と直接対峙したある警備員の証言が、警察管内で相当な語り草になったことだけお伝えしておこう。
「犯人は、高校生くらいの男子だった。我々は何も出来なかった⋯⋯⋯⋯⋯あれは人間じゃない」
エピローグも含めて、あと二話です。