ヤマノリョウタの復讐 その3
警察の事情聴取を終え、僕は警察署を出た。
雨はシトシトと降り続け、さながら僕の今の胸中を表しているかのようだ。
およそ四時間に及ぶ事情聴取は、身の潔白を証明することから始まった。
店に突入したのは彼女を思う気持ちによる焦りによるもので、決して自分は犯行グループと接点があるわけではないと力説したけど、当初は殆ど理解してもらえなかった。
幸いなことに、店の入り口で声をかけた主婦の人が「この子は犯人じゃない!」とすごい剣幕で警察に証言してくれたおかげで、何とか開放してもらえた形だ。
それでも、天野さんが意識を取り戻して証言してくれるまでは完全に疑いは晴れないらしいけど。
警察署を出る間際僕が最後に聞かれた質問は、「犯人グループについて何か分かることは?」という質問だった。
今でも僕の脳裏に焼き付くアイツの顔。
悪意に満ちた笑いを浮かべた中本の表情がフラッシュバックする。
僕は言った。「同級生の中本と言う奴が事件に関わっているかもしれない」と。
一瞬、警察官同士が顔を見合わせる。
もしかしたら彼らはある程度見当を付けていたのかもしれない。
軽くお礼だけ言われて、僕はそれを最後に警察署を出た。
警察署の入り口には、証言してくれた主婦の人が僕のことを待っていてくれていた。
僕が警察署に連れていかれたときも、両親にあくまで事件に巻き込まれただけで犯行に関わっているわけではないと連絡してくれたり、間違いなく僕の恩人だ。
「⋯⋯⋯ありがとうございます。本当に助かりました」
「なに、当たり前のことをしただけだよ! 彼女さんが襲われて大変だっただろうに、犯人扱いまでされちゃいくら何でも救いがなさすぎるってもんだろ?」
帰る方向が一緒だったようで、僕は家まで車で送ってもらうことになった。
「ところでお兄ちゃん、彼女さんを襲った馬鹿共について何か知ってるのかい?」
警察でも聞かれた質問だ。
軽く頷くと、僕は同級生の中本という男が関わっているかもしれないことを主婦の人にも話した。
「中本君って、サッカーで有名な子でしょ。確か国会議員の中本先生の息子さんじゃないのかい?」
(そういえば⋯⋯⋯天野さんもそんなこと言ってたな)
貿易会社の社長である天野さんの父親とも面識がある、と聞いたことは確かにあった。
確か、付き合って一週間くらいたったころにふと聞いた話だったような⋯⋯⋯
すると、ハアと溜息をつきながら主婦の人はポツリと呟いた。
「マズいねえ⋯⋯アタシの息子から聞いた話と似てるよ。今回の事件はさ」
「⋯⋯⋯? どういうことですか?」
ハンドルを持つ主婦の手が、若干強張る。
あまり良い話ではなさそうだ。
「中本君ってのは、アタシの息子の中学校の先輩なんだよ。それはもう、とんでもないワルで手が付けられない位いろいろな事をやってるって噂だったんだけど、何故か校長や教頭、教育委員会はどんなにアタシらPTAがそのことを言っても、知らない、関係ないの一点張りで話にならなかったんだ」
「それってもしかして⋯⋯⋯」
「イヤだねえ⋯⋯⋯権力者ってやつは」
国会議員の息子、しかもプロも注目するサッカー選手。
それ以上は敢えて具体的に指摘するまでもないほどに、明白な話だった。
「学校は忖度してたんだよ。アタシはその筋にはちょっとばかし詳しいから知ってるけど、恐らく他の人たちは知らないんだろうねえ。教育委員会も校長も、中本先生から金を受け取っていたんだよ。それどころか、他機関への斡旋もしっかり取り付けてね」
抑えていた怒りが、再び溢れ出てくるのを僕は感じた。
主婦の人の話はまだまだ終わらない。
「暴力沙汰も多かったけど、そいつも金の力で手打ちにされたって話だよ。ちゃんと警察に手を回して警察の方から示談を勧めるようにしていたなんて話も聞くねえ。ま、それでも一定数はゴネる人もいたけど、その人たちも暫く経つと一斉に黙ったよ。いや、『黙らせられた』といったところかな?裏で強い脅しをかけられでもしたんじゃないかと思うけど、真相は闇の中さ」
「じゃ、じゃあ今回の事件も⋯⋯⋯」
「可愛らしい子だったから、あの子のことを狙っていたんじゃないのかい? ところが、君の彼女だってわかった途端、一転して逆切れってやつさ。自分の物にならないなら、二人もろとも病院送りにしてやろうってね⋯⋯⋯⋯クズの考えることだよ」
バックミラー越しに見える、主婦の目は涙で潤んでいた。
彼女もまた同様に、中本の被害者なのだ。
「揉み消されるだろうね。確か、あの女の子のお父さんの会社は、中本先生と密接な関係を持つ会社が多く取引先になっているから⋯⋯⋯そいつらから圧力をかけられたら従うしかないかもしれないね」
中本はとんでもない悪魔だった。
親の強権を武器に、非道の限りを尽くす屑野郎だったんだ!
僕の前に顔を見せたのだって『どうせ俺には何もできない』という自信の表れだったに違いない。
でなければ、わざわざ顔を見せに来たりするもんか。
「何で⋯⋯⋯あんな奴の掌で転がされなきゃいけないんだよ!!」
怒りの涙が、頬を伝っていく。
今もアイツは、何も出来ない僕を、そして天野さんを笑っているに違いない。
「殺したい⋯⋯⋯殺してやりたい!!」
口元から血の雫が垂れ落ちる。
怒りで震える歯は、僕の唇を無意識に噛み切っていた。
「悪い奴ほど、長生きするもんだよ。きっと、自分の悪事は揉み消して都合よく改ざんされた歴史の中で、あのクズ野郎は生きていくんだろうね、中本先生も、その息子も⋯⋯⋯」
唐突に、あの声が僕の頭の中にフラッシュバックした。
全てを見透かすようにして語りかける、あの不気味な声が⋯⋯⋯
『いずれ君は地獄のような怒りに出会い、そして私に助けを求める日が来るのだ。そう遠くない日にな⋯⋯⋯』
「おばさん⋯⋯⋯喋るガチャガチャについて何か知っていますか?」
ハア?、という表情で怪訝な顔を見せる主婦。
「ショックなのは分かるけどねえ⋯⋯⋯そんなのは見たことも聞いたこともないよ」
「⋯⋯⋯⋯そうですか」
暫くすると、僕の家が少しづつ見えてきた。
家が近いことを主婦に言って、僕はその場で車を降りる。
「気をしっかり持つんだよ。彼女さんもすぐに良くなるさ」
そう言って、主婦は走り去っていった。
遠くに消えていく車を見送ると、僕は玄関の扉を掴む。
「あのガチャガチャに⋯⋯⋯助けを求める日⋯⋯⋯」
あんな得体の知れない物に、僕は助けを求めたくはない。
でも、それであの悪魔に痛い目を見せることが出来るなら⋯⋯⋯
僕は頼ってしまうかもしれない。