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復讐ガチャ  作者: ミタ
3/8

ヤマノリョウタの復讐 その2

それは、今までの灰色の人生からは想像もつかないような時間だった。

ずっと一人で過ごしていた時間に、遂に一緒に過ごす彼女ひとが現れた。

しかもそれは学校一のマドンナ、天野マユなのだから。


「山野君! 待った?」


「全然? 僕も今来たところだし」


完全に嘘だ。

僕は二時間くらい早く待ち合わせ場所に来てしまった。

楽しみ過ぎて昨夜は全く眠れず、目をギラギラさせた状態で夜明けを迎えた僕にとって、待ち合わせ時間より二時間早く着くことなど容易いことだったんだから。


あの日、彼女と付き合うことになってもう一か月ほどが経った。


あの後、天野さんは中本に「彼氏がいるから⋯⋯」と言いに行ったらしい。

あくまで彼氏がいるから、変な誤解は受けたくない、と言うようなニュアンスで。


中本はそれについては、それ以上何も言わなかったらしい。

所詮噂レベルの話で、そこまで乱暴な人じゃなかったのかもしれないけど、風の噂で良い話を聞いていなかった僕たちからすると胸を撫で下ろしたくなるような気分だったよ。


報復などもなく、僕たちは晴れてカップルとしての時間を謳歌していた。


今日は近所の大型ショッピングセンターでショッピングを楽しんでいる。

超大金持ちの天野さんのことだから、さぞ高価なものを多く買うのかと思いきや、実は意外と彼女は庶民派だったみたいだ。


「あまりお金をたくさん使うのは好きじゃないの。お母さんは「もっといい服着なさい」ってよく言ってきたりするんだけど⋯⋯変かな?」


変だなんてあり得ないよ。

というか、これで変だったらこの世の人の大半が変になってしまう。


高級ブランドなどには目もくれず、彼女が選んだのはごく普通の白いワンピースだった。

敢えて装飾を抑えたことが、彼女をさらに綺麗にしている。


「す、凄く綺麗だよ⋯⋯それしか言えない⋯⋯」


僕の残念なコメントでも、彼女は微笑を見せながら頷いてくれた。


「ありがと。じゃあ、買ってくるね!」


そう言って、天野さんはカウンターへと向かっていった。


(もうちょっと、気の利いた事言えたんじゃないかな⋯⋯⋯)


自分の不器用さがとことんイヤになる。

天野さんを待っている間も、そんな考えが頭をよぎっていた。


僕は、天野さんと付き合うまでは女の子との接点は全くなかったし、そもそも女子に対する耐性なんか皆無に近い状態だ。

デートのプランも僕が決めているわけではないし、自分から天野さんをエスコートするビジョンなんか全くと言っていいほど浮かばない。


(天野さんは、僕なんかと一緒にいて楽しいのかな⋯⋯⋯)


情けない考えばかりが頭をよぎる。

天野さんと付き合い始めてから一か月経って、僕の味気なかった日常に華が生まれたのは間違いない。

でもそれは、今までにない新しい悩みの生まれた瞬間でもあった。


全てにおいて完璧な天野さんと、低スペックな自分。

道行く人が皆揃って振り返る天野さんと、その横にいる自分。

そんなギャップを恥ずかしく思う自分がいることが、歯痒い。


居てもたってもいられなくなった僕は、思わず座っていた席を立った。

このままいたら、黒い感情に支配されてしまいそうな気がしたんだ。


店の横にある狭い道に入り込んだ僕は、そこの壁によりかかる。

ひんやりとした冷たい壁が僕の熱くなった頭を冷やしていくような、そんな感じがした。


ふと僕は、狭い道の奥にある『何か』に目を向けた。

誰もいない、暗い道。その先に黒い塗装がされ、黒い闇に溶け込むようにして何かが置かれている。


「こんな所に置かれているなんて⋯⋯⋯」


僕はそれをもっと近くで見ようと近づいた。

ボロボロで、真っ黒な塗装の気味の悪い謎のオブジェのようなものだ。


「これは⋯⋯ガチャガチャ?」


コインを入れる場所はない。

しかし、薄汚れたそのケースの中にはガチャガチャ同様に、真っ黒な色をしたカプセルが入っていた。

何のために、誰のために置かれている物だろうか?


『よくぞ、ここまで辿り着いた。数十年ぶりのお客様だな』


心臓の心拍数が跳ね上がる。


突然、ガチャガチャから謎の声が聞こえて来た。

途轍もなく低い声で、野太い男の声だ。


『悪しき宿命を背負いし者だけが、この私と出会うのだよ。つまり、君にはいずれ身の裂けるような怒りと憎しみに出会うことになるというわけだ』


一方的に話し始めるガチャガチャ。

かなりの声量なのだが、それを不審に思う人は何故か一人もいない。

少し先には大通りがあるはずなのに、そこから人は何故か一人もやってこない。


『ここは私が作り出した異空間なのだ。適性を持つ人間以外は、道の存在にすら気づかんよ』


「て、適正って何ですか!?」


『言ったはずだ。悪しき宿命を背負いし者だけが私と出会うと。いずれ君は地獄のような怒りに出会い、そして私に助けを求める日が来るのだ。そう遠くない日にな⋯⋯⋯』


不気味なガチャガチャに背を向けて、僕は反対方向に走り出した。


『逃げるか。まあ、それも良いだろう。いずれまた逢う日まで⋯⋯⋯⋯』


後ろから聞こえてくる声に耳を塞いで、僕は細い裏路地を出る。

簡単に言葉では言い表せないような悍ましい雰囲気だった。いや、そもそも何でガチャガチャが人間の言葉を話していたんだ!?


「ま、まさか⋯⋯何かの間違いに決まってるよ。高性能なロボットか何かだよ⋯⋯⋯」


そして僕は後ろを振り返った。


「⋯⋯⋯ない。道がない!!」


さっきまでいたはずの道が消えていた。

幻だったのか? いいや、そんなはずない。

僕は確かに聞いたんだ。低く、何もかも見透かすような男の声を。


僕は道を引き返した。

変なものに遭遇したことは黙っておこう⋯⋯⋯

あんなものに折角のデートの時間を邪魔されるわけにはいかないんだから。

悪い夢、そう悪い夢だったんだよ。変に悩み過ぎて、訳の分からないものまで見るようになってしまったんだ。


そう自分に言い聞かせながら、僕は洋服店に戻る。


店の前には人だかりができていた。

何人かの通りがかりと思われる人たちが、心配そうに店内を覗き込んでいるのが目に入る。


「すみません! 道を開けてください!」


「こっちだ! まだ息はあるぞ!」


店の前には救急車が止まっている。

担架を持った救急隊員が慌てるように店内に入っていく。何かあったのだろうか?

見ると、店の横には警察のパトカーもある。制服を着た警官と思われる人間が誰かと無線で話しているのが目に入った。


僕は、近くにいた買い物帰りの主婦に話を聞いてみることにした。


「すみません。何かあったんですか?」


「何でも十人くらいの男が店になだれ込んで、店にいた女の子を殴り倒したらしいんだよ。酷い話だよねえ。おまけにやった奴らは、高級そうな車に乗り込んでトンズラこいたっていうじゃないか。輩がやったにしては計画的だし、嫌な事件だね」


嫌な胸騒ぎが走る。

そういえば、現場には店内にいた人たちが心配そうな表情で店内を覗き込んでいるのに、さっきまで中にいた天野さんを僕は一度も見かけていない。


「やられたのは、可愛らしい女子高生らしいよ。まあ、痴話喧嘩が拗れでもしたんだろうね⋯⋯⋯」


気が付いた時、僕の体は勝手に動いていた。

人混みに突っ込み、間を縫うようにしてダッシュする。


店の前には警察官や店の人がいる。

そんなの知ったことじゃない。僕は店内に入り込んだ。

入り口の警察官を突き飛ばし、ドアを乱暴に開く。


後ろから誰かが叫ぶ声が聞こえた。

知らない、そんなの知らない!!

後で補導されようが知ったことじゃない。最悪の事態じゃないことだけ分かればそれでいい⋯⋯⋯


店の奥で誰かが寝かされているのが見えた。

あちらこちらに血が飛び散っている。複数の手によって、相当な殴られ方をしたのが容易に想像できた。

救急隊員たちに囲まれるようにして、寝かされているその人物は⋯⋯⋯


「あ⋯⋯⋯山野君⋯⋯無事だったんだね⋯⋯⋯」


真っ白だったワンピースは血に染まり、口を開く気力も殆ど無い中で、彼女は絞り出すようにそう言った。


「あの人たち⋯⋯山野君の⋯⋯⋯ことも⋯⋯⋯」


それ以上はもう耳に入らなかった。

変わり果てた彼女の姿をもう直視できなかった。


目の前が真っ黒に変わる。

希望は絶望に変わり、世界が灰色に染まっていく。

僕は膝から崩れ落ちた。受け入れがたい現実に、体の自由が絶望に支配されていく。


「逃げて⋯⋯⋯次は⋯⋯山野⋯⋯君が⋯⋯⋯」


彼女の動きが止まった。

血だまりの中で、彼女は静かに力尽きる。


「どきなさい!! 今ならまだこの子は助かるんだ!!」


救急隊員が抜け殻になった僕の体を突き飛ばすと、天野さんを担架に乗せる。

そして救急車に乗せると、救急車はサイレンを鳴らしながら走り去っていった。


残された僕の肩に、誰かがポンと手を置く。


「今回の件について話を聞かせてもらおうか。君は既に容疑者の一人だよ」


見ると、僕の周りを十人近い警察官が取り囲んでいる。

そうか。そうだよな。僕は事件現場にこんな入り方をしたんだから⋯⋯疑われて当然か。


「はい⋯⋯分かりました」


もう何も考えたくなかった。

カオスと化した精神状態に、僕自身がもう耐えられなくなっていたのかもしれない。


パトカーに乗せられた僕は、ふと外を見た。


そこには一人の男がいた。

パーカーを被り、半ば顔を隠すようにしてそいつは立っていた。


立っていたのは、中本だった。


中本は僕を見ると、ニヤッと笑う。

そして、ヒラヒラと手を振って、僕に向かって何かを言った。

わざとらしく口の動きを大げさにして、パトカーの中の僕にも分かるように、はっきりと。


『お前の負けだ』と。


何かが、僕の中で切れた。

脳が少しずつ沸騰し始めるような、強烈な熱が込み上げる。


否、それは熱なんてものじゃない。

全てを悟らせる中本の行動が、僕の中の何かを壊したんだ。


手が震える、視界が屈辱で歪む。

人生で初めての強烈な感情が、僕の中を走り抜けた。


パトカーはゆっくりと走り出す。

中本の姿がどんどん遠くなっていく。


小さくなっていく中本の影に、僕はハッキリとそう言った。


「⋯⋯⋯⋯殺してやる」

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