ヤマノリョウタの復讐 その1
僕には幼馴染が一人いる。
といっても、普段から仲良くしているわけではないし、たまに教室内であっても軽く挨拶するくらいの仲だけど。
彼女の名前は、天野マユ。
近所ではかなり有名な人だ。
彼女の父親は貿易会社の社長で、相当なお金持ち。
母親もデザイナーとして世界的に有名な人だと聞いたことがある。
そんな家で育ったマユは、学業優秀、品行方正、才色兼備の完璧な人だった。
何の取り柄もない、冴えない僕が関わるには恐れ多過ぎると思わされるくらいに。
僕はどんな人間だったのかって?
何てことない、普通の人間だよ。
テストの点数も平均よりかなり下だし、スポーツだってお世辞にも上手いとは言えない。
イケメンからは程遠いし、お金だってたくさんあるわけじゃない。
小さい頃から視力が下がって、目は悪くなる一方だしね。
だから、クラスの奴らにはよく虐められた。
僕みたいな人間は、虐められやすいんだよ。
友達は少なかったし、クラスのカースト上位勢に目を付けられるのが怖かった僕は、気が付けばクラスの中で人目を避けるようにして行動することが多くなっていた。
人目に付かない空き教室の一角で、乾いたパンをかじり、何食わぬ顔で教室に戻る。
誰に話しかけることもなく、話しかけられることもなく、日々の生活から潤いが失われていく。
終業のベルが鳴ったら、足早に下校して誰よりも早く校門を出るのが日課になっていった。
あの日、いつもの空き教室で彼女に会うまでは。
雨模様だったあの日、僕はいつものように空き教室へと向かった。
誰もいない、自分だけの秘密の場所。人目を避けるために僕が見つけたあの場所に。
でもその日、そこには既に先客がいた。
「あれ、山野君?」
「天野さん⋯⋯? どうしてこんなところに?」
そこにいたのは、天野マユだった。
この学校で他の誰よりも目立ち、羨望の的になっているはずの彼女が身を隠すようにそこにいた。
長い髪を伸ばし、窓の外を物憂げに見つめるその表情は、儚い美しさを感じさせる。
「そういえば、山野君とは小さい頃から同じ学校だったよね。あまり話したりしなかったけど⋯⋯」
僕の心臓が、軽く跳ね上がる。
彼女は知っていたんだ。
「あまり教室で元気がないみたいだけど⋯⋯⋯もしかして誰かに虐められてるとか⋯⋯?」
「い、いやそんなことないよ。一人が好きなだけだって!!」
変に虚勢を張ったせいで、普段は出ないような大きい声が出た。
「天野さんはどうしたの? 何か嫌なことでもあった?」
彼女は何も言わずに窓の外を見ている。
何とも言えない静寂が教室の中を流れていく。
暫くしてから彼女はゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯⋯付き合おうって言われたの。隣のクラスの中本君に」
「中本って⋯⋯⋯あの、サッカー部の?」
「そう。来週サッカーの試合があるから応援しに来てくれって」
中本というのは、サッカー推薦で学校に入学した隣のクラスの男子生徒だ。
プロも注目するほどの凄腕で、超が付くほどイケメンであることから女子からの人気は絶大だ。
隣のクラスでも中心的人物で、そのカリスマ性でクラスを纏めている。
「でも確か中本って⋯⋯⋯」
「やっぱり山野君も知ってるよね⋯⋯⋯あの噂のこと」
しかしながら、中本にはある噂があった。
それは中学時代に中本と同じ学校だったある生徒が話したとされる噂だ。
「中本は異常に女癖が悪いって話だよね? あと、中本の父親が中本が起こした不祥事を揉み消しているって⋯⋯⋯」
「中本君のお父さんは国会議員だから⋯⋯⋯ね。私もお父さんからそんな話を聞いたことが何回もあるし」
実際、中本は学校をサボることも多いし、テストの成績も最悪クラスだ。
深夜にガラの悪い輩と遊びまわってるっていう話も聞くし、サッカー推薦で入学したくせに練習をズル休みすることも多いらしい。
でも、噂レベルでそれが表沙汰になることは殆ど無い。
「でも、断ったら何をされるか分からないもん。確か、前に中本君の誘いを断った人が知らない男の人に乱暴されたらしいし⋯⋯⋯」
彼女に中本の誘いを断るような理由はない。
いや、あるにはあるが、それを口にすることは出来ない。
彼女が悩んでいるのは、そんな葛藤があるからなのだろう。
「⋯⋯⋯僕が協力しようか?」
そんな言葉が僕の口から飛び出した。
普段だったら、絶対に出ないような言葉がスルリと飛び出る。
「僕が彼氏になれば⋯⋯⋯アイツは僕に先を越されたことになる⋯⋯」
言ってしまった。
その場のノリでサラッと言ってしまった。
(⋯⋯⋯って、何言ってるんだ!?)
無意識に飛び出た告白に、勝手にパニックに陥る自分。
ヤバい、もう天野さんを直視できない。
鏡があったら、多分顔がトマトみたいに真っ赤になっているはずだ。
今からでも聞かなかったことに出来ないか⋯⋯⋯⋯
「お願いします。私の彼氏になってください」
⋯⋯⋯時間が、止まったような気がした。
いや、何かの聞き間違いだ。そうに違いない。
「山野君だけが頼りなの。お願い、私の彼氏になって!」
自分で提案しといて、パニックのドツボに嵌る情けない自分。
僕はその時、こういうのが精一杯だった。
「⋯⋯⋯お願いします」
こうして僕は学校一のマドンナ、天野マユと付き合うことになった。
そしてこれが、僕を怒りと憎しみの化身『復讐ガチャの化身』に変える運命へと導く、
大きな分岐点となった瞬間でもあった⋯⋯⋯