092_失地奪還戦
バトルホースに跨るフリオは、デーゼマン家が組織したバトルホース小隊、30騎を指揮していた。
このバトルホース小隊には、武闘派として名を馳せているデーゼマン家が誇る屈強な兵が配属されていて、精鋭が揃っているデーゼマン家にあって最強の部隊と言われている。
そのフリオ小隊が帝国軍に突撃する合図は、アレクの魔術であった。
ボロス城の東門を攻める帝国軍がアレクの土魔術である落とし穴に落とされたのを見た瞬間、フリオは槍を掲げた。
「突撃する! 進めっ!」
フリオの命令で30騎のバトルホースが一気に加速する。通常の馬よりも圧倒的に早く、圧倒的に強いバトルホースはアースリザードよりも飼育が難しい。そのため、数を揃えることが難しく、仮に数を揃えることができてもデーゼマン家でさえバトルホースを乗りこなせる者は少ない。
だから30騎という数になってしまったが、その数以上の存在感がある。
「デーゼマンの兵の強さを帝国に思い知らせるんだ!」
フォレストが貴族になってデーゼマン領へ入ってすぐの頃、フリオはアレクと共に領内の視察に向かったことがあった。
もう5年も前の話だが、その時、帝国の強襲偵察部隊に襲撃を受けてもう少しでアレクが命を落とすほどの怪我をした。あの時、自分にもっと力があったら、アレクは死にそうになることもなかったし、足が不自由になることもなかった。フリオはいつもそう思って自らを鍛えてきた。
嫡男ということでアレクが戦場に出る中、フリオは戦場に出ることが許されなかった。
もっと自分に力があれば、力がほしい、何者にも負けない圧倒的な力がほしい!
フリオは家族を守るために力を求め、家族を守るために槍を振るう。もう二度と誰かが死ぬかもしれないと、ヤキモキするのはご免なのだ。
フリオは飛んでくる魔術をアレクに造ってもらったマーロ合金の槍で叩き落とし、帝国軍の魔術士部隊へとその槍を届かせた。
「止まるな! 踏み潰せ! 薙ぎ払え!」
フリオの苛烈な突撃によって魔術士たちはその命を散らせていく。
帝国軍の魔術士は遠距離攻撃には強いが、近距離の攻撃には滅法弱い。これは帝国軍に限らず魔術士であれば全員に共通することだ。
その魔術士の部隊にフリオやデーゼマン家の兵のような最精鋭の兵が突撃したら、魔術士は逃げ惑うしかない。
「一気に駆け抜けろ!」
フリオのバトルホース小隊は、帝国軍の魔術士に多大なる被害を与えて駆け抜け、その矛先を視界の先で魔術士部隊の援軍に駆けつけようとしている部隊に向けた。
バトルホース小隊が駆け抜けたからといって、帝国軍の魔術士たちは安心することはできなかった。
バトルホース小隊の後ろには、機甲科魔術部隊が続いている。つまり、今度は機甲科魔術部隊が帝国の魔術士たちを蹂躙していくのだ。
しかも、機甲科魔術部隊はバトルホース小隊とは違って数があるため、魔術士はほぼ全滅という憂き目にあってしまった。
この時、魔術士たちを守る部隊がいたら、多少なりとも魔術士は生き残ったかもしれない。だが、戦場でも鎧を着ていない魔術士たちがバトルホース小隊と機甲科魔術部隊の攻撃を受けては、物理的に死を迎えるしかなかった。
▽▽▽
帝国軍は圧倒的な兵数を3カ所に分けて布陣していた。
ボロス城の東門にはほぼ全ての魔術士を含む2万5000、西門には2万、そしてバルタザール・フォン・フォルスターが率いる1万5000はボロス城の南側へ本陣を構え、東門と西門のどちらの軍にも援軍を行える場所を確保した。
「東門を攻撃していた部隊が敵の奇襲を受けました!」
伝令が息を切らせてバルタザール・フォン・フォルスターに報告すると、バルタザール・フォン・フォルスターは立ち上がって両手を握りしめた。
昨日、自分たちが奇襲をしようと考えていて失敗したが、それを逆にやられてしまった。ふつふつと怒りがこみ上げてきて、握った手がぶるぶると震える。
「どこから……敵の援軍はどこからやってきたのだ!?」
怒りを抑え込み、なんとか情報を確認する。
「き、北側よりの来襲です!」
北側にはヘルネス砦を攻めるはずのデーゼマン師団とそれに従う貴族軍がある。
ヘルネス砦を守る帝国軍の兵数はおよそ8000ほどと多くはないが、ヘルネス砦の防御力を考えれば10日や20日は持ちこたえるはずだ。
デーゼマン師団がこのボロス城へ現れるとしても、早すぎる。
「どういうことだ……? なぜ、援軍がくる? まさか貴族たちか? いや、王国の腰抜け貴族どもが進んで戦場へくるなどあり得ぬ……」
「閣下、デーゼマン師団がきたのでしょう」
ディートフリート・フォン・ボルヒャルト准将はバルタザール・フォン・フォルスターの片腕とも頼む参謀だ。そのディートフリート・フォン・ボルヒャルトに認めたくない現実を突きつけられたバルタザール・フォン・フォルスターは、「バカなことを」という言葉を歯を噛んで飲み込む。
どさりと床几に座ったバルタザール・フォン・フォルスターは、数秒の間目を閉じて落ち着こうとする。
「東門の本隊は巨大な落とし穴に落ち、連絡がとれません!」
伝令が再び天幕に飛び込んできた。
伝令はデーゼマンと一言も言っていないが、その報告がアレクサンダー・デーゼマンの来襲を告げているのだった。
王国の英雄の名は帝国軍の首脳陣なら誰でも知っている。その土魔術はあり得ないほどの範囲に有効であり、気づいた時にはすでに遅く石に埋もれるか地面がなくなっている。
この戦いより10カ月前。帝国と王国で休戦協定が締結されてから2カ月ほどが経過した頃の話だが、帝国南部方面軍の司令官であるサンダー・カルコスは主だった将官と王国から帰順した貴族たちを集めて今後の大方針を決める会議を開いた。
この会議での議題は言うまでもなく、休戦協定が失効した後のことである。
サンダー・カルコスは、ソウテイ王国の王都であるサー・エレインへの侵攻を大前提に会議を進め、その中で何度も帝国軍の邪魔をしたアレクサンダー・デーゼマンの名が出るのは自然のことだろう。
「神帝歴617年秋、森を抜けてデーゼマン領へ入った別動隊は壊滅。同じ時期にヘルネス砦へ進軍した本隊もアレクサンダー・デーゼマンによって司令官が捕縛された。621年夏……これは記憶に新しいが、フェフレン州とバレッド州の州境における戦いで帝国軍はアレクサンダー・デーゼマンによって負け、司令官が捕縛された」
南部方面軍の参謀長であるロベルト・フォン・バルゼンがアレクサンダー・デーゼマンについてのあらましを説明して聞かせる。
「捕縛された2人の司令官に聞き取りを行ったが、気づいたら石に埋もれていたや、気づいたら数千の部下と共に落とし穴に落ちていたと言っている」
「それがアレクサンダー・デーゼマンただ1人による魔術なのか、複数の魔術士による大魔術なのかは不明だ。だが、これは事実であり現実だ。我らがサー・エレインへ進軍するためには、アレクサンダー・デーゼマンという王国の英雄と戦うことになる。これについて、皆の意見を聞きたい」
ロベルト・フォン・バルゼンの説明をサンダー・カルコスが引き継いで、集まった者たちに意見を求めた。
帝国の将官の1人からは、アレクサンダー・デーゼマンという人物の情報が乏しい。もっと情報を集めなければ判断できるものではないと発言があって、帝国軍の将官たちはその意見に同意し、もっとアレクサンダー・デーゼマンの情報を集めるべきと主張した。
また元王国貴族の1人は成り上がりのデーゼマンなど大したことないと豪語し、自分がデーゼマンの首を取って見せると息まいた。
「バクラム殿の言葉は頼もしい」
サンダー・カルコスはデーゼマンの首を取ると豪語した元王国貴族であるバクラムを褒めて、そのバクラムのところまで歩いていく。
バクラムの両肩に手を置いて素晴らしいと褒めるが、次の瞬間、そのバクラムの首が飛んで真っ赤な血が会議室の机や椅子、床などを赤黒く染めた。
その光景を見た他の元王国貴族たちは顔を真っ青にし、帝国軍将官たちは何も言わずじっとサンダー・カルコスを見つめていた。将官たちは、こうなることが分かっていたのだ。
「敵を過大評価するのは無能だ。だが、敵を過小評価する者は害悪でしかない!」
顔を血で染めたサンダー・カルコスは元王国貴族たちに向かって、酷く冷めた口調で語る。
「我らは全知全能でもなければ、圧倒的強者でもない。我らはただの人であり、切られればこのように血を流す。だから敵を知り、知恵を絞って敵の意表を突くのだ。戦いは始める前に勝敗が決まっていると思い準備してほしい」
サンダー・カルコスはゆっくりと歩きながら語り、自分の席に戻った。
それ以降、元王国貴族たちも情報を集めることに協力的になり、元王国貴族のコネによって集められたアレクサンダー・デーゼマンの情報が首脳陣の元に上げられた。
そして、立てた作戦がアレクサンダー・デーゼマンをヘルネス砦に釘付けにしておいて、他の戦場で勝利を得るというものであった。
他にもいくつかの案があるが、今回の作戦はその最初の一手だったのだが……なぜかアレクサンダー・デーゼマンはボロス城の救援のためにこの戦場に現れてしまった。
まさかアレクの妹のマリアが裏で知恵を与えているとは思ってもいないバルタザール・フォン・フォルスターは、混乱しかける。
「まさか、地下を通って兵を出したことに気づいたのか……?」
何カ月もかけて慎重に準備した作戦だ、あり得ない。なら、なぜだ?
「閣下、今は現実を見て判断するしかありません」
ディートフリート・フォン・ボルヒャルトの言葉に意識を引き戻されたバルタザール・フォン・フォルスターは、決断した。
「ディートフリート。東に兵5000を向かわせろ」
「はっ」
「それと……もし、私からの命令が届かなくなった場合には、各自の判断で撤退するようにと徹底するのだ」
「……承知しました」
ディートフリート・フォン・ボルヒャルトはバルタザール・フォン・フォルスターの命令を粛々とこなし、東門を攻める軍へ援軍を送り命令を徹底させる。
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