009_伝説への一歩
神帝暦617年2月。
ヘルネス砦からフォレストが帰ってきたが、デーゼマン家はそれどころではなかった。
今回の戦功によって、フォレストは十等勲民に叙されることになったのだ。
それだけなら大したことはなかったが、下級貴族になったことでフォレストは領地を拝領することになったのだ。
平民出身の騎士だったフォレストが領地を拝領するということは大変なことで、主に面倒なほうに大変なのだ。
領地を治めるには家臣が必要だが、デーゼマン家は平民なので、家臣などいない。
それに領地がどんな土地で、どんな特産があるのか、調べたり色々とやるべきことがあるのだ。
「まったく面倒だね。そんなの断って今まで通り騎士団にいられないのか?」
カーシャが聞くと、フォレストは首を横に振った。
「決定事項なんだ。今さら覆せない」
「金は? 支度金が出るんだろ?」
リーリアの質問に苦笑いを返す。
「報奨金が出るが、それで足りるかは分からんな……」
拝領する領地は決まったが、領地の情報はこれから確認になる。
仕度にどれだけの金がいるのかも分からないのだ。
「金も問題だが、一番の問題は人材だ……」
フォレストは顔に暗い影を落とした。
「私たちも家を盛り立てるわ。だから、少しずつ問題を解決していきましょう、お父様」
クリスがフォレストを励ます。
いつもフォレストを尻にしく娘の言葉とは思えないとアレクやフリオは思ったが、そんなことは口が裂けても言えない。
▽▽▽
時は遡って王国第二騎士団が王都へ帰任した直後のこと。
今回の戦功者への褒美について王国宰相であるアレン・ファイダースが各大臣と話し合いをもっていた。
「またあの平民ですか。まったく、頭の痛い話ですな」
財務大臣のフラム・ダイケンスが頭を振り腕を組んだ。
このソウテイ王国では平民出身者が騎士団の大隊長になった前例はない。
フォレストを大隊長にするという判断は100パーセントありえないだろう。
そもそも中隊長でも前例がなかったが、今は勇退した当時の王国第二騎士団の団長が「平民だからといって、貴族でもできないことをした人物を昇進させないのは王国の損失であり、王国への反逆に等しい」と強弁したのだ。
そのおかげでフォレストは中隊長になれたし、それ以前にフォレストを騎士に引き上げたのも、その前団長だ。
だからかフォレストはその前団長を父親のように慕っているところがある。
「では、適当に金をやってお茶を濁しますかな?」
国土大臣のマイヤー・ローレンスは座っていることから、大きなお腹がよけいに目立つ。
「騎士団の大隊長昇進に比肩する金額は?」
宰相が不機嫌そうに問うた。
「大隊長の職が買えるのであれば、私なら5億リンクル、いや8億リンクルは出しましょう」
「財務大臣殿はたったそれだけで、大隊長の職が買えるとでも?」
軍務大臣であり、前国王の弟でもある三等勲民のハイネルト・ヒリングが、呆れた表情で財務大臣に問いただした。
「無理でしょうな」
財務大臣はさらっと答えた。
この場にいる者で騎士団の大隊長が8億リンクルで買えると思っている者はいない。
騎士団の大隊長ともなれば大隊長俸給以外にも貴族俸給が与えられる。
大隊長を5年勤めれば退団後も貴族年金までもらえるので、8億リンクルなど安いものだ。
「最低でも15億リンクルは用意すべきでしょうな」
財務大臣がざっくり見積もった。
「それでも、デーゼマンはこれまでの功績がある。今回の戦功も計り知れない。これだけの人物を昇進もさせずに金で済ませていいのか?」
軍務大臣の問いに答える者はいない。
「いっそのこと、十等勲民に叙して領地でもやってはいかがかな? そうすれば騎士団の大隊長に昇進させずともよろしかろう」
国土大臣は冗談のつもりで言ったのだが、宰相始め他の大臣も考え込んだ。
「ふむ、騎士団の大隊長になったその後に戦功をあげたら団長もある。それを考えれば地方の片田舎に追いやるのもいいか……」
王国第二騎士団の幹部である大隊長以上の職は、貴族にとって神聖な職だ。
その神聖な職を平民出身のフォレストに与えるよりは、貴族の反感も少ないだろうと、宰相と大臣たちは考えた。
十一等勲民であるフォレストを今回の褒美として十等勲民にするのは、騎士団の大隊長にするより反感が少ないのは確かだろう。
なぜなら、平民が貴族になった前例はあるが、平民が騎士団の大隊長になった前例はないからだ。
貴族というのは前例というものを重く受け止める生き物であり、自らが前例を作る事を極端に嫌う生き物なのである。
「それでは、十等勲民に叙して領地を与えるということで。異存はありませんな?」
宰相が最終確認をすると、誰からも異論が出なかった。
その後、他の戦功についても話し合った宰相と大臣たちは、夕方になって会議を解散した。
しかし、宰相たちの思惑とは違ったことになるとは、誰も思っていなかった。
宰相は報告書を持って国王の執務室へ向かったが、報告を聞いた国王から思いがけない言葉が出たのだ。
「ほう、領地を与えるのだな?」
「はい、大臣たちとも話し合いましたが、それがよいと結論づけました」
「ふむ……おお、そうだ。ならばあの領地を与えよ」
あの領地がどの領地を指すか、さすがの宰相も想像できなかったし、宰相の話を聞く前に領地を指定するなど、国王にしては珍しいこともあるものだと、宰相は思った。
「はい?」
「ほれ、あれだ、1年ほど前に天領としたあの領地だ。あそこならばヘルネス砦にも近く、よかろう」
ここで宰相にも国王がどの領地のことを言っているのか、分かった。
「それは……ヘリオのことでしょうか?」
「そうだ、それだ。さすがは宰相だ、よく覚えているな」
国王は名前が思い出せて嬉しそうだが、宰相の顔は盛大に引きつっている。
ヘリオというのは町の名前で、1年前まで八等勲民家が領主をしていた土地だ。
領主家は7年前の大規模な帝国との戦いによって、大きな人的被害を出していた。
なんといっても、領主のたった1人の息子が戦死し、分家もことごとく戦死したのが痛かった。
この時点で領主の孫がいたので血が絶えることはなかったが、その孫も流行病で他界して、気弱になった領主も同じ流行病であの世に召された。
ここで家臣たちは領主の遠縁から養子を迎えて家の存続を図ったが、その養子が領地へ旅立つと盗賊に襲われて殺されてしまったのだ。
そうすると、あの土地は呪われているなどという噂がたち、他の遠縁の家から養子を迎えることはできなくなった。
ここでその領主家は断絶となったのだ。
つまりこの土地を与えるのは褒美ではなく、罰だと言われそうだ。
しかし、この話には後日談がある。
なんと、そのヘリオの西側には銀の鉱脈があることが分かったのだ。
これは宰相が私的に調査させたもので、まだ国王にも知らせていない話だ。
私的な調査だから国王に報告しなくても罪には問われない。
だから、できるだけ早い時期に理由をつけて自分の身内をヘリオへ入れようと考えていた矢先に、この話である。
「しかし、ヘリオには……」
「あの噂は余の耳にも入っておる。だから騎士家をいくつかつけてやれば、デーゼマンも文句はあるまいて」
つまり、ヘリオの町と周辺のいくつかの村を与えれば、おかしな話がある土地であってもフォレストは文句を言わないだろうと、国王は考えたのだ。
文句があるのはフォレストではなく、宰相なのだ。
宰相の顔は盛大に引きつった。さすがにこの展開は予想もしていなかったのだ。
「報告はそれだけか?」
「はい……」
国王は満足げだが、宰相は顔は引きつり不満げである。
国王の執務室を辞した宰相は考えを改めた。
身内を入れる予定だったが、考えを変えてフォレストを自陣営に取り込もうと考えたのだ。
「考えてみれば、あの者は武においては王国随一の使い手だ。手駒にするには都合がいい」
それに銀山の採掘権の何割かを得られれば、懐が潤う。
銀山開発の支援をしてやれば、5割くらいの権利を得られるかもと考えてもいた。
「ふふふ、仕方がない。平民を我が陣営に入れてやるか。せいぜい使ってやるわ」
宰相はニヤリとほくそ笑んだ。
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