008_デーゼマン家
「なんだと!? どういうことだ!?」
王国第二騎士団のボロス・ハイガッター団長が椅子から立ち上がって、叫んだ。
その理由は第三王女である、カタリナ・マゼランド・カイシャウス王女が慰問のためにこのヘルネス砦にやってくると、報告を受けたからである。
このヘルネス砦の目の前には帝国軍が陣取っていて、とても危険である。
そんな危険なヘルネス砦に王女がやってくるなど前代未聞の話である。
「お止めしろ! 殿下がお見えになるには、あまりにも危険だ!」
ハイガッター団長は茶色の髪の毛が乱れるのも気にせず、周囲にいた部下たちに命令を下した。
とはいっても、ハイガッター団長に王女の慰問を止める権限はない。もちろん、部下たちにもだ。
ここでその場にいたフォレストは、なぜこの時期に王女の慰問があるのか考えた。
王族の慰問は前線の兵士を労うために行われていて、それほど珍しいことではない。
しかし、前線といっても戦闘状態にあるような場所に王族の慰問があるなど、あり得ない。
安全があるていど確認できた場所にしか慰問は行われないし、警備上できないのだ。
ここで何か作為的なものを感じるのはフォレストだけではないだろう。
ハイガッター団長はヘルトン司令官や貴族たちの連名で、慰問を中止するように上申書を提出した。
しかし返ってきた回答は予定通り慰問を行うというものだった。
「本気かよ……」
誰かが呟いた。誰もがそう思ったことだろう。
「殿下は今どこにいるのだ?」
ハイガッター団長は慰問団の場所を確認すると、頭を抱えた。
すでに慰問団はヘルネス砦から2日の場所にいるのだ。
なぜこんなに急な話になるのかと、ハイガッター団長が頭を抱えたのも分かる話だ。
「ヘルトン司令官、それに諸侯! 殿下の安全が最優先である! 何かよい案はないだろうか!?」
「今すぐ、打って出て帝国軍を蹴散らすのはどうか!?」
ヘルトン司令官がここぞとばかりに声を荒げた。
ヘルネス砦の司令官としての任期が迫る中、ヘルトン自身の功名のために動く気がない貴族たちでも、王女を護るために帝国軍と戦うのは了承すると思ったからだ。
「そうだな、それがいい。今すぐ帝国軍を打ち破ればいいのだ!」
「そうか、そうだよな!」
ヘルトンの思惑など誰も気にしていなかった。
それよりも、王女が慰問中に怪我をしたら、帝国軍の捕虜になったら、そう考えると自分自身の保身のために多少の犠牲は覚悟する人物が多い。
本来、ここにいる貴族が保身を考える必要はない。
王女には近衛騎士がついているし、ここにいる全ての貴族が連名で王女の慰問を中止するように上申書を提出しているのだから。
それでも慰問を強行するのは、慰問を決定した人物の責任であり、ここにいる貴族たちの責任ではないのだ。
しかし、多くの者が混乱していて、そういったことを考える余裕がなかった。
そういったことに考えを巡らした者もいたが、戦争で戦功をあげようと企む者もいて火に油を注いで回ったのだ。
話が決まると、動きは早かった。
「遅れるなぁぁぁっ!」
「続けぇぇぇっ!」
「おおおぉぉぉっ!」
王国軍はヘルネス砦を出て、帝国軍に迫った。
先頭を争うように貴族や騎士たちが駆ける。
自分自身の保身のため、戦功のため、それぞれの思いを胸に秘めて駆ける。
「アイゼン九等勲民家のルスト・アイゼンが一番槍を頂戴した!」
シュテイン州に領地を持つアイゼン九等勲民家の次男である、騎士ルスト・アイゼンが帝国軍への一番槍を勝ち取った。
まだ19歳の若者だが、立派な体格の騎士である。
ルスト・アイゼンに一番槍を取られたとはいえ、まだ武将の首を獲ることもできる。
戦功は1つではない。その気になれば結構な数が転がっているのだ。
帝国軍は王国軍が打って出るとは思ってもいなかったのか、後手に回ることになった。
王国軍も勢いで打って出たので、騎馬や騎獣を駆った騎士や貴族が突出することになった。
お互いが不十分な態勢での攻防が繰り広げられた。
「うおおおっ! 押せぇぇぇっ! 引くな! 押せ押せ押せぇぇぇっ!」
敵味方が入り乱れての乱戦の中にフォレストも身を置いていた。
「隊形を崩すな!」
「おうっ!」
フォレストは王国第二騎士団の中隊長なので、指揮する兵はそれほど多くない。
だから逆に乱戦に上手く対応できた。
王国第二騎士団は全員が騎士ではない。
騎士は全体の15パーセントほどで、残りは従士なのだ。
平騎士には従士が5人つく。昇進すれば従士の数も増えるのだ。
中隊長であるフォレストには従士が八人ついていて、それ以外に部下として騎士とその従士が合わせて180人ほどいる。
その200人弱の中隊は乱戦の中でも隊形を崩さず、戦場であってもよく通るフォレストの声によって一糸乱れぬ動きを見せた。
「ダンテ、左が手薄だ。左へいくぞ!」
「おう! 左へ向かうぞ!」
ダンテはフォレストが右腕として頼んでいる騎士である。
フォレストより3歳年上だが、フォレストと同じ平民出身だったこともあり馬が合った。
そして、フォレストが正騎士になった時に初めてついた従士でもある。
フォレストが見つけた帝国軍の手薄な場所に、デーゼマン中隊は一気に雪崩れ込んだ。
「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、こぉぉぉろぉぉぉせぇぇぇっ!」
フォレストは家では見せないような、鬼の形相で帝国兵を殺していく。
「鉄壁デーゼマンが現れたぞっ!?」
フォレストはこれまで、何度も帝国軍と戦っている。
その時に鬼神のごとき働きをしているので、帝国兵の中にもフォレストの勇名は轟いていた。
「鉄壁デーゼマン!? 逃げろーーー!?」
「逃げる奴は放っておけ! 歯向かう奴だけ切り殺せ!」
フォレストはすでに血のりで切れ味のなくなった剣を帝国兵に叩きつけた。
フォレストの剣は太く頑丈に造られている。
一度戦場に出れば、血のりで剣の切れ味が落ちるのは分かっていることなので、切れなくなっても殴りつけるだけで敵を殺せるように特注した丈夫な剣である。
「我は帝国貴族、アルバク・フォン・エーリンゲン男爵! 鉄壁デーゼマンに一騎打ちを申し込む!」
「ダンテ、部隊を任せた!」
「おう!」
フォレストはエーリンゲン男爵の一騎打ちの申し入れを受けた。
乱戦であっても一騎打ちを申し入れられたら、断るのは騎士の恥とされているからである。
「エーリンゲン男爵、こい!」
「いくぞ、デーゼマン!」
エーリンゲン男爵が踏み込み槍を突き出したが、フォレストは冷静にその槍を剣で受け流して、一気に懐に入った。
本来、槍と剣では間合いの差があり、槍の方が有利だ。
しかし、エーリンゲン男爵とフォレストの技量の差があれば、エーリンゲン男爵はフォレストの敵にはなり得ない。
「うおおおっ!」
「ぐわっ!?」
フォレストが剣を横に振り切ると、エーリンゲン男爵の頭部が宙に飛んだ。
首を切ったというよりは、へし折ったというほうが正しいだろう。
「王国第二騎士団、フォレスト・デーゼマンがエーリンゲン男爵を討ち取ったぞ!」
フォレストはエーリンゲン男爵の首を高々と掲げた。
「うおおおっ!」
デーゼマン中隊はこれ以上ないほど士気が上がった。
その士気をもってフォレストは部隊をさらに進めるのだった。
戦場では破壊の女帝と言われているリーリアだが、その夫であるフォレストも戦場では誰もが恐れる鬼となる。
デーゼマン中隊の活躍があっても、中隊規模の奮戦では全体の戦局を左右するまでには及んでいない。現在の戦況は一進一退である。
それは帝国軍のほうが数が多いのと、乱戦の中でお互いにまともな指揮系統が構築できないからだ。
勢いだけで突撃した王国軍だったが、勢いはいつか衰えるものだ。
その前に決着がつけばいいが、その時間は刻一刻と迫ってきている。
「閣下、態勢を立て直すべきです!」
王国第二騎士団のハイガッター団長は部下からの進言に迷っていた。
数の多い帝国軍をこのまま押しまくり勝てる見込みはあるのか? もし勢いが止まったら数で劣る王国軍が不利なのは分かっている。
どうする? どうしたらいい? 葛藤が続く。
「閣下! ご決断を!」
部下の催促に一旦引こうと決心したところで、ひと際大きな歓声が上がった。
「どうした!? 何があった!?」
状況を把握しようとしているうちに、帝国軍が総崩れになって逃げ出したのだ。
「どうしたんだ!?」
そこに騎士団員が駆けこんできた。
「申し上げます!」
「許す!」
「デーゼマン中隊が敵首脳陣の陣地に突撃し、デーゼマン中隊長が見事に敵大将の首を獲ってございます!」
「デーゼマンか! よくやった!」
ここでハイガッター団長の頭の中から「引く」という言葉は消え去った。
「追撃戦だ! 皆に追撃を命じよ!」
「はっ!」
王国軍と帝国軍の戦いは終結に向けて大きく動いたのだった。
ハイガッター団長は鼻高々で追撃戦を指揮した。
この追撃戦であまり得るものがなくても、王国第二騎士団員であるフォレストが大将首を獲ったのが、ハイガッター団長の心に余裕を与えたのだ。
その余裕のある頭で考え、ハイガッター団長は一番効果的な時期に軍を引き返した。
「デーゼマン、よくやった!」
「もったいなき、お言葉」
全身血にまみれたフォレストと固い握手を交わしたハイガッター団長は喜色満面だ。
ここ数年なかった大きな戦功が王国第二騎士団によって得られたのが大きい。
これで大手を振って王都に帰還できるし、慰問団の受け入れもできる。
「ヘルトン司令官。我らは殿下をお迎えに向かうので、周辺の残党狩りを頼めますかな?」
「ぐ……承知した」
敵大将の首を獲った王国第二騎士団の団長である、ハイガッターがこの場の主導権を握っていた。
こうしてヘルネス砦は慰問団を迎え入れた。
王女は前日にあった大戦のことを聞き、大変喜んだ。
そして最大の戦功者であるフォレストとその部隊を褒め称えたのだった。
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