078_帝国進軍
7月20日にケルマン渓谷のトルスト教国側の出口付近に、アレクは到着した。
7月の初めにケルマン渓谷に到着していたが、これだけ遅くなったのは民間人を含めた行軍であるため慎重にトルスト教国の偵察部隊を躱しながら進んだからである。
到着すると、すぐにケルマン渓谷の出口付近を塞ぐ防壁を一気に造った。
ここでまごまごしていると、教国軍が現れてしまうので時間との勝負であった。
教国軍が気づいた時には渓谷の入り口に防壁ができていたため、教国軍は大いに混乱した。ただし、その混乱が収まるのにそれほど時間はかからず、すぐに教国軍が現れて防壁を攻撃し出した。
こういったことから、教国側の出口を守っている守将の優秀さが窺えたが、すでに防壁は完成しているので後の祭りである。
今回はソウテイ王国側も兵を準備していたため、教国軍の攻勢を防壁の上から魔術や矢によって迎え撃った。
強固な防壁が築かれたため教国軍の攻撃を凌ぐことは難しくなく、防衛戦が行われているそばでアレクは渓谷内に砦を築いていた。
そんなアレクの元に、帝国軍の大攻勢の報があったのは7月28日のことだった。
その報と同時に、アレクの機甲科魔術部隊に対してバレッド州へ向かうようにと命令書が届いたのである。
アレクは8月1日にケルマン渓谷から部隊を引き上げると、機甲科魔術部隊の機動力を活かしてケルマン渓谷があるサダラード州からフェフレン州へ入った。
フェフレン州とバレッド州の州境の防衛陣地へ到着したのは8月5日のことであり、通常の行軍であれば20日はかかったであろう道程を、たった4日で移動したのだから機甲科魔術部隊の機動力の高さが改めて評価されることになるのだが、それは後の話である。
その道中、ラクリスの後ろでアレクは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
アレクは舅であり王国軍統括幕僚のステイラム・オイゲンスを通じて、帝国軍が海から来襲する可能性を会議に諮った。
軍務大臣とオイゲンス王国軍統括幕僚は海岸線の防衛網について前向きに検討や情報収集が必要だと判断したが、情報部を統括する統括参謀長は海からの来襲はないと否定的な意見を並べた。
情報部を統括する統括参謀長が否定的な発言をし、大臣級会議でも海からの来襲の可能性は低いだろうと否定的な意見が大勢を占めたことで、軍務大臣はバレッド州の各貴族に対して帝国軍の動きが不明瞭なため海岸線の警戒をするようにと、警戒を促すだけの対応しかできなかったのだ。
蓋を開けてみれば、帝国軍は海から来襲してしまった。
結局のところ、情報部がまったく機能していないことと大臣たちの危機意識がないことがはっきりしたのだが、その代償はあまりにも大きなものであった。
アレクが任地へ到着したのは、8月5日のことである。
「アレクサンダー・デーゼマン。ただいま着任いたしました」
王国軍2万を率いる妖精種風族のボリス・フェフナー大将へ敬礼する。
「デーゼマン大佐、よくきてくれた」
美しい金髪を背中の真ん中ほどまで伸ばした、フェフナー大将はアレクに敬礼を返して用意してあった椅子に座るように促した。
「さて、今回の帝国軍の侵攻に対して、現在の状況を説明しておこう」
フェフナー大将が率いる軍は帝国軍およそ2万5000と対峙していて、明日になったら攻勢に出ると説明を受ける。
「強行軍だったデーゼマン大佐の部隊を休ませてやりたいところだが、今は一刻を争う状況だ。すまんが、堪えてほしい」
「いえ、これも任務ですので、お気になさらないでください」
「それと、これを預かっている」
フェフナー大将から差し出された封書を見ると、軍務大臣からのものだと分かった。
封を切って中を確認すると、教国の目と鼻の先のケルマン渓谷に砦を築いた功績があることから、アレクを准将に昇進させるという内容であった。
実際のところは功績もあるが、海からの来襲を予見していたにもかかわらず対応が後手後手になってしまった詫びの意味もあるのかもしれない。
「おめでとう、デーゼマン准将」
准将の階級章を手渡される。
「ありがとうございます。閣下」
「ふふふ、准将に昇進したのだから、デーゼマン准将も閣下と呼ばれることになるぞ」
「……身が引き締まる思いです」
まだ17歳のアレクが、閣下と言われる。数年前はただの建築士だったのに、その頃では考えられない出世だ。
アレクはフェフナー大将に細かな確認を行って、フェフナー大将のテントを後にした。
機甲科魔術部隊の陣へ戻ったアレクは、部下に准将に昇進したことを知らせる。
「おめでとうございます!」
カムラ特務少佐をはじめとした全員が祝福の言葉を述べる。
アレクは皆が支えてくれたから昇進できたと、感謝の言葉を口にした。
「明日、帝国軍に対して攻撃をしかける。機甲科魔術部隊は、左翼の先鋒を務めることになった。危険な任務だけど、皆、生き残ってほしい」
「生き残れですか。閣下らしいお言葉ですな」
アレクがバレッド州の州境の防衛陣地へ到着する1日前のこと。
ヘルネス砦の重厚な門が開き、そこから雪崩のように王国軍が出陣していく。
「突撃だ! 止まるな、進め!」
このままヘルネス砦を守っていても食料が尽きるのを待つだけであったことから、ヘルネス砦にこもっていた王国軍は日が昇ると共に一気呵成に打って出たのである。
だが、帝国軍としてもヘルネス砦の補給を絶っていることから、王国軍が乾坤一擲の攻勢に出ることは予測できていた。
帝国軍の囲みは二重、三重になっていて王国軍の突撃の勢いを徐々に削っていく。
「殿、このままでは帝国軍に囲まれてしまいます」
「ガブリオ、慌てるな。こういう時は慌てるといい結果にならんぞ」
「も、申しわけございません」
今年で24歳と若いガブリオは、今回のような危機的な戦いは初めての経験であり浮足立つのも無理はない。
「1人でも多く味方を逃がすぞ。ガブリオ、いいな!?」
「承知しました!」
フォレストは自ら殿を買って出た。
これからフォレストの領地へ撤退するというのに、フォレストを殿にするのはバルマー司令官だけではなく多くの諸侯からも異論が出たが、鉄壁デーゼマンの異名を持つフォレスト以外に、殿の適任者は見当たらなかった。
土煙と血の臭いで鼻がおかしくなってくる。
フォレストは決死の覚悟で帝国軍を防ぎ、いつしかフォレストの周囲には帝国兵の死体が山となっていた。
「ガブリオ、大丈夫か!?」
「はい、なんとか生きています!」
「よし、もうひと踏ん張りだぞ!」
「はい!」
帝国兵の返り血を全身に浴びた鉄壁デーゼマンことフォレストは、まるで不動の要塞のごとく帝国軍に立ちはだかったのである。
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