074_帝国進軍
王都特機駐屯地を発って八日後、サダラード州のケルマン渓谷の入り口にアレクの機甲科魔術部隊の姿があった。
今回の行軍は民間人である土魔術士たちをアースリザードが牽く獣車に乗せてのものであり、緊急を要する事態ではないためゆっくりとしたものになっている。
ケルマン渓谷の入り口には王国軍の駐屯地が造られ、常に300人規模の部隊が駐留している。
今回、アレクが呼ばれたのは砦を築くためだが、その砦を築く場所はこのソウテイ王国の入り口とは反対側のトルスト教国側になる。
なんと、王国はトルスト教国側の入り口付近に砦を築こうというのだ。これはアレクの土魔術あっての作戦である。
ケルマン渓谷は全長120キロメートルの巨大な渓谷で、アレクが築いた防壁より先はトルスト教国の斥候が頻繁に巡回している。
そういった場所に、しかもある意味、敵の懐の中に砦を築こうというのはこれまで誰も考えもしなかったことだ。
「お久しぶりでございます、デーゼマン司令官殿」
「サーマス……少尉ですか。お久しぶりです。昇進したのですね」
サーマスはアレクがトルスト教国の進軍を防いだ時の案内役だ。その時の功績が認められて少尉に昇進できたのは言うまでもないが、今回も東部方面軍司令官から機甲科魔術部隊の案内役に指名されたのだ。
「デーゼマン司令官殿が築いた防壁よりもさらに100キロメートル先になりますので、敵の索敵が頻繁に行われています」
「当然でしょうね」
「まあ、司令官殿のおかげで王国の圧勝でしたが、実際の戦死者はかなり少ないですから教国は首脳陣を挿げ替えれば兵士に関しては補充する必要もない。補給物資さえ揃えば、教国はいつでも再戦を挑めますが……」
「あの防壁があって、簡単にはいかない。ですね」
「その通りです」
進軍はできなくても、防衛体制は万全のはず。
厳重な防衛体制のトルスト教国側に砦を築くというのだから、本来なら無謀としか言えない作戦である。
▽▽▽
神帝歴621年7月1日。
朝日に照らされた海面を埋め尽くす船団が、波を切り裂いて進む。
その船団はどう見ても商船ではなく、軍船だというのが分かる物々しさである。
「閣下、あと1時間ほどでデジム港へ到着いたします」
デジム港はソウテイ王国の北側に位置する港町である。
港町といっても、小さな漁港なので港の規模はたかが知れていて、これだけの船団が寄港できるものではない。
「王国の奴らが慌てる姿が目に浮かびますな、閣下」
帝国南部方面軍ロベルト・フォン・バルゼン参謀長が閣下と呼ぶのは、サンダー・カルコス南部方面軍司令官である。
これまでテルメール帝国南部方面軍は、ヘルネス砦を攻めてソウテイ王国に進軍しようとした。
ヘルネス砦は堅牢な砦なため、南部方面軍全軍で攻める必要があると判断したカルコス司令官は、攻め方を変えることにしたのである。
カルコス司令官はソウテイ王国を攻めることに、固定観念はない。あるのはソウテイ王国を攻めて帝国の領土を広げることだけである。
「一気に攻める。最低でもバレッド州の半分は手中に収めるぞ、バルゼン参謀長」
「承知しておりますぞ、閣下」
そのため1年以上かけてこれだけの船団を用意した。ソウテイ王国に気づかれないために、帝国中東部の軍湊で兵を船に慣らす訓練をさせて周到に用意した。
それにこれから向かうバレッド州の王国貴族に調略をかけている。
バレッド州は海に面した土地で塩の生産が盛んに行われている土地だ。しかし、塩の権利の多くは王都にいる法衣貴族たちが持っていて、地元の貴族たちはわずかな権利しか持っていない。
そのため法衣貴族たちに不満を募らせていた地元の貴族たちは、帝国の調略があっても王都に報告することをしなかった。このことが王都に報告されていれば、結果は違っていたのかもしれないが……。
「明日の今頃は帝国領となったバレッド州でワインを傾けたいものだ」
「某もご相伴に預かりたいと思っております。閣下」
テルメール帝国南部方面軍の船団はそれから1時間ほどで、予定通りデジム港へ到着して上陸作戦を決行した。
元々ただの漁港であるデジム港に帝国南部方面軍に抗う戦力はなく、帝国南部方面軍は一気にデジム港周辺を占領することになる。
帝国南部方面軍は破竹の勢いでバレッド州を侵食していき、7月10日にはバレッド州の七割ほどを占拠するにいたった。
帝国軍が上陸して慌てたバレッド州の貴族は、戦うことなく降伏するのであった。
だが、王国貴族の誇りにかけて降伏を拒否する貴族も少ないがいた。そういった貴族は帝国南部方面軍の苛烈な攻撃を受け、抵抗むなしくその命を散らせることになった。
帝国南部方面軍が上陸して半月後の7月15日にソウテイ王国の王都にその報が届くと、王城では緊急御前会議が開かれることになった。
「毎日報告がきますが、おそらく今頃はバレッド州の半分が占拠されているものと考えられます」
ハイネルト・ヒリング軍務大臣は嫌な役回りだと思いながら、集った面々に状況を報告する。
「すぐに援軍を派遣しなければなりませんが、ヘルネス砦も帝国軍と対峙していると報告がきていますので、今回は二正面作戦のようです」
ステイラム・オイゲンス王国軍統括幕僚が軍務大臣のあとを引き継ぐ。
「軍務卿。直ちに援軍を送り、帝国軍を駆逐せよ」
国王が軍務大臣へ勅命を発すると、軍務大臣は椅子から立ち上がって一礼して拝命する。
「ヘルネス砦へ援軍に向かった軍をバレッド州へ向かわせようと愚考しております」
「うむ、それでよい」
「ただ、今回はヘルネス砦とバレッド州への二正面作戦。しかも、バレッド州へ上陸した帝国南部方面軍は3万とも言われております。さらなる援軍が必要ですので、騎士団と国軍に動員令を出しました。準備できた部隊から援軍に向かわせます」
「軍務大臣に任せる」
「はっ!」
次いで物資や周辺貴族への支援などが話し合われることになる。
軍務大臣をはじめ、各大臣と各省の主要メンバーが一堂に会した緊急御前会議は、侃々諤々の議論が繰り広げられることになった。
7月22日に準備を整えた王国軍と騎士団が王都を発つ頃には、すでにバレッド州は完全に帝国南部方面軍の支配下になっていたのである。
丁度その頃、ヘルネス砦に向かっていた援軍が進路を変えてバレッド州へと到着したが、その前に帝国南部方面軍と降伏した元王国貴族軍が立ちはだかり戦闘の火蓋が切って落とされた。
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