071_帝国進軍
神帝歴620年6月某日。
デーゼマン家の屋敷があるヘリオの町は、以前に比べると大きく発展していた。
フォレストが拝領した頃は人口4000人ほどの小さな町だったが、今では人口1万2000人を超える町になっている。
これは国の移民政策もあるが、デーゼマン家の領地が発展して経済活動が活発化していることで自然に人口が増えたものである。
デーゼマン領はガラス器生産と銀の産出だけではなく、最近では王国軍へアースリザードの供給も行っており九等勲民家とは思えない財力を持っている。そして何よりも戦に強いということが人口増加の最大の理由だろう。
ヘリオの町は魔物だけではなく、敵国の軍からも領民を守る堅牢な防壁があって、領民は安心して暮らせる。
さらに、ヘリオの南側の湖に面した小高い丘の上に建つデーゼマン屋敷は、今では専用の港を備え重厚な石の防壁に守られた要塞になっている。
これらのことから移民は今も増え続けている。
初夏の日差しが肌をやや強く刺す中で槍の稽古をしていたフリオは、フォレストに呼ばれて屋敷に戻った。
フォレストの執務室に入ると、ベルムーイ村を治めている騎士ハルバルト・デゼナンの顔が目に入る。
他に昨年末にアレクの結婚に合わせて隠居したジジリス・アーデンの跡を継いだパッテンとその弟でエリーの婿になったカズン、そしてリーリアとクリスもいる。
騎士ハルバルトはフォレストに従ってこの領地へ赴き、ベルムーイ村を治めている藍毛藍目の獣人種犬族である。
かつてテルメール帝国に住民が皆殺しにされた開拓村のエールから南に少しいったところにベルムーイ村はある。デーゼマン家の嫡男であるアレクにとっては、忘れられない土地の付近である。
ベルムーイ村は入領当初は人口450人だったが、今では2000人に届こうかというほどになっている。主な産業は農業であり、村のそばを流れる川からもたらされた肥沃な土もあって高い穀物生産量を誇っている。
「フリオも座りなさい」
フォレストがフリオに声をかける。
「はい」
フリオがクリスの横に座ると、騎士ハルバルトが口を開く。
「帝国南部方面軍の駐屯地の兵数が明らかに少ないと、影より報告を受けました」
騎士ハルバルトが発した影というのは、デーゼマン家の財力を使って組織された諜報活動部隊である。
影の主な仕事はテルメール帝国の動きを探ることであり、国境に接する領地を持つデーゼマン家にとって必要不可欠な組織だ。
ちなみに、リーリアのかつての傭兵仲間(子分たち)もテルメール帝国で諜報活動をしているが、彼らとは別口である。
リーリアの傭兵仲間は基本的に傭兵としてテルメール帝国に入って、傭兵として適度に依頼をこなしては帝国兵や酒場などから情報を集めるが、騎士ハルバルト傘下の影はテルメール帝国の町や村に住民として定着して情報を集めている。
「ゼント共和国へ軍を向けたのか?」
「ゼント共和国に軍を向けたのであれば、その情報くらいは入手できるはずです。しかし、その情報さえないのです」
情報がないというのは極めて不気味であり、それがフォレストたちの警戒心を煽る。
「リーリアは何か聞いているか?」
「兵士が北へ向かったということは聞いているけど、何をするのかは把握できていないよ」
「北か……?」
ソウテイ王国はテルメール帝国の南にあって、南部方面軍の軍や兵士を北へ動かすということは、ソウテイ王国との国境付近に展開する軍事力が減るということなので歓迎することである。
しかし、その理由が分からないことからもろ手を挙げて喜ぶわけにもいかない。
「軍を北へ向かわせたことについては引き続き調査をするとして、今日ハルバルトを呼び出したのは、ベルムーイを町へ格上げにすることにしたからだ」
「ありがとうございます」
騎士ハルバルトがお礼を言うと、フォレストは頷いてパッテン、カズンの兄弟を見た。
「これは国に提出する資料です。デゼナン殿に最終確認をしていただきたい」
パッテンが3枚の羊皮紙をハルバルトに手渡す。
パッテンはどちらかというと武に偏っているが、弟のカズンは文に長けていて2人の父であるジジリスの血を濃く受け継いでいる。
この資料はガラス工房の責任者からデーゼマン家の文官へ昇進したカズンが作成したもので、パッテンが作成したものではない。しかし、立場はパッテンのほうが上なのでカズンではなくパッテンが前に出て話を進めている。
もっとも、エリーの婿であるカズンに別の家を興させる計画が進んでいる。これは人口が劇的に増えているからできることである。
3枚の羊皮紙の内容はまったく同じもので、これは騎士ハルバルトのデゼナン家とデーゼマン家、そして国に提出するためのものだ。
「内容に問題は見あたりません」
羊皮紙に書かれている内容を確認した騎士ハルバルトが問題ないと太鼓判を押した。
「ありがとうございます。それでは、この書類にサインをお願いします」
パッテンに促されて騎士ハルバルトが3枚の羊皮紙にサインをすると、フォレストも同様にサインをする。
あとはこの3枚を王都に持っていき、提出して担当大臣のサインをもらうだけである。
今年の初めにデーゼマン家の筆頭家臣である騎士ダンテ・ボールニクスが治めるアーラスを村から町に格上げしているが、それに続く格上げである。
来年早々には騎士トーレス・アバジが治めるセルトムも、村から町に格上げできるだろう。
それにデーゼマン家の直轄地であり、フリオが入る予定のデルマンもいずれ町へ格上げできる見込みである。
ここでこれらの町や村の位置関係をおさらいしておこうと思う。
まずヘリオだが、ヘリオはケスラ湖の北側にある町であり、デーゼマン家の本拠地として栄えている。
騎士ダンテが治めるアーラスは、ケスラ湖の東側にあって、デーゼマン領の入り口に当たる場所になる。そのため、ヘリオから出荷されたガラス製品や銀製品はケスラ湖の水運を利用してアーラスに集められるため、交易で多くの人が出入りすることにより栄え、人口はヘリオに次ぐ2500人になっている。
新しく町になる騎士ハルバルトが治めるベルムーイは、ケスラ湖の東側に繋がっている川を北上していくとある。さきほども話に出たが肥沃な土地とアレクが造った堤防のおかげで穀倉地帯として多くの穀物を生産している。
騎士トーレスが治めるセルトムはケスラ湖の南、ヘリオの対岸にあって人口も1800人を超えている。最近はアースリザードの繁殖拠点になっているため、周辺貴族から持ち込まれたアースリザードの買い取りも行っている。
直轄地のデルマンはガラス石や銀鉱石を集積して、大きな船に積み込んでヘリオへ運ぶための拠点になっている。現在はホーメン・ニクスが代官として赴任している。ホーメンは王都で屋敷の管理や国との折衝を任されているウイル・ニクスの弟であり、武はそれほどではないが村の統治者としては優秀である。
このデルマンはいずれフリオが入ることになるが、それはまだ数年先の話だ。
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