068_閑話
070まで閑話になります。
アレクは王都北駐屯地にある自分の執務室の机に積まれた書類の山を見て辟易している。
サダラード州から帰ってきてすぐに大佐へ昇進したアレクは、執務の合間にあちこちの貴族の家で行われるパーティーなどを梯子するほど人気になりゆっくりする暇もない。
元々、成り上がり者とデーゼマン家を嫌っていた貴族たちだが、宮廷魔術士になっただけではなくトルスト教国軍をたった数十人で撃退したと知れば、アレクを英雄視するのも無理はない。
また、大佐に昇進したことと、機甲科魔術部隊の規模を拡充させるようにと命令があったことで忙しさに拍車がかかっているし、今月はオイゲンス五等勲民家のラーレ嬢と婚儀も控えている。加えてデーゼマン家として王都に大きな屋敷を購入したので、家臣がやってくれるとは言っても引っ越しもあり大忙しである。
「デーゼマン隊長。人員もそうですが、アースリザードの補充にまったく目途が立っていませんが……」
ベイリー少尉も昇進して中尉になっているし、2人の副隊長であるセリーヌ・マッタンホルンとウォーレン・アマナウ両中尉も大尉に昇進している。
もちろん、アレクの従者たちもカムラは特務少佐、オウエンは特務大尉、ゲーデスは特務大尉、ラクリスは特務中尉、ソムンまで特務少尉に昇進している。
今回の戦果はそれほどのものであり、トルスト教国軍を率いていたルーカス・マンデラ大司教が戦死、その他にも多くの司教が戦死している。
これらの戦死者のほとんどは、皆、石に圧し潰されていて原型をとどめていなかった。そのため、身元の確認に関しては遺留品から判断するしかなかったのだ。
「そうなんだよね……こうなったら、アースリザードを捕獲するためにシュテイン州へ向かおうか」
シュテイン州はデーゼマン家の領地を含めた地域が、アースリザードの生息地になっている。
デーゼマン家がアースリザードを主軸とした騎獣部隊を組織できたのもそういった地理的なアドバンテージがあったからである。
「しかし、しばらくは遠征することもできません。なにせ、アレクサンダー様の婚儀がありますから」
カムラがそう指摘すると、アレクはまた頭を抱えた。
「そ、そうだった……」
「いずれにしろ今は人員の補充を優先し、アースリザードに関しては年を越してから遠征しましょう」
「分かったよ。ベイリー中尉、行動計画を作ってくれるかな」
「承知しました」
行動計画とは、いつから遠征に出かけて、いつ頃に帰ってくるというもので、遠征するにはそれなりの経費がかかるため、上層部に予算を計上する時に必要になる書類だ。
命令されて遠征するのとは違ってアレクが計画して動くことに関しては、こういった細かな書類を出さなければならないので、自主的な行動に対する許可申請は面倒である。
「アレクサンダー様、私に案があるのですが、聞いていただけますか?」
日頃、アレクの護衛や身の回りの世話についてしか口を開かないラクリスが、珍しく口を出してきたのにアレクは驚いた。
「どんなことかな?」
「アースリザードの捕獲に関して、デーゼマン家の右に出る者はいません」
「うん、そうだと思う」
「ですから、デーゼマン家よりアースリザードを供給していただいたらよいのではないでしょうか?」
アレクはこの案は理に適っていると考えた。
「それはいい案ですな。デーゼマン家ならアースリザードの生息地に近く、捕獲にも慣れています」
オウエンが賛同した。
「あ、あの……いいですか?」
さらに珍しくソムンまで口を開いた。
「ソムン、何かな?」
アレクが促すと、ソムンが意見を話す。
「デーゼマン家では、アースリザードの繁殖も行っています。それにケルドさんが調教したアースリザードは従順です」
ケルドというのは、デーゼマン家でアースリザードの面倒を見ている厩務員のことだ。
このケルドは今年で38歳になる男性だが、殊の外アースリザードが好きで、アースリザードのことならなんでも知っているという人物である。
そのため、デーゼマン家でアースリザードの厩務員をさせてほしいとわざわざ遠方からやってきたほどである。
「ああ、ケルドか。たしかにあいつがいると、アースリザードの調教が早いし、そして従順に仕上げてくれる」
「まあ、変わり者だがな」
オウエンの言葉にカムラが追随する。
「調教したアースリザードを買えば、調教の手間も省けるか……」
アレクは顎に手を当てて呟いた。
「デーゼマン隊長、行動計画を策定し、必要な経費を算出します。その費用とデーゼマン家よりアースリザードを購入する費用を比較してみてはどうでしょうか」
「そうだね、そうしよう。僕は父にアースリザードを購入できないか聞いてみるよ。ベイリー中尉は行動計画と経費の算出を頼むよ」
「はい、お任せください」
▽▽▽
神帝暦619年11月某日。
対峙する2人の男性。1人は南部方面軍の総司令官であるウインドス・フォン・オードストロフ侯爵、1人はサンダー・カルコス中将。
片や侯爵、片や平民。この2人の接点は軍人ということだけであるが、その2人を見守っていることもありテルメール帝国の南部方面軍の司令部は水を打ったように静かである。
「これが命令書です。オードストロフ大将の後任は某になります」
つまり、オードストロフ侯爵の更迭人事が発令されたのである。
「……そうか」
オードストロフ侯爵は命令書を受け取ると、総司令官だけが座ることを許される席を立ちハンガーラックにかかっている帽子とコートを手にして、総司令部の中を見渡す。
「後のことは頼む」
それだけ言うと、オードストロフ侯爵はまるでこうなることが分かっていたかのように静かに総司令部から出ていく。
それからのカルコス中将の動きは激烈であった。
まず行ったのが、人事の刷新である。と言っても帝国総本部から任命されている三役の人事は触れないが、それ以下の人事は全て方面軍総司令官の権限の内である。
使えないと判断されたものは容赦なく淘汰され、使えると思われた者を役職に就ける。もちろん、そこには出身家は関係なく、貴族や平民による差はない。あるのは純然たる能力主義であった。
南部方面軍の面々は、今この時期に総司令官の交代劇があったのはなぜかという憶測が飛び交っている。
「そんなもの決まっているだろ。侯爵じゃ勝てないと思われたんだよ」
「だがよぉ、今度の中将様はなんだかひょろっとして気に入らないんだよなぁ」
「見た目で判断するのかよ。見た目はひょろくてもあの中将様はプロトスを降伏させたらしいぜ」
「ああ、俺も聞いたぞ。プロトスを攻めあぐねていた前任者の後を受け継いでたった2年で降伏させて、プロトスを属国にしたんだから、その手腕はかなりのものだっていう話だぜ」
プロトスというのはテルメール帝国の北側に隣接する国家であった。騎馬隊が精強で知られていた国だったが、カルコス中将はその騎馬隊を完膚なきまでに殲滅してプロトス国を降伏させたのである。
個人の武よりも集団の力を重視して、集団を効果的に動かすことに長けている司令官というのがカルコス中将に対する印象の大半を占めている。
「それじゃよ、ソウテイ王国攻めが変わるのかな?」
「どうだろうな? かなりの策士らしいから今までのような戦いはしないのかもしれないぞ」
兵士たちの噂話は尽きない。
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