067_初任務
眼下には教国軍およそ1万3000人の兵士が谷底を埋め尽くしている。
「これは壮観ですね」
兵士の1人がそう言うが、この兵士がアレクたちを殺そうと谷を埋め尽くしているのだから、いい感情はない。
「敵の総司令官を探してください。そこに乾坤一擲の攻撃をしかけます」
アレクには豆粒のようにしか見えない教国軍の後方に総司令官がいる可能性は高い。
「任せてください。俺は目のよさには自信があるんです!」
ここにはアレクとラクリスの他に、3人の兵士がいる。サーマスの偵察隊の隊員だけあって目のよさは折り紙付きだ。
こんな時、マリアがいてくれれば何かいい案を出してくれただろうに。いや、マリアなら教国軍に大打撃を与えることができるだろうにと、アレクは頬をかく。
「教国軍が攻撃を開始しました」
教国軍が防壁に向かって魔法を掃射したのが見えた。教国軍は魔術士を多く連れてきているようで、かなりの魔術が防壁を襲う。火と風の魔術の併用で火の勢いが増して炎の渦になっているのが分かる。魔術士の数が多いのでかなりの威力だ。
「皆、急いで。あの調子じゃ防壁はもっても味方兵が魔術の餌食になってしまう」
「「「「はい!」」」」
ざっと200人はいそうな魔術士の数である。これだけの魔術士の攻撃を受けては、かなり丈夫に防壁を造ったつもりでも不安がある。それに魔術の余波で防壁の上にいる兵士が傷つくかもしれない。
だが、アレクは知らなかった。自分が造った防壁がいかに頑丈なのかということを。魔術は発動時に消費された魔力量によって威力が変化する。ファイアボールも一般的には拳大だが、消費した魔力量によっては拳大から人の頭ほど、さらには人の大きさくらいのものまでさまざまな大きさと威力になる。
マリアに言わせれば、アレクは不器用だから魔力量の調整が「下手くそ」らしい。そんな不器用なアレクが圧倒的な魔力を消費して造った防壁が簡単に傷つくわけがないのである。
「アレクサンダー様、見つけました! あそこに敵の総司令官がいます!」
ウサ耳をピコピコ動かしているラクリスが指さした場所を見てもアレクには豆粒同等の人がいるようにしか見えなかった。
「ああ、あそこか。たしかに教国旗と司令官旗がありますね」
3人の兵士も総司令官の居場所を確認したが、アレクは……。
「見えない……」
「無理もないです。スキルのある俺たちでさえ小さく見える場所です。スキルもない中佐殿が見えるほうがおかしいのですから」
兵士の1人が言うように、遠視などのスキルがないと見えないくらい遠い場所だ。おそらく1キロメートル以上離れているだろう。
「しかし、見えないと魔術の狙いが定まらないよ」
「それもそうですね……」
困ったとアレクは頭を抱える。
「アレクサンダー様、距離が分かったらなんとかなりませんか?」
「え? うーん、多分だけどなんとかなるかな?」
「でしたら、ここから1276メートルの真下に敵の司令官がいます」
「1276メートル……。よく分かるね」
「音の反射で距離が測れますから、獣人ならこれくらい普通に分かります」
そんなことができるのはラクリスだけである。アレクはそう心の中でツッコんだ。
「なんとなくでよければ俺も分かるが、特務少尉のように細かい数字はさすがにわかりませんよ」
偵察部隊の獣人が頬をかいて言う。しかし、獣人はそんなことが分かるのかと、アレクたちは感嘆した。
アレクたちが話している間も教国軍の猛攻は続いている。幸いにも見張り台は崖の上にあり、岩に溶け込むような形状になっているので見つかることはないが、早く対応しなければ下の味方があぶない。
1276メートルを正確に測る術はアレクにない。しかし、やらなければならないのである。アレクは意を決して、トレントの杖を掲げた。
「ラクリス、小石を1個だけ空中に出すから、どれだけ離れているかおしえてくれるかな」
「お任せください」
アレクはトレントの杖に魔力を注ぎ込む。今回は小石を1個だけ出す簡単な魔術だが、距離が1キロメートル以上離れているためアレクも初めての試みだ。
アレクの土魔術によって具現化した小石は、具現化した瞬間に落下したていく。
「1154メートルですから、あと122メートル奥へお願いします」
「かなり離れた場所なんだ……。これなら……」
次の小石をさらに奥へ具現化させると、小石は再び自然落下した。
「1251メートルです。あと25メートル奥です」
眼下を見ると、激しい魔術攻撃に曝されている防壁があり、味方の兵士たちが防壁の縁に隠れて攻撃を凌いでいる。
トルスト教国は多くの魔術士を今回の戦いに動員しているのが分かる。そういった魔術士は今回無視して敵の総大将と思われる人物を狙う。
「よし、次が本番だ。いくよ、ラクリス」
「はい!」
アレクは膨大な魔力をトレントの杖に流し込んだ。すると、先ほど小石を具現化させた場所よりもやや奥に人の大きさほどもある石が大量に具現化していく。
大きめの石をいくつも具現化したのは、一点攻撃では総大将を取り逃がす可能性があるからで、面で攻撃するためにも多くの石を広範囲で落下させるためだ。
いくら面で攻撃すると言っても、闇雲に攻撃しては敵の司令官を逃がす可能性もある。だから、距離に関してはあるていどの正確さが必要なのだ。
人の大きさほどの石はどれも数百キログラムあり、これに当たればどんな屈強な騎士だろうとひとたまりはないだろう。そういった石を広範囲に降らせることができるのも、1276メートルも離れた場所に魔術を行使できるのも、アレクの人並外れた魔力があったればこそである。
いきなり大きな石が谷を埋める勢いで降り注いできたトルスト教国の本陣は混乱の極致である。
「な、何が起きているんだ!?」
総司令官は今年で43歳になる大司教であり聖騎士長であるルーカス・マンデラである。
スキルが教導であることからトルスト教の申し子と言われ、43歳の若さにも関わらず大司教にまで上り詰めた人物だ。
将来は総大司教の座が約束されているとも言われていたが、総大司教になるために大きな功績を望んだことから今回の侵攻になった。
進軍準備を進めていた時にソウテイ王国で魔物の侵攻があったのはまったくの偶然だが、この出来事を利用して自分は神の祝福を受けているのだと兵士たちを鼓舞して軍を進めた。
王国側の人間が聞いたら、魔物を操る神など邪神だと憤慨するようなことを言っても、国民の全てがトルスト教徒であるトルスト教国では「神の御業」として受け入れられるのである。
進軍をしたはいいが蓋を開けてみると、ケルマン渓谷に巨大な防壁が築かれていて、トルスト教国軍の行く手を阻んでいた。
これが王国の仕業だというのは理解できるが、ほんの10日前の偵察ではこんな防壁はなかったため、ルーカス・マンデラだけではなく首脳陣は混乱した。この混乱はすぐに収めることができ、防壁を破壊して前進するために魔術の攻撃を開始したが、防壁は予想以上に堅牢であった。
防壁の対策を考えているところに、大きな石が降ってきた。しかも、大量の大きな石がである。
普通ならこれで混乱してもおかしくはない状況で、ルーカス・マンデラは本陣を守る魔術士に防御魔術を指示した。このことから分かるように、ルーカス・マンデラは優秀な指揮官なのだ。
しかし、降り注ぐ石はまったく止む気配がなく、防御魔術を発生させた20人ほどの魔術士は1人、また1人と魔力切れになっていく。
徐々に魔力切れで防御魔術が消えていき安全地帯が少なくなっていく中、ルーカス・マンデラは打開策を考える。
周辺はすでに巨大な石に埋め尽くされており、逃げるにしても石をよじ登っていかなければならないのは分かる。だが、その石をよじ登っても、さらに石が積まれていくため、どこまで登ればいいのかわからない。
そんなことを考えていると、最後の1人になった魔術士が脂汗を流しながら今にも倒れそうな声を上げている。
「おい、しっかりしろ! もうお前しかいないんだぞ」
ルーカス・マンデラは魔術士にそう声をかけながら、その魔術士の名前を知らないことに気がついた。
「……私は、命をかけて私を守ってくれている部下の名も知らなかったのか……」
そんな自分が神の名を口にして、神の御心の代弁者であると公言していた。今になって自分の傲慢さに気がつき悔やんだ。
「ああ、神よ。これは私への罰なのですね……。私は構いませんが、この者の命だけはお助けください……」
それがルーカス・マンデラの最後の懺悔となったのである。もちろん、1人がんばっていた魔術士も同様に石の直撃を受けて即死であった。
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