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アレクサンダー英雄戦記 ~最強の土魔術士~  作者: 大野半兵衛
九章

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065_初任務

 


 サーマス曹長率いる分隊は偵察隊というだけあって、王国軍では珍しい機動力のある騎馬隊である。歩兵の多い王国軍だが、ケルマン渓谷の偵察は隠密行動よりも速度を優先させるため、騎馬が採用されているのである。

 ケルマン渓谷は全長120キロメートルにもおよぶ渓谷だが、その途中にはいくつかの分岐がある。しかし、分岐はどれも本道に戻るか行き止まりになり、ソウテイ王国とトルスト教国を繋ぐ道は基本的に一本にまとまる。


 全員が騎馬もしくは騎獣に騎乗しているため、アレクたちの移動は迅速であり、アレクたちはケルマン渓谷を入って20キロメートルほど進んだ。

「中佐殿、この横道は本道32キロメートル近辺で合流します。分岐はここが最後になります」

 アレクたちがいるのは、本道と分岐した道が合流する地点で、合流地点の道幅はおよそ350メートルだが、そこから200メートルほど王国側へいくと道幅は50メートルまで狭まる。

「サーマス曹長、谷の上から攻撃される可能性はありますか?」

「いえ、この辺りの谷の上にはワイバーンが多く住みついていて、とても谷の上を通ることはできません」

「ワイバーンですか……」

 アレクは魔除香のことを思い出した。もし、教国が魔除香かそれに類するものを用意していた場合、もしかしたら谷の上を通れるのではないかと。

「それに仮に谷の上をワイバーンに襲われずに通ることができたとしても、その後の森にも多くの魔物がいます。隠密性の高い密偵なら分かりませんが、行軍は無理だと思います」

「曹長は帝国が魔物がいる森を抜けて、国内へ攻め込んできた話は聞いていないのか?」

「聞いておりますが、この谷と森は非常に広大ですので、膨大な数の魔除香が必要になってしまいます」

 魔除香が非常に高価で数を揃えることが困難であることはサーマス曹長も知っているようだ。だが、もしも教国が自国で魔除香の生産をしていて数を揃えたならば、その前提は簡単に覆る。


「………」

「アレクサンダー様、谷の上も偵察対象にしますか?」

 アレクが考え込んでいると、カムラが選択肢を確認する。デーゼマン家は常識外のことでも疎かにしない。帝国の強硬偵察部隊によって死の間際まで追い込まれたアレクは特にその考えが強いのだ。

「そうですね、谷の上にも見張り台を造りましょう」

「中佐殿、失礼ながら上申します」

「サーマス曹長、遠慮はいりません」

「では、申し上げます。谷の上には簡単に上ることができません。王国側からですと、広大な森を抜けていかなければなりません。ですから、谷の上に見張り台を置くのはほぼ不可能です」

「サーマス曹長、それは常識であって絶対ではない」

「カムラ特務大尉殿、それはどのような意味でしょうか?」

 カムラとそれほど年齢の変わらない30前後のサーマスは、アレクの腰ぎんちゃくだから特務だが大尉になったカムラが気に喰わない。だが、そんなことは態度に出さず、問いただした。

「ここにはアレクサンダー様がおられるということだ」

 たしかにアレクは更地だった防御陣地に堅牢な防壁と空堀を築いた。それは偵察部隊を率いているからこそサーマスの度肝を抜いたと言えよう。

「サーマス曹長はアレクサンダー様の力を間近で見たことがないからできないと思うだろうが、それは見ればわかることだ」

「……承知しました」

 サーマスは納得していないが、上官であるアレクやカムラに対してこれ以上意見を言うのは得策ではないと考えて引き下がった。


 アレクはカムラとサーマスのやりとりを見届け、空を見上げると深い谷の頂が日の光と被って見え、手で視界を遮った。

 この地点の深さはおよそ400メートル、幅はおよそ50メートルしかないが、ワイバーンの大きさなら谷に入ってこられる広さだ。だが、なぜこの谷にワイバーンは下りてこないのかアレクは不思議になった。

「ワイバーンはこの谷の中には入ってこないのですか?」

「理由は分かりませんが、ワイバーンがこの谷に入ってきたという話は聞いたことがありません」

「狭い場所が苦手というわけではないでしょうに、なぜでしょうか」

 アレクの問いにサーマスが答えると、さらにカムラが疑問を被せた。

「もしかしたら、ここの谷にも魔除香のような効果があるのかもしれませんね。ワイバーンだけではなく、リザード系の魔物も壁を下りてこられるはずですが、魔物は見当たりませんし」

「なるほど、力なのか臭いなのか分かりませんが、魔除香のような効果のあるものがあるのかもしれませんな」

 アレクの考えにカムラ達も同意見を示した。事実、アレクたちが騎乗していたアースリザードも谷に入るのを嫌がる素振りを見せていた。


「では、まずはここに防壁を造ってしまいましょう」

 アレクはトレントの杖を掲げ、魔力を流す。防御陣地同様ここにある土や石を使うことで、魔力の消費を抑えて高く、厚く、頑丈な防壁と空堀を築いていく。

 幅が50メートルほどしかないので一度の魔術で道を完全に塞ぐ防壁と空堀を築いた。それを見ていたサーマスたち偵察隊の面々は、目が零れ落ちそうなくらいに見開いて驚いた。


「やっぱり隊長の魔術は何度見ても驚かされるな」

「ああ、ありゃ魔術の域を超えているぜ」

 機甲科魔術小隊の隊員もアレクの魔術を目の当たりにするのは、二回目である。サーマスたちのような新鮮な驚きはないが、アレクの魔術による景色の変化に驚かされるのは変わりない。

「今回は材料もないので門は造っていません。単純に教国軍を防ぐだけの防壁と空堀です」

「我々の任務は教国軍の進軍を防ぐことなので、これで構わないでしょう」

 アレクとカムラの話が終わると、ラクリスがマナポーションをアレクに手渡し、アレクはそれを一気に呷った。


「次は谷の上ですね」

 アレクはトレントの杖を掲げ、谷の壁沿いに階段を造った。

「カムラ特務大尉、サーマス曹長。数人の部下を連れて階段を上り、谷の上を確認してください。僕も休憩したら向かいます」

「「承知しました」」

「あ、そうだ。ワイバーンや魔物がいたら無理に戦わず、安全なところから様子を見るだけにしてください」

「「了解です」」

 再びラクリスからマナポーションを受け取ると、アレクはマナポーションを呷った。


「よし、休憩終了。オウエン特務中尉、帰ってきたら簡易的な家を造りますが、それまでここを任せます」

「はっ、ご武運を」

「ラクリス、いこうか」

「はい、お供いたします」

 アレクはほぼ垂直の崖に造られた折り返し階段を何度も折り返して上がっていくが、さすがに400メートルもある壁を階段で上がっていくのは一苦労である。

「皆はよくこんな階段を楽々と登れるね……」

「私は獣人ですから、こういう階段を上るのはそれほど苦になりません」

「ラクリスは可愛い顔しているけど、体力あるんだね」

 ドラゴンの血から作られた貴重な薬を飲み、今や人類の上位に入る強さを持っていると言っても過言ではないラクリスに言う言葉ではないだろう。

「か、か、可愛い……(ボフンッ)」

 アレクの一言でラクリスの顔が赤くなる。

「ん? 何か言った?」

「い、いえ! なんでもありません!」

 両手を振って何も言っていないとアピールするが、いつものラクリスからほど遠い挙動にアレクは不審がる。


「ふー、やっと半分ってところかな……」

 自分が階段を造ったが、造ったことを少し後悔し頂上を見て黄昏ているアレクがいる。

「アレクサンダー様、空にワイバーンが20体以上集まってきています」

 ラクリスの言葉で、アレクは頂上よりはるか上空を見つめる。

 先行したカムラたちに気づいてワイバーンが上空に集まってきているようだ。ただ、谷の中には入ってこないので、カムラたちも谷から出ずに様子を窺っている。

 この谷は魔物が嫌う何かがある。餌である人間を見ても入ってこないことを考えれば、それはほぼ確定だろう。

 アレクたちが騎乗していたアースリザードは多少嫌がる素振りを見せたが、谷に入ってきているので、魔物によっては我慢できるていどのことなのかもしれない。


 やっとのことで頂上まで上ったアレクだったが、谷から出るとワイバーンが急降下してきて襲われるとカムラたちが報告した。しかも、谷の上は起伏が激しくてとても行軍できるとは思えない荒れ地であった。

「とりあえず、上からの進軍がないことが確認できただけでもよしとしましょう」

 アレクはそう結論づけ、階段を下りていこうとした。

「お待ちください、アレクサンダー様」

「どうしたのですか、カムラ特務大尉」

 カムラは申し訳なさそうな表情でアレクを見ていた。


 

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