061_初任務
「こちらがデーゼマン中佐が率いる小隊になります」
馬に乗った兵士が訓練場の中を疾走して槍や剣で打ち合っている。
また別の場所ではアースリザードに2人の兵士が乗っている。1人がアースリザードを操縦して1人が魔術筒を構えているのは、アレクとラクリスのそれに似ている。
訓練場の中は騎馬と騎獣の足音が鳴り響いていて、砂ぼこりがすごい。
「………」
訓練の風景を見ていたアレクの顔がどんどん曇っていく。
「どうかされましたか?」
「これはどのような意味の訓練ですか?」
「はい? ……基本的な騎乗訓練ですが?」
ベイリー少尉はアレクの質問の意図を測りかねたが、質問に答えた。
「カムラさ……カムラ、この訓練を見て感想を聞かせてほしい」
誰にも「さん」づけをしていたアレクだったが、軍人になってしまったのでカムラたちを「さん」づけで呼ぶことは禁止されている。
カムラたちはデーゼマン家の家臣であり、軍では部下になるのだから当然である。
「正直なところ、このような訓練では兵の練度を上げるのは難しいかと」
アレクは騎馬や騎獣の訓練に詳しいわけではないが、それでもデーゼマン家の訓練を何度も目にしていることから、目の前の訓練風景がまるで遊んでいるようにさえ見えた。
「聞き捨てならないですな!?」
不意に声がしたので、振りむくとそこに赤髪の大柄の女性が立っていた。
「特務大尉殿はこの訓練の何に不満があるのですか!?」
「マッタンホルン中尉殿!」
ベイリー少尉が呼んだ名で、アレクは自分の部下の名を思い出した。
セリーヌ・マッタンホルン中尉、アレクが指揮する機甲科魔術小隊の騎馬担当の副部隊長だ。
アレクの赤髪とは違ってくすんだ赤髪だが、女性にしてはかなり大柄な女性尉官である。
「私の部下がバカにされたんだ、いくら上官だからってただじゃおかないよ!」
「ほう、ただじゃなかったら、どうするんだ?」
カムラがマッタンホルン中尉を挑発するものだから、カムラの態度にマッタンホルン中尉はぎりっと歯を噛んだ。
「私と勝負しな! あんたが負けたら土下座して謝ってもらうからね」
「拙者が勝ったらどうしてくれるんだ?」
アレクはあまり大げさにしないでとカムラを見るが、カムラはやる気満々の顔でマッタンホルン中尉を煽っている。
「はん!? 私が負けたら裸でこの訓練場の中を走ってやるぜ!」
「ちょ、中尉、そのような」
「ベイリーは黙ってろ!」
マッタンホルン中尉の鼻息は荒く収まる気配がないので、アレクも仕方がないなといった感じである。
「デーゼマン中佐、お2人をお止めください。マッタンホルン中尉は騎馬のスキルを持っていますので、軍でも指折りの騎兵なんです」
「そうなんですね。カムラは騎馬関連のスキルを持っていないので、負けますかね?」
「ですから、お2人を止めてください」
アレクはあまり深刻に考えていないようである。それがベイリー少尉にはじれったい。
「まぁ、いいじゃないですか。やらせてみましょう」
「そ、そんな……」
アレクはにこやかにベイリー少尉に答えるが、ベイリー少尉はマッタンホルン中尉が勝って当たり前と思っていて、カムラが土下座させられる場面が目に浮かんでいた。
特務大尉でも上官は上官であり、そのカムラを土下座させてはこれから色々なことに差支えが出ることを懸念しているのだ。
「お、なんだなんだ?」
「マッタンホルン中尉殿が新任の上官と騎馬で勝負するそうだぞ」
「あのマッタンホルン中尉殿に挑むとは、頭は大丈夫か?」
「よし、俺はマッタンホルン中尉殿が勝つほうに1000リンクル賭けるぞ!」
「俺もマッタンホルン中尉殿に1000だ!」
「バーカ、皆マッタンホルン中尉殿に賭けるんだから、賭けになるかよ」
カムラとマッタンホルン中尉の騎馬勝負にやじ馬が集まり賭けが始まったが、兵士たちはマッタンホルン中尉に賭けるばかりで賭けが成立しない。
「それなら僕がカムラに賭けるよ」
そこにアレクが賭けを成立させるためにカムラに賭けた。
「え!? ちゅ、中佐殿……いいんですか?」
「はい、構いませんよ。そうですね、オウエンが胴元をしてくれますか」
「分かりました。おい、賭け金と名前と階級を言え」
懐から紙とペンを取り出して賭けの内容を記入していくオウエンと、賭け金を集めるソムン。
そして賭けの様子をにこやかに見ているアレクと頭を抱えているベイリー少尉がいた。
自分たちの騎馬戦が賭けの対象になっているのを見てカムラはニカッと笑った。
カムラのその笑みを見て自分がバカにされたと勘違いしたのが対戦相手のマッタンホルン中尉で、ギリギリと奥歯を噛んだ。
「ふむ、この馬を借りるぞ」
マッタンホルン中尉が馬なのでカムラも馬を借りて乗ることにしたが、なかなかカムラのお眼鏡にかなう馬がいなかった。その中で少しはまともな馬を見つけて借りる。
「馬の世話から教えなければいけないのか……?」
馬の手入れがなってないと嘆くカムラであった。
ソウテイ王国で馬は希少なことから、馬は騎士団へ優先的に供給される。だから、軍は基本的に歩兵が中心になっている。
そんな軍にあって機甲科部隊が編成されたのは、先の帝国軍との戦闘でデーゼマン家の魔獣部隊が非常に強力だと軍が認識したからだ。2人乗りにして、操縦者と魔術士が乗り込めば機動力を併せ持った強力な魔術部隊になると考えたのである。完全にアレクとラクリスがモデルになっている。
軍としてはアースリザードだけの騎獣部隊を編成したかったが、部隊の編成に対してアースリザードの確保が追いつかなかったため、騎馬と騎獣の混成部隊になった経緯がある。
また、アースリザードに金属の鎧を装着させることと、魔獣部隊では部隊名として不適切だということから、軍上層部の誰かが機甲科という兵科を創設したのである。
なぜ機甲科という兵科名が出てきたのかは明確にされていないが、軍務卿にも承認されて正式な部隊名が機甲科魔術隊になった。
小隊なのはまだ規模が小さいからであり、軍務卿など軍上層部の心づもりでは最低でも中隊規模にしたいと考えているようだ。
これまで騎馬隊がなかった軍部であったため馬に乗れる者はいるが、騎馬を実戦レベルで操ることができる者は少ない。
そんな軍部の中にあってマッタンホルン中尉は騎馬のスキルを持っていた数少ない人物だったため、今回の機甲科魔術小隊の副部隊長に任命されたのである。
カムラはマッタンホルン中尉と対峙した。
マッタンホルン中尉は2メートルほどの騎馬用の槍を持っているが、カムラは剣を持っている。
これだけ見てもマッタンホルン中尉が負けるわけがないと、賭け金が集まっていく。
お互いに刃は潰してあるが当たれば怪我をしてもおかしくないし、場合によっては命を落とすことだって考えられる。
「よーっし、ここは俺が審判をするぞ」
どこからか小柄な男性が現れて審判を買って出た。
その小柄の男性は紫色の髪の毛を無造作に伸ばしているが、軍が支給しているローブを纏っていることから魔術士だと思われる。
「ウォーレンか、今までどこにいたんだ!?」
「ちょっと昼寝をしていたんだよ。それなのにこの騒ぎだろ? 面白そうだから昼寝を切り上げたってわけだ」
ウォーレンという名もアレクの記憶にあった。
ウォーレン・アマナウ中尉、機甲科魔術小隊で魔術筒隊を束ねている人物だ。
ただ、このアマナウ中尉は不真面目なことでも有名で、真面目だったら今頃少佐くらいにはなっていたはずだとベイリー少尉が説明していた。
「おーい、そろそろ始めるぞ~」
アマナウ中尉が賭けを仕切っているオウエンに声をかけた。
「いいぞー」
オウエンが答えると、アマナウ中尉はカムラとマッタンホルン中尉の間に立った。
「お互いに正々堂々戦えよ。不正は許さねぇからな!」
実を言うとアマナウ中尉も賭けに参加している。賭けを成立させるためにこの2人には正々堂々と戦ってもらわねばならないのである。
「俺が手を振り下ろしたら、開始だ! いくぞ、3……2……1……始め!」
アマナウ中尉が手を振り下ろすと2人の戦いを見守れる位置に下がった。
それと同時にカムラとマッタンホルン中尉が馬の腹を蹴った。
2人は速度を上げていくと、お互いの目を見据えた。
「はっ! 宮廷魔術士の金魚のフンが威張ってるんじゃないよ!」
「その金魚のフンを倒してみろ!」
距離が縮まりマッタンホルン中尉が槍を、カムラが剣を構える。
先に動いたのはマッタンホルン中尉で、槍をカムラの胸にめがけて突き出した。
槍はカムラの胸に当たると思われたが、カムラの剣が槍を跳ね上げた。
「なっ!?」
そのまま交差と同時にカムラは剣をマッタンホルン中尉の胴に叩きこんだ。
「ぐっ!?」
槍を跳ね上げられて体勢を崩されたマッタンホルン中尉にはなす術がなく、カムラの剣を受けて落馬してしまった。
一瞬の静寂の後、声が上がった。この声はカムラの勝利に喜んだのではなく、賭けに負けた者たちの声である。
「くそー、俺は中尉に5000リンクルもかけたんだぞ!」
「バカ野郎! 俺なんか1万リンクルだ!」
「しばらく、酒が飲めないぜ……」
「くっそー、あの中尉がやられるなんてっ!?」
涙を流して賭けに負けたことを悔しがる兵士たちとは対照的な表情をしている者がいた……。
その人物は鼻の穴をぴくぴくさせて、だらしない顔をしている。
「っしゃーーーっ! 勝ったぞ!」
審判をしていたアマナウ中尉である。彼はカムラの勝ち名乗りをせずに勝った喜びに浸っていた。
「これで肉が食えるぜ!」
落馬して放心状態なのはマッタンホルン中尉だ。
まさか騎馬勝負で自分が負けるとは思っていなかったのだ。
「な……なぜだ……?」
そこにカムラがやってきて、馬の上からマッタンホルン中尉を見下ろした。
「中尉くらいの腕の者はデーゼマン家には掃いて捨てるほどいるぞ」
「なっ!?」
「あのような生ぬるい訓練では戦場で殺してくださいと言っているようなものだ」
「ぐっ……」
「拙者とてデーゼマン家の中ではそれほど騎馬に通じているわけではない」
「なっ……特務大尉ほどの御仁が……」
「なぁに、中尉には騎馬のスキルがあるのだ、訓練さえしっかりすれば拙者などすぐに超えていくだろう」
「た、大尉殿……」




