060_初任務
「デーゼマン中佐、以下5名、ただいま着任いたしました」
アレクとカムラたちは王都北駐屯地の司令官であるホルス・ブスカス少将の執務室に入ると敬礼をして、アレクが代表して挨拶をした。
「デーゼマン君か。楽にしたまえ」
アレクたちは休めの姿勢をとった。
平民出身で騎士団や軍とはほど遠い世界で生きてきたアレクにとって、こういった堅苦しいことは苦手以外のなにものでもない。
「随分と若いようだね、年はいくつかね?」
ブスカス少将の手元にはアレクについて書かれた資料があるので、当然年齢を知っている。
それでもアレクとのコミュニケーションをとるためにあえて聞くことにしたのだ。
「はい、今年で15歳になりました」
「ふむ、成人したばかりだね。その若さで戦場で実績があり、宮廷魔術士の称号を授けられたのは異例だと思う。色々妬みややっかみもあるだろうが、がんばってくれたまえ」
「ありがとうございます」
宮廷魔術士は魔術士の憧れの称号であるため、15歳の若さで宮廷魔術士になったアレクを妬む者は多い。
宮廷魔術士には2つの意味があって、1つは職業として王国お抱えの魔術士であること、2つ目は称号として宮廷魔術士であることだ。
職業としての宮廷魔術士は王国軍に所属していて軍の階級があるのに対して、称号としての宮廷魔術士は魔術士として最高の名誉を与えられたという意味である。
軍の階級は下から、二等兵、一等兵、兵長、曹長、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将、上級大将がある。
魔術士は数が少なく希少なので任官時点で幹部候補として、平民出身者は兵長もしくは曹長から、下級貴族であれば少尉から、中級貴族以上の場合は少尉から始まるが1カ月後には中尉に昇進する制度が軍部にはある。
ただし、魔術士や貴族として考慮されるのはそこまでで、それ以降は能力や功績によって昇進することになると一般的には言われている。
「さて、デーゼマン中佐。君は軍人としても、この駐屯地でも新人だ。それでも、君はこの駐屯地では三番目に階級が高い」
ブスカス少将はにこやかな表情で喋っているが、その視線は鋭い。
元は平民のアレクが国王から宮廷魔術士の称号を贈られたからといって、いきなり中佐として部隊を預けられることが気に入らないのかもしれない。
とはいえ、それはアレクの望んだことではないので、そんなことで妬まれても困ってしまう。
「この駐屯地には参謀官としてカーマス大佐がいるが、今日は非番なので明日紹介するとしよう」
「よろしくお願いします」
「君には小隊を預けることになるのは聞いていると思う。そこで、彼女を紹介しよう」
すると、今までブスカス少将の机の右に控えていた、20歳ほどの女性が一歩前に出た。
「彼女はベイリー少尉だ、君の副官になる」
「ベイリー少尉であります。デーゼマン中佐の副官を拝命いたしました」
青色の髪の毛を短く刈り揃えて透き通るような水色の瞳が特徴の気難しそうな彼女は、綺麗な敬礼をアレクに向けた。
ベイリー少尉は自己紹介で家名を名乗っていないので、平民階級なのがアレクたちには分かった。
十四等民以下の平民には家名がなく名乗ってもいけない。そのことからベイリーが十四等民以下の平民だとあるていど分かるのだ。
十三等勲民から十一等勲民も身分的には平民だが、役人だったり高い税を払っている商人だったりすることで家名を名乗ることが許されている。
デーゼマン家はカーシャの祖父の代から十三等勲民で家名を名乗っているため、フォレストも生まれた時から家名を名乗ることが許されていた。
軍には多くの女性が在籍しているが、基本的には男性社会である。
魔術士であっても平民の女性がこの若さで少尉になっているのは珍しく、そのことからもベイリー少尉の能力の高さが窺い知れるというものである。
「後は少尉から話を聞きたまえ。ご苦労だった。皆、下がってよいぞ」
「は、失礼いたします」
ブスカス少将はベイリー少尉に説明を丸投げすると、アレクたちを下がらせた。
ベイリー少尉は司令官の執務室を出たアレクの前で再び綺麗な敬礼をした。
「これよりデーゼマン中佐の執務室にご案内いたします」
「よろしくお願いします」
「こちらへ」
ベイリー少尉が歩き出すと、アレクたちもベイリー少尉に続いて歩き出した。
石床を踏む靴の硬質な音が人数分鳴っているだけの静かな廊下である。
アレクは訓練の声などがもっとするものだと思っていた。
「最近、窓のガラスを入れたのです。おかげで外の物音がかなり聞こえなくなりました」
アレクが外に視線を向けているのに気づいたベイリー少尉が、窓に嵌っているガラスのことを気にしているのだと思いこんだ。
「デーゼマン中佐のご実家のガラスでございます」
「あ、うん。そうだね」
窓ガラスを見ていたわけではないし自分が作ったガラスなのはすぐに分かったが、まさか軍の施設にまでガラスの窓が採用されているとは思ってもいなかったのだ。
「こちらです」
ベイリー少尉は扉を開けてアレクたちを部屋の中へ誘った。
窓のそばの一番明るい場所に設置された机にアレクが座ると、カムラがアレクの左後ろ、ラクリスが右後ろに立った。
ベイリー少尉、オウエン、ゲーデス、ソムンはアレクと向き合って机越しに立つと、アレク以外とベイリー少尉がそれぞれに自己紹介をして、本題に入った。
「この後、デーゼマン中佐が指揮されます機甲科魔術小隊をご紹介いたします」
アレクが指揮する部隊は機動性に特化しての魔術筒の運用が考えられている部隊だと聞いていたので、『機甲科魔術小隊』に違和感はない。
機甲科というのは機動力を意味している。機動力と魔術筒の運用を融合させた部隊が『機甲科魔術小隊』なのだ。
機動力というと騎馬隊を思い浮かべるが、この機甲科魔術小隊は騎獣の運用を考えたものになっているので、新しく『機甲科』という言葉ができたのである。
「現在は騎馬が20騎、騎獣が5騎となっています。騎獣は2人乗りになっていますので、部隊の人員は30名です」
ベイリー少尉はデーゼマン家で採用している騎獣部隊を参考にしたと説明を続けたが、騎獣の運用を考えた部隊で『機甲科』になったのに、騎馬のほうが多いのは騎獣の供給が追いついていないからである。
「部隊の内容は理解しました。ありがとうございます」
「デーゼマン中佐は上官になりますので、そのように丁寧な言葉遣いは必要ありません」
「あ……これは口癖なので、あまり気にしないでください」
「デーゼマン中佐がそう仰るのであればこれ以上は言いませんが、部下たちから舐められることもあるかと思いますので、お気をつけください」
軍は階級社会だが、兵士たちが全て階級に従うかというとそういうわけではない。
だからベイリー少尉は部下に舐められることのないようにアレクに苦言を呈したのだ。
その後もベイリー少尉の説明は続き、この執務室の周囲にはオウエンたち従者の部屋もあって、アレク専用の別室もあった。
至れり尽くせりと思うかもしれないが、不測の事態が発生すると幹部はこの王都北駐屯地に詰めて過ごすことになるため、ひと通りの設備を備えているのである。




