058_軍属
開始の合図とともにバンガラムは地面を蹴った。
魔術士に時間を与えるのは詠唱の時間を与えることになるため、とにかく近づくのがセオリーなのだ。
しかし、アレクもそんなことは分かっているので、魔術筒をバンガラムに向けて放った。
「なめるな!」
魔法陣から放たれたファイアジャベリンだったが、バンガラムの大盾に弾かれてしまった。
これはバンガラムが魔術対策用の大盾を装備しているからできることで、通常の大盾ではここまで簡単に魔術を弾くことはできなかっただろう。
魔術対策を施された大盾はかなり値が張るので、バンガラムというよりはアーマネス・ブラガン、そしてその後ろにいるブラガン六等勲民が用意したものなのは間違いない。
魔術対策がされている大盾は違反でもなんでもないのである。
しかし、ファイアジャベリンを弾くときに若干速度が落ちて、アレクへ到着する時間が遅れたのをバンガラムは内心舌打ちした。
「死ねやっ!」
決闘は殺し合いではないのでこの言葉は不適切だが、このていどのことはよくあることである。
バンガラムはアレクに接近して巨大な剣を突き出した。
「っ!?」
しかし、その巨大な剣はアレクに届くことはなかった。
アレクの前に魔法陣が発生し、次の瞬間には高く大きく、そして分厚い岩の壁が現れたのだ。
バンガラムは目の前に現れた岩の壁への激突を避けるために止まろうと踏ん張ったが、重装備の熊獣人が急に止まれるわけもなく巨大な剣は岩の壁に突き刺さってしまった。
「ち、詠唱をしてやがったか!?」
バンガラムはアレクが詠唱をしていたと判断したが、アレクは詠唱破棄ができる。
ただ頑丈な壁を造るだけなら、杖を持たずに詠唱破棄ができるくらいの練度はあるのだ。
伊達に治水を1人で短期間で完遂したわけではないのである。
詠唱破棄ができることを知っている者は多くないため、ブラガン六等勲民の情報網にも引っかからなかったのだろう。バンガラムはアレクが詠唱するものだと思い込んでいたのだ。
これはバンガラムとブラガン六等勲民のどちらが悪いわけではなく、まだ若く宮廷魔術士でもないアレクが詠唱破棄できるとは誰も思わなかったのだ。
岩の壁によってバンガラムの剣を防いだアレクは急いで後退して距離を取った。
バンガラムは岩の壁に食い込んだ剣を力任せに引き抜いて岩を迂回するが、すでにアレクはバンガラムから距離を取った後である。
「ち、魔術筒の攻撃を牽制にして魔術の詠唱をしていたとは、やるじゃねぇか」
「………」
アレクは再び魔術筒を構えた。すでに次弾の装弾は済ませていて、いつでも撃つことができる状態にある。
「魔術筒と魔術のコンボか、面倒だな」
バンガラムは再びアレクに向かって距離を詰める。
しかし、急に浮遊感を感じて地面を見たら、そこにあるはずの地面がなかった。
「くっ!? 落とし穴か!?」
バンガラムはアレクの設置した落とし穴に真っ逆さまに落下したのだ。
今のアレクにとって深さ10メートルの落とし穴を一瞬で造るくらい造作もないことである。
壁でアレクのことが見えなかったバンガラムがそれに気づかないのも無理はない。
重装備のバンガラムが10メートルもの深さがある落とし穴に落ちたらどうなるかというと、意外と無事であった。
さすがは熊の獣人というべきか、多少のダメージは負ったが致命傷になるものではない。
「こんな落とし穴!」
バンガラムは立ち上がると、巨大な剣と大盾を投げ捨てて落とし穴の壁をよじ登ろうとする。
しかし、それを許すアレクではなかった。
落とし穴の壁から巨大な棘が飛び出してバンガラムに当たるが、幸いなことに頑丈な鎧を着こんでいたので串刺しにはならずに済んだ。
その代わり、バンガラムは棘に弾き飛ばされ逆側の壁に叩きつけられた。
「ぐは。……やるじゃねぇか」
「貴方はその落とし穴から出ることはできません。降伏してください」
「ふん、父親同様甘い奴だ。チャンスがあったら躊躇わずに殺せ。さもなくば、お前に勝ちはない!」
「………」
アレクは落とし穴を覗き込みながら、どうしようかと考えた。
その時であった。アレクはわずかに感じた魔力の高まりに反応して横に飛んだ。
すると、アレクのローブが何かに切り裂かれ、アレクの左腕に衝撃を与えたのだ。
いきなりアレクが横に飛んで、腕を切られたことを見ていた観客の中に違和感を感じたものがいたが、審判員は試合を続行している。
幸い、アレクはドラゴンの革鎧を着こんでいたため、衝撃を受けただけで傷は負っていない。
「誰ですか?」
おそらく今の攻撃は風魔術であろう。風魔術は見えないことが多いのだ。
アレクは風魔術が放たれた場所を探した。
しかし、誰が風魔術を放ったのかはさすがに分からない。
アレクは少し混乱したが、ここはバンガラムを先に行動不能にしようと考えた。
魔術筒をトレントの杖に持ち替え、アレクは落とし穴の上空に人の頭ほどの大きさの石を数千、数万、もしくは数十万個創り出した。
その石たちは容赦なく落とし穴の中に降り注いだ。
「ぐあぁぁぁっ!?」
落とし穴の中からバンガラムの悲鳴が聞こえてくるが、ここで手を緩めるわけにはいかない。
それよりも、見えない攻撃を警戒しながら石を降らせるのが意外と難しいことをアレクは感じていた。
意識を集中する先が2つになっただけで、魔術を維持する難易度が跳ね上がったのだ。
その時、再び魔力の高まりを感じたアレクは横に大きく飛んでそれを避けた。
警戒していたおかげで今度は当たることはなかったが、これはきついとさすがのアレクも舌打ちしそうになる。
「おい、おかしいぞ! バンガラムの奴は落とし穴の中にいて石の雨を受けているのに、誰が風魔術を発動したんだ!?」
一部の観客が風魔術でアレクを攻撃した者の存在を指摘したことで、観客席は騒然となった。
「こ、今回の決闘を一時中止します。攻撃を中止してください」
それを見た審判員が決闘の一時中止を宣言した。
この時にはすでに落とし穴は大量の石によって埋まっており、どう考えても中止するよりはアレクの勝利を宣言するほうが妥当であると観客には見えた。
だから決闘を一時中止というのは明らかにおかしな話であり、観客席の喧噪はさらに大きくなってしまった。
アレクは審判員の要請によって石を振らせるのを中止したが、そこにまた風の魔術が放たれアレクは横に飛んだ。
「おい、審判員! お前の目は節穴か! バンガラム以外の誰かがデーゼマンを狙っているのは明らかだろ!」
「そうだ、決闘に水を差す行いを許す審判員とは、貴様、ブラガンから金でももらっているのか!」
「審判員はしっかりとジャッジしろ!」
観客の怒りは審判員にも及んだ。
「こ、この決闘は没収とする!」
明らかにアレクがバンガラムを戦闘不能にしているのに、審判員はこの決闘をうやむやにして終わらせるようだ。
日頃デーゼマンをよく思っていない貴族でも、神聖な決闘をここまで穢すような行いをする者と審判員に殺意を覚えた。
貴族や騎士にとって決闘がどれほど重要なものであるのか、貴族であるはずの審判員は分かっていなかったのである。
貴族の中にも文官の家系は決闘を軽視することがあるが、彼もまたその類なのだ。
そこに怒声とも取れる大声が放たれた。
「静まれ! 陛下のご前である! 皆の者、静まるのだ!」
宰相の声である。
その声で観客席に国王がいたことを観客たちが認識して、国王に頭を下げた。
それはアレクや審判員も一緒で、地面に膝をつき頭を下げる。
この闘技場は騎士団用のものであるため城の敷地内にあるが、まさかこのような場所に国王がいるとは誰も思ってなかったのだ。
「この決闘、余の目にはアレクサンダーの圧倒的勝利に見えた。審判は何ゆえ没収にしたか答えよ」
国王のこの問いに審判員がガタガタと震え出した。
「陛下のご質問に答えぬか!」
宰相が審判員に催促すると、審判員は震える声で答えた。
「け、決闘の当事者以外の攻撃がありました……。そ、それゆえ、ぼ、没収といたしましてございます……」
「その攻撃をしていた者は捕縛したぞ!」
そこに現れたのは第三騎士団のオイエン・ブリッグス団長であった。
オイエンはローブ姿の魔術士を肩に担いでいて、その魔術士を審判員の前に放り投げた。
「アレクサンダー・デーゼマンを狙っていた魔術士だ。決闘に水を差した報いはきっちりとうけさせる! が、その前にこの魔術士がなぜアレクサンダー・デーゼマンを狙ったのか、どんなことがあっても吐かせてやる!」
「ひぃぃぃっ!」
審判員はオイエンの迫力に尻もちをついた。
「オイエン、ご苦労であった。その魔術士のことはその方に任すぞ」
「はっ!」
「さて、審判よ。その魔術士からの攻撃を避けながらもアレクサンダーはバンガラムを身動きできぬ状態にしたが、これを没収にするのか?」
審判員は今度は土下座をし出した。
「い、いいえ……こ、この決闘は……あ、アレクサンダー・デーゼマンの……勝利でございます」
「うむ、皆の者、思わぬ邪魔が入ったが、アレクサンダーの勝利に異存はないか?」
正論を語る国王の言葉に誰が異を唱えられる者がいるだろうか? いるわけがないのだ。
決闘の当事者であるアーマネス・ブラガンやその父親であるブラガン六等勲民も頭を下げたまま反論することはない。
頭を下げているので表情は読み取れないが、冷や汗が止まらないだろう。
「アレクサンダーよ、見事な決闘であった。近こう寄るがよい」
「は、はい……」
アレクは観客席ぎりぎりまで進み出た。
「アレクサンダーよ、その方、詠唱をしておらなんだな?」
「……は、はい」
「詠唱破棄は宮廷魔術士でもできる者はほんのひと握りだ。それをその若さで成し遂げるとは、あっぱれである!」
「ありがとうございます」
できれば詠唱破棄はしたくなかったが、さすがにそこまでの余裕はなかったことを思い出して、アレクの額から汗が地面にしたたり落ちる。
「また、バンガラムをまったく寄せつけることのない圧倒的な勝利、見事であった。褒めてつかわす」
「あ、ありがとうございます」
「アレクサンダーには宮廷魔術士の称号を与える」
「え? ……あ、ありがたき幸せ!」
「軍務大臣!」
「ここに」
国王に呼ばれ軍務大臣がすーっと前に進み出た。
「あの件、アレクサンダーであれば、問題なかろう?」
「某も陛下と同じ考えでございます」
あの件が何か、アレクにはまったく分からない。
それどころか、この場にいる貴族のほとんども知らないことだ。
「アレクサンダーに機甲科部隊の指揮を任せる。軍務大臣、あとのことは任せたぞ」
「は、承知いたしました」
アレクの意見を聞くことなく、国王はアレクに聞きなれない『機甲科部隊』の指揮を任せると発言した。
軍務大臣が呼ばれたことで軍の部隊なのは分かるが、その内容を理解している者はこの施設の中にほんのわずかしかいない。
「アレクサンダーよ、今後の活躍に期待しておるぞ」
「はい……」
アレクは状況が把握できていなかった。
宮廷魔術士の称号は魔術士であれば、誰でも憧れるものだ。それを授けられたことは理解できたし嬉しいことだ。
しかし、その後の展開に理解が追いついていなかったのだ。
「フォレスト・デーゼマン」
「ここに」
軍務大臣の後ろにフォレストが現れた。
「よき息子を持ったな」
「ありがたきお言葉」
国王とフォレストの会話も今のアレクの耳には入ってこなかった。
国王の姿が競技場からなくなると、闘技場は喧噪に包まれた。
貴族たちの話題はアレクを襲った魔術士を雇ったのは誰か、アレクが詠唱破棄をしていた、デーゼマン家が塩の権利を得てまた財力をつけるなど色々であったが、国王から与えられた機甲科部隊が何かということが一番の話題になったのは言うまでもないだろう。
いずれにしろ、このように神聖な決闘を穢した者たちを貴族たちは擁護するつもりはない。
デーゼマンが嫌いでも、私腹を肥やす貴族が多くても、ほとんどの貴族は決闘を神聖視している。アレクの戦いに賛辞を口にすることはなくてもその戦い振りは認めたのであった。




