055_軍属
一通り見て回ったアレクは客もいるので、邪魔にならないように店を出ようとした。
すでに数十分は居座っているので、とっくに邪魔者であるが、それは置いておく。
「おい、貴様」
不意に声がかけられ、振り向くと先ほどの貴族がいた。
「貴様、下級貴族であろう。なぜ私に挨拶をしない」
「……?」
アレクは何を言われているか理解ができなかった。
「あの……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
「貴様のような下賤の者に会ったことなどない!」
知り合いでもない人物に挨拶しなければならないとは聞いたことがない。
ここでやっとアレクはいちゃもんをつけられているのだと理解ができた。
「下賤な貴様が私に挨拶もせぬのが気に入らぬ!」
店員はどうすればいいのか、おろおろするばかりで、誰かが間に入ることもなさそうだ。
「それは失礼をしました。僕はアレクサンダー・デーゼマンと申します。宜しければお名前をお聞かせいただけないでしょうか」
「ふん。私はブラガン六等勲民家のアーマネスである!」
アーマネスはこれでもかと胸を張り、自分の家柄をひけらかす。
「気づかぬこととはいえ、失礼しました。アーマネス様」
「ふん、これだから下賤の者は礼儀知らずと言われるのだ」
「申し訳ありません」
アレクの護衛をしているカムラとオウエンは怒りを堪えるので必死である。
「む、貴様、なかなかよさそうな杖を持っているではないか。それを私によこせ」
「はい?」
「貴様のような下賤の者には似つかわしくない杖だ。私が有効に使ってやる」
これにはカムラとオウエンが剣に手をかけようとしたが、アレクはそれを抑えた。
「失礼ながら、人の物を欲しがるのは卑しい行為ですよ」
「な!? 貴様! 私を卑しいというか!?」
アーマネスは我慢することなく剣を抜き、その後ろに控えてにやにやしていた護衛の3人も剣を抜いた。
「お、お客様、店内で―――」
さすがに店員が注意しようとしたが、アーマネスたちはその声を遮った。
「うるさい!」
アレクは面倒な人に出会ってしまったと頬をかく。
そこに店のドアが開き客が入ってきた。
「なんですの、これは?」
アレクたちに剣を向けるアーマネスたちの姿は異様である。
「あら、アレクサンダー様?」
自分の名前を呼ばれたアレクが振り向くと、そこにはラーレがたたずんでいた。
「ラーレ様!?」
アレクがラーレの名前を呼ぶ前にアーマネスが叫んだ。
どうやらアーマネスはラーレと顔見知りのようだ。
「ん? えーっと……」
しかし、ラーレはアーマネスを見ても誰か分からない様子である。
「アーマネスです! アーマネス・ブラガンです!」
「申し訳ありません。覚えていません」
アーマネスはずっこけた。
「貴方にこれほど恋焦がれているアーマネスのことをお忘れですか!?」
「先ほども申しましたが、貴方のことは覚えていません。それよりもこれはどういうことですか?」
自分のことを覚えていないと明言されたアーマネスは、自分が剣を握っているのを思い出した。
「礼儀もしらぬ、下賤の者を躾ていたところです」
「………」
ラーレの表情が明らかに曇っていく。
「……貴方はこのようなところで剣を抜く暴挙を振るうだけではなく、私の婚約者であるアレクサンダー様に剣を向けているのが分かっておいでなのですか? ……ただで済むとは思っていませんよね?」
アレクを見て温和な雰囲気だったラーレだったが、その雰囲気は刺々しいものに変わり、さらに殺気へと変貌を遂げるのにさして時間はかからなかった。
「アレクサンダー様に仇なす者は私の敵です。私がお相手しましょう!」
明るい青色の髪の毛が逆立っているのではと錯覚するほどの怒気が感じられる。
今日のラーレはアレクと最初に会った頃の鎧姿である。当然、その腰には立派な細剣が……アレクが結納の品として贈った細剣があった。
「え? いや……私は……」
「問答無用!」
「ラーレ様!」
ラーレが細剣に手をかけようとしたところで、アレクがラーレを止めた。
「この方は世間を知らないのです。ですから、まともに相手をするのは狭量というものですよ」
「アレクサンダー様はなんて広い心をお持ちなのでしょう! 分かりました、あの者の罪は問わぬことにします」
「ありがとうございます。そういえば、ラーレ様はこの店に何か用があったのでは?」
すでに二人の眼中にはアーマネスの姿はない。
「そうでした! 私はお舅様との手合わせ用の細剣を見にきたのです」
「ん? その細剣がありますが?」
「これはアレクサンダー様が私に贈ってくださった細剣です。なんだか使うのがもったいなくて……」
ラーレは恋する乙女よろしくもじもじする。
甘い雰囲気が漂う。
「ふざけるなっ! 貴様に決闘を申し込む!」
「「………」」
お邪魔虫が2人の甘い雰囲気をぶち壊した。
▽▽▽
「ふー」
城から帰ってきたアレクはひと息ついた。
「ご苦労様です」
ラクリスがお茶を淹れながらアレクを労う。
「アレク、決闘の場所とアーマネス・ブラガンの代理人の名は分かったのか?」
アーマネスに決闘を申し込まれたアレクは、城で決闘の手続きをしてきたのだ。
決闘は国へ申告して、受理されなければならない。
魔術士に決闘を申し込むのは恥とされているので、アレクはそこまで深刻に考えていなかったが、アーマネスは騎士ではないので、そこまで問題視されずに受理されてしまったのだ。
これは貴族同士の決闘であって、魔術士や騎士は関係ないということになっているのだ。
であるのに、アレクは騎士号が贈られているという理由で代理人を立てることが許されなかったのである。
しかも、決闘でアーマネスが勝った場合、ラーレとの婚約を解消するという条件が提示されていた。
これに対して、当然だがアレクとフォレストは憤慨した。
アーマネスだけではなく、決闘の結果によって婚約を解消するという条件を受けつけた国に対しても、その怒りは向いたのだ。
それについて異議を国に申し立てたが、この申し入れは受理されなかった。
今回、国がこの決闘を受け入れた背景には、ブラガン六等勲民家の本家が絡んでいる。
ブラガン六等勲民家の本家は総務族のブラガン三等勲民家である。
その本家から圧力がかかり、こんな無茶な決闘条件が受けつけられたのである。
そのことに思い至ったアレクとフォレストも、それならばと圧力をかけることにした。
一度受け入れられて公開されている条件を撤回させることはできなかったが、それならばと別の条件を出して受け入れさせた。
それはブラガン六等勲民家が持っている塩の販売権だった。
アレクとフォレストは軍務大臣と宰相の後押しを得て、アレクが勝った時には塩の販売権を無償譲渡させるという条件にすることを受理させたのだ。
▽▽▽
デムセマラ・ガウバスの裁判が行われて、アレクは家で待っていたがフォレストが裁判に証人として出席した。
「であることであって、デムセマラ・ガウバスは無実でございます。裁判長」
ガウバス家は当然のように無実を主張した。
「検察官、何かあるかね?」
ガウバス家の裁判長が検察官に水を向けた。
「はい、こちらの証拠を提出いたします」
検察官は山のような書類を提出した。
それらの書類にはデムセマラ・ガウバスが関わっていると思われる横領事件だけではなく、傷害事件などが事細かく記載されていた。
「デムセマラ・ガウバスは今回のクリスティーナ・ゼンバーへの脅迫、暴行未遂だけではなく多くの余罪がありました。もちろん、今回の騒動の原因となりました横領に関しても主犯格であり、すでに関係する兵士や商人などを捕縛しております」
検察官が朗々と書類の内容を読み上げる。
「―――以上のことから、デムセマラ・ガウバスに死罪を求刑いたします。また、その罪を隠匿し、さらにはデーゼマン十一等勲民を襲撃したガウバス五等勲民へ十二年の投獄、罰金、降格を求刑いたします」
検察官の求刑を聞いた傍聴席からざわめきが起こったが、裁判長が「静粛に」と一喝すると収まった。
裁判官は三人おり、その三人の裁判官は検察が提出した書類を回し読みした。
「弁護人、何かあるかね?」
「特にありません」
「なっ!? 俺は何も悪いことはしていない! おい、なんとかしろよ!」
「被告人は静粛に!」
「ふざけるな! 俺は―――」
デムセマラ・ガウバスが暴れ出したため、裁判長はデムセマラ・ガウバスに退廷を申し渡した。
兄であり、ガウバス五等勲民家当主のアセマナス・ガウバスは項垂れているだけで、反論しようともしない。
これは隠居した父親がまだ実権を握っていて、アセマナス本人は気が弱く父親の傀儡にすぎないからだ。
「判決を言い渡す。被告人デムセマラ・ガウバスを斬首の刑に処す。また、ガウバス五等勲民家は七等勲民家に降格し、デーゼマン九等勲民家に5億リンクル、クリスティーナ・ゼンバーへ2億リンクルの賠償を命じる。尚、この賠償が2カ月以内に行われなかった場合、ガウバス五等勲民家の貴族位を剥奪するものである。その上で、当主アセマナス・ガウバスを隠居させ10年の禁固刑を命じる」
本日一番のざわめきが起こったが、それも裁判長の一喝で収まった。
これは裁判だが、裁判の前段階でデムセマラ・ガウバスとガウバス五等勲民が有罪になることは決定していた。
裁判には膨大な資料が提出されるが、その資料を裁判の場でじっくり読むことはできないため、事前に三人の裁判官が有罪無罪の判断をするのである。
だが、もし被告人側の無実の証拠が裁判で提出されることがあれば、判決は違ったものになったり延期されることになる。
尚、クリスがこの場にいないのはゼンバー家が十三等勲民家だからである。
十三等勲民家は準貴族扱いだが、貴族ではない。だから、この法廷に出廷することも傍聴することも許されていないのだ。
何はともあれ、一連の横領事件に終止符が打たれたのである。




