054_軍属
「これはこれは、デーゼマン殿、アレクサンダー殿、よくいらしてくれた!」
「オイゲンス様、ご無沙汰しております」
オイゲンス五等勲民家を訪れたフォレストとアレクを、当主のステイラムが歓待してくれる。
その横にはドレスを着たラーレとその母親であろう40代の女性がいる。
「これは我が妻で、ラーレの母です」
「キルセイです。こんなおてんばのラーレを引き受けてくださって、本当にありがとうございます」
ステイラムに紹介された妻のキルセイが、人好きのする笑顔で挨拶をした。
このキルセイは当主ステイラム・オイゲンスの正室で、ラーレの他に娘を1人生んでいる。
ステイラムには他に2人の側室がいて、それぞれが2人ずつ娘を生んでいるため6人の娘がいる。
残念ながら男子には恵まれなかったため、すでに他家に嫁にいったキルセイが生んだ長女の息子(ステイラムにとっては孫)を養嗣子としてもらう話が進んでいる。
「お、お母さま……」
「貴方がおてんばなのは、本当のことでしょ? アレクサンダー殿がいるからって猫を被ってもダメですよ」
ラーレのおてんばにかなり苦労させられたせいか、母親の言葉は辛らつである。
「これ、お客人の前だぞ」
「あら、これは失礼しました。おほほほ」
なんとも憎めないご婦人である。しかし、それほどに嬉しいのだろう。
結納の儀はつつがなく進んだ。
「これほどの剣を……」
「これは素晴らしい剣です……」
オイゲンス父娘はマーロ合金製の細剣を見て目を丸くした。
キルセイは剣のことは分からないので、結納の品である数々のガラス製品と山積みにされた銀の延べ棒に目を白黒させている。
ラーレは五女であり、これまで四人の娘を嫁に出してきたステイラムでも、これほどの結納の品々は見たことがない。
それだけでデーゼマン家の財力が窺い知れるというものである。
後日談であるが、この結納の品々の素晴らしさが貴族の間で噂になった。
取り立ててオイゲンス家が噂や情報を流したわけではなく、結納の品々はラーレの婚約祝いにきた貴族たちにも披露されるからである。
上級貴族でさえ用意するのが難しい結納の品々を披露された貴族たちは、他の貴族にそのことを話すのである。
「アレクサンダー様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、ラクリス」
結納の日から数日が経ったある日、フォレストは登城しているが、アレクは久しぶりにゆっくりとできた。
この数日、婚約の祝いが毎日届けられ、その対応に追われていたのである。
「結納でこれだから、結婚したらどんな騒ぎになるのかな……」
アレクの顔は明らかに辟易している。
ラクリスの淹れてくれたお茶を飲み心を休めるが、そこにフォレストが帰ってきた。
「アレク、結婚の日取りが決まったぞ」
アレクは城から帰ってきたフォレストの唐突な言葉に驚いた。
「城にいっていたんじゃないの?」
「城にいっていたぞ。宰相と会ってから、軍部でオイゲンス様と会ってきたのだ」
オイゲンス五等勲民は王国軍統括幕僚の職に就いていることから、もっぱら城内でデスクワークばかりしている。
軍部は軍務大臣がトップにいて、その下に三役と言われる副大臣と統括参謀長、そして王国軍統括幕僚がいる。オイゲンスは軍の幹部中の幹部である。
尚、4つある王国騎士団は中途半端に宰相と軍務大臣の両者に指揮権がある。
これが今のソウテイ王国の実情でもあるが、軍務大臣は権力だけではなく大きな戦力も持っているのだ。
だから、国王は信用できる人物に軍務大臣を任せるのだ。軍人として無能であっても国王が信用できる者が軍務大臣になる。
話は逸れたが、王国軍統括幕僚であるオイゲンス五等勲民は、城にいることが多いのだ。
「今年の12月だ」
一般的に貴族は婚約から結婚までは半年から1年空けることが多い。だから、今年の12月は少し早いが順当と言えば順当な日程である。
翌日、ラーレがアレクを訪ねてきた。
「今日はどうされたのですか?」
アレクがラーレの相手をする。
「あの……その……」
最初に会った時のラーレの印象は勝ち気な性格だと思ったが、最近では打って変わってもじもじと恥じらう姿が可愛い少女である。
今日もラーレは恥ずかしそうに何かを躊躇している。
「あの……」
「はい」
「で……」
「ん?」
「デーゼマン様と……その……」
「はぁ?」
「お手合わせをお願いできないかと……」
「え? ……またですか?」
思えば、ラーレと手合わせをして、ラーレを生き埋めにしてしまったのが始まりである。
「いえ、あの……義父様に……鉄壁デーゼマン様に……」
アレクはぽんと手を打った。
自分ではなく、父のフォレストと手合わせがしたいんだと、腑に落ちたのだ。
「えーっと、父さんに聞いてみるよ」
「あ、ありがとうございます」
ラーレはとてもよい笑顔で頭を下げた。
「ただ、父さんは今城にいっているので、父さんに聞いたら連絡します」
「よろしくお願いします!」
ラーレはそれだけ言うと帰っていった。
アレクはラクリスの淹れたお茶を飲みながら、先ほどまでラーレが座っていたソファーに目をやる。
「アレクサンダー様……」
「なんだい?」
「あの方は本当にアレクサンダー様と結婚したいのでしょうか?」
アレクはティーカップを下ろして、ラクリスを見る。
「藪から棒になんだい?」
「だって、あの方はアレクサンダー様の婚約者ですよね?」
「そうだけど」
「だったらアレクサンダー様とお喋りをされたり……アレクサンダー様と一緒にいたいと思うものではないですか。でも、あの方は……」
ラーレは剣のことばかりで、アレクのことを考えていると思えない。ラクリスはそう言おうとしたのだ。
しかし、アレクの悲し気な目を見て言葉を飲み込んだ。
「ラクリス。人はそれぞれ考え方が違ってあたりまえだと、僕は思うんだ。だからその人の考えが理解できないからといって、その人を否定するようなことは……僕はしたくないんだ」
「出過ぎました。申し訳ありません」
ラクリスは頭を下げて自分を恥じた。
「いいんだよ。ラクリスは僕のことを思って言ってくれたんだもんね」
その夜、フォレストにラーレのことを話すと、フォレストは快く引き受けてくれた。
翌日、ラーレにフォレストの都合のよい日程を連絡した。
「さて、僕は鍛冶屋でも回ってこようかな」
前回王都にきた時は回れなかったが、今回は少し時間ができたので鍛冶屋を見て回ることにした。
アレクは土魔術で鍛冶と同じことができることから、参考にしようと考えた。
馬車は使わず、歩いていく。お供はいつものセンジ・カムラとサガン・オウエンである。
2人とも革と金属の鎧を身にまとい、カムラは刀と呼ばれる少し反りのある片刃の剣を腰に佩いている。
カムラが使う刀は斬ることに特化した剣である。
オウエンの剣は細剣で、魔術剣士であるオウエンは細剣に風魔術をまとわせて戦う。
共に、戦士として才能があり、デーゼマン家臣団の中でも上位に入る腕をしているので、アレクの護衛として非常に心強い。
「へー、この槍の形は珍しいね」
槍先が十字になっているのは、十文字槍と言われる槍である。
「お客さん、それは十文字槍ですよ」
十文字槍をしげしげと見ていたアレクに店員が説明してくれた。
「十文字槍……たしかに十字になっているね」
「対人戦でも使えますが、それは馬や騎獣の足に攻撃するための槍です。その十字でひっかけたりするんですよ」
「なるほど。勉強になります」
店員は展示されている武器についてアレクに説明していった。
アレクはその度に武器の用途に感心する。店員にしてみれば、説明しがいのある客であるが、そのていどのことも知らない面倒くさい客でもある。
モッタの鍛冶工房はオーダーメイドの剣類しか造らないので、王都の鍛冶屋は珍しい武器があってアレクには新鮮なのだ。
あるていど見て回ったころ、別の客がきたため店員はアレクから離れていく。
見ると、来店した客は無駄に派手な装飾があしらわれた服を着ている貴族だった。
アレクはその貴族に近づかないように、今度は防具を見ていく。
この鍛冶屋は騎士団にも納品実績がある老舗なので、騎士団仕様の鎧が展示されている。
フォレストもアレクが造った鎧に変えるまでは、騎士団で使っていた鎧を着ていたのを思い出した。




