052_軍属
神帝暦619年2月。
最初の移民の受け入れ作業でフォレスト、クリス、マリアは忙しくしている。
移民は1000人規模の受け入れを年2回から3回、トータル5回受け入れる。そのため、2年がかりの事業である。
受け入れを5回に分けたのは、一度に受け入れるだけのキャパがデーゼマン家にないからである。
最近は人口も増えてきたとはいえ、所詮は辺境の面積が広いだけの領地である。
合計で5000人規模の移民を受け入れられるだけの処理能力がないのである。
移民は一度ヘリオにやってきて、そこで国が作成した台帳と突き合わせて、間違いがないかの確認と受け入れ先の振り分けをする。
ヘリオに受け入れるのは2000人ほどで、残りの3000人は5つの村と、2つの開拓村に振り分ける予定だ。
村が5つになっているが、森で助けた獣人たちが住む開拓村が昇格したにすぎない。
獣人たちはデーゼマン家の兵士として働く者を除けば、ほとんどがその村に住みついているため300人以上の人口になっている。それによって村に昇格したのである。
今回、マリアが移民の受け入れに駆り出されているのは、密偵などの確認のためである。
5000人規模の移民に国や他の貴族、もしくは帝国などの他国の密偵が入り込んでいないか確認しているのだ。
既存の住民に関してはいちいち住民を集めるわけにもいかず、見つけるのは難しい。しかし、移民はすべてヘリオに受け入れてから、台帳にある個人情報の確認をすることになっているのでそれが可能なのだ。
こういった時に密偵を見つけるのが、一番効率がいいのである。
では、なぜマリアなのか? それはマリアは嘘を判別する魔術が使えるからである。
さすがのマリアでも一度に1000人の嘘を見抜くことはできないが、台帳確認時に1人1人に兵士が質問して回答に嘘がないかを見定めるのである。
だから、時間もそこそこかかるし、マリアの機嫌も悪くなる。
移民政策は国より補助が出ることから、毎回1000人分の米と麦が一緒に送られてくる。
移民の人々と物資を守るのは、騎士団ではなく王国軍の仕事である。
今回、王都から1014人の移民と、移民が1年間食べることに困らない穀物を受け入れる予定だったが、穀物の量が少ない。
「では、この受け入れ書にサインを」
「申し訳ありませんが、その数字に間違いがありますので、訂正をお願いします」
クリスは輸送部隊の隊長が求めてきたサインを拒否した。
「何を申されるか? 数字に間違いなどあるわけがないであろう」
輸送隊長は中級貴族の出身者ということもあり、下級貴族のデーゼマン家を下に見ている。
だから書類に記載がある数字のおよそ3割の物資が足りない書類へのサインを高圧的に求めてきたのだ。
「仕方が、ありません……」
クリスはため息を吐いた。
「うむ、下級貴族が中級貴族である我が言葉に異を唱えるのは感心せん。早くサインをするのだ」
「誰かある。ヘルネス砦におられるオイゲンス様に使者を出しなさい。この状況を確認していただきます」
「何を言っているのだ!?」
輸送隊長は怒鳴り声をあげてクリスを睨んだ。
「宰相閣下は移民が1年間食べられる食料の補助を約束してくださりました。それが明らかに少ないのであれば、第三者に確認いただき、宰相へ問いたださねばなりません」
「バカなことを! この私の言葉が嘘だというのか!?」
「その真意を問いただすのです。約束が反故にされているのであれば、我が家としましても移民の受け入れを続けるわけにはいきませんので」
「ふざけるな! たかが下級貴族の分際で!」
輸送隊長は剣を抜きクリスに突きつけた。
「はぁ……仕方がありません。我らとしても剣を向けられては引き下がるわけにはいきません。フリオ」
「はい」
クリスの後ろでことの成り行きを見守っていたフリオが前に出てくる。
「ガキが! 我が剣の前に出たことを後悔しろ!」
輸送隊長は剣を振りかぶり、フリオに振り下ろした。
しかし、フリオに剣が届くことはなく、輸送隊長はフリオの槍に薙ぎ払われ数メートル吹き飛んだ。
地面を無様に転がった輸送部隊長を見ると、白目を剥いて気絶していた。
「デーゼマン家へ剣をもって不埒を働いたガウバス輸送隊長を捕縛しなさい! 他の輸送兵も大人しくすれば、痛い目を見ることはありません!」
クリスは輸送部隊全員の捕縛を命じたが、輸送部隊員も抵抗を試みた。しかし、フリオや兵士たちの武に圧倒されて抵抗らしい抵抗もなく捕縛されることになってしまった。
「もう少し穏便に済ますことはできなかったのか?」
フォレストはクリスから報告を聞いて、苦笑いしか出なかった。
「あのような輩を輸送部隊長にした国の対応を見たくはありませんか?」
「まったく……」
クリスのよい笑顔にフォレストは呆れる。
今回、クリスは150人もの輸送隊員を拘留した。
フリオの無双があったのは言うまでもないが、デーゼマン家の50人の兵士が屈強だったのも大きい。
今ではデーゼマン家が抱える兵士は1000人規模になっているが、それをフォレスト、リーリア、フリオが毎日鍛え上げているのだから、精鋭になるのも当然である。
この1000人の兵士は全て常備兵であり、人口が数千人のデーゼマン領でこれだけの兵士を抱えることは本来はできない。
これだけの兵士を養っているのは、薬、ガラス製品、銀、ミスリルの輸出で儲けた金である。
その全てがデーゼマン家の商売として成り立っているため、税収の比ではないほどの膨大な利益をもたらしているのだ。
クリスとフリオが輸送部隊長を捕縛して3日。
ヘルネス砦の視察をしていたオイゲンス五等勲民がヘリオを訪れた。
最初、オイゲンス五等勲民も自分の耳を疑ったが、ヘリオにやってきて頭を抱えた。
なぜかというと、1年前のヘルネス砦の司令官の更迭劇がデーゼマン家絡みだったが、またしても軍部とデーゼマン家の間に問題が発生してしまったためだ。
しかも、調べてみると、デーゼマン家が主張する物資の不足が浮き彫りになり、また軍部の不始末が発覚した形になったのだ。
「デムセマラ・ガウバス。愚かなことをしましたな……」
「オイゲンス王国軍統括幕僚! 私は何もしていません! 全てはデーゼマンの陰謀です!」
オイゲンス五等勲民とガウバス輸送隊長は檻越しに面会した。
オイゲンス五等勲民の表情は疲れ切っているが、ガウバス輸送隊長の表情はデーゼマンに対する憎しみが現れていた。
「卿の主張が正しいかどうかは、これからの調査で明らかになるだろう。私はしばらくこのヘリオに留まり、卿の部下から聞き取り調査を行う」
「デーゼマンを信用されますな!? 某は何もしておりません!」
「その言葉を信じたいものだ。だが、よく聞くがよい。今回の件で物資の横流しが明らかになれば、卿は死罪だろう」
「なっ!?」
「それだけではない。卿が剣を向けたクリスティーナ・ゼンバー殿はフォレスト・デーゼマン殿のご息女であり、卿を倒した少年はフリオ・デーゼマン殿だ。これによってデーゼマン家が貴殿の実家に宣戦布告する理由ができたのだぞ」
このソウテイ王国の統治機構は国王がトップだが、領地持ちの貴族は半独立勢力である。
貴族が自分の家族を傷つけられそうになった場合、貴族間で争いが発生することはよくあることだ。
国はその争いが大きくならないように仲裁するが、この時に貴族の格や財力などで手心が加えられると、いつかは自分も同じ目に合うと貴族が国に対して不信感を持つことになる。
だから、仲裁は慎重に行われ、原因がどちらにあるのか徹底的に調べられるのだ。
今回の場合、物資が少ないというデーゼマン家の主張に正当性があった場合、ガウバス輸送隊長が剣を抜いたことが大きな問題になる。
「仮に卿に非があった場合、今のような態度では貴殿の実家もかなりの損害賠償をしなければならないはずだ。場合によっては家が潰れると思っていいだろう」
「そんなバカな!?」
ガウバス輸送隊長は22歳の若者で、貴族特有の傲慢さがある。
位階が高い貴族が位階の低い貴族に対して高圧的な態度をとってもあるていどは見逃されるが、剣を抜いたとなれば立場はかなり悪くなる。
ガウバス輸送隊長が物資の横流しをしていたり、本人が知らないところで横流しがあったとしても、剣を抜いたとなれば実家を巻き込んでの話になりかねない。
「もし非があるのであれば、素直に懺悔することだ。そうすれば多少は事態が好転するだろう」
「………」
「もし、国が動いて卿に非があれば、もう後戻りはできないぞ。明日まで待とう。よく考えることだ」
「………」
結局、デムセマラ・ガウバスは物資の横流しを認めなかった。
それどころか、デーゼマン家が横領して自分に罪を擦りつけたのだと、陰謀論を強く主張したのだ。
1カ月後には身柄を王都に移されたデムセマラ・ガウバスは、実家のガウバス六等勲民家を巻き込んで無罪を主張した。
事件発生から3カ月後、デムセマラ・ガウバスの裁判が行われ、有罪が確定する。
デムセマラ・ガウバスは上告したが、証拠や証言が多数あったことから上告は却下され、裁判は結審するのだった。
今回のことは国の事業でもあり、輸送部隊の半数の兵が処罰されることになったため、移民関連を統括していた軍務副大臣が責任をとって罷免される事態になった。
ヘルネス砦と移民の件で軍部は醜態を曝し大きなダメージを負ったが、共にデーゼマン家が関係していることから、軍部ではデーゼマン家に対する反感が高まることにもなってしまった。
しかし、結局のところ、デーゼマン家は被害者であって、軍部のこういった感情はただの逆恨みでしかない。
軍務大臣はデーゼマン家に批判的な勢力を見極め、改革と称して左遷や罷免を断行した。
その際に自分の勢力が増すような人事をしたのは、抜け目がない政治家であると言わざるを得ないだろう。




