050_移民政策
アレクとクリスは王都での移民に関する調整を進めており、大詰めを迎えていた。
そんなある日、軍務大臣であるヒリング三等勲民から呼び出されてヒリング三等勲民家へ赴いたアレクとクリスであった。
「ごきげんよう、アレクサンダー様、クリスティーナ様」
「………」
そこには先日アレクが石で生き埋めにしたラーレがいた。
しかも前回の鎧姿とは違って、淡いピンク色のドレスを着たラーレである。
淡いピンク色のドレスが青色の髪の毛によく似合って、ラーレをより美しく見せている。
「ラーレ様。ごきげんよう」
クリスは平然と挨拶をしたが、アレクは前回とのギャップが激しくて呆然としていた。
「アレク、ラーレ様にご挨拶をしなさい」
「え、あ、はい……ラーレ様、お久しぶりです。先日は大変失礼しました……お体は大丈夫ですか?」
生き埋めにした後、目が覚める前に帰ったアレクは恨まれているのではないかと、内心冷や冷やである。
しかし、ラーレの口からは予想外の言葉が発せられた。
「ありがとうございます。大したことはございませんでしたので、ご心配にはおよびません。それにアレクサンダー様は私の婚約者ですから」
「え?」
アレクは固まった。
復活するのに数分を要するほどの衝撃的な言葉であった。
なぜ自分がラーレの婚約者なのか? 縁談話はあったが、婚約したという事実はなかったはずだ。
アレクは自分の記憶を掘り起こすが、やはり婚約したという記憶はない。
「アレク、何をボーっとしているのですか。シャキッとしなさい」
クリスに背中をバンと叩かれて、我に返った。
そしてどういうことかと、クリスを見た。
「ラーレ様がアレクとの婚約を受け入れられただけでしょ?」
だけでしょ? って、なんだよ!? アレクは激しくクリスを責めたかった。
「いやいやいや、なんでそんな話になっているの!?」
「模擬戦で勝った貴方が、ラーレ様の婚約者に選ばれたの。分かった?」
「………」
そんなつもりで模擬戦をしたわけではないし、あれで婚約者になったなんて知らない。
アレクは涙目でクリスを見つめた。
「お父様と相談した結果、ラーレ様との婚約を受けることにしたのよ。だから、アレクがラーレ様に勝てば話は丸く収まるってわけ。そして、アレクは勝った。それだけよ」
これ以上、説明させるなとクリスからプレッシャーが放たれる。
「うっ!?」
アレクは思わず後ずさった。
「あの……私ではご不満でしょうが、どうかアレクサンダー様の妻にしていただけないでしょうか……?」
上目遣いでアレクを見つめるラーレのサファイアのような瞳は少し潤んでいた。
「え? ……あの……その……」
「話はまとまったかな?」
アレクが言いよどんでいると、タイミングよくヒリング三等勲民が現れた。
「ラーレ嬢は我が屋敷で嫁入り修行をすることになった。安心して任してくれ」
これはフォレストとクリス、そしてヒリング三等勲民の謀なんだと、アレクは察したのだった。
▽▽▽
神帝暦618年10月。
気疲れしたまま、アレクは王都からヘリオに帰ってきた。
そして、治水工事に没頭した。
そうすればもやもやとした気持ちが晴れるかと思ったからだ。
そのおかげで治水工事はすごい勢いで進んでいった。
10月も後半になると、あらかたの治水工事は終わったので、次にアレクが手をつけたのは、港の整備である。
銀鉱山とガラス石採石場はヘリオから離れているが、それぞれに川が近くを流れている。
ヘリオへ銀鉱石やガラス石を運ぶなら荷車よりも船の方が速いうえに楽なのだ。
まずは受け入れる側であるヘリオに港を建設する。
領主館は小高い丘の上に建っているが、その南側はすぐに湖になっている。
そこで、領主館の南側に港を築いて銀鉱石とガラス石を受け入れることにしたのだ。
それだけではなく、丘を少し削って平地にして、そこに倉庫群を造ることにもなっている。
この倉庫群は銀鉱石とガラス石を一時保管するための倉庫になる。
「あ、アレクサンダー様、お、お疲れさまです」
おどおどとしてアレクに挨拶したのは元傭兵のパケムだ。
パケムはリーリアがフォレストと結婚する直前の数年間、傭兵団でリーリアの部下だった男であり、今はデーゼマン家に仕えている。
これまでは帝国で諜報活動をしていた。アレクが尋問した捕虜のクリパスの情報を得たのはこのパケムである。
先日、共和国経由で戻ってきたばかりで、これから共和国経由でまた帝国に戻るところである。
日頃はこうしておどおどとしているが、パケムの情報収集能力は非常に高くリーリアも一目置いている人物だ。
「あ、パケムさん。おはようございます」
「きょ、今日も、あ、アレクサンダー様は、せ、精が出ますね」
「これしか取り柄がないもので」
「そ、そんなことはありませんよ! あ、アレクサンダー様は、す、素晴らしい、ち、力を持っているのです」
「ありがとうございます。みんなにそう思ってもらえるようにこれからもがんばります」
日陰を生きてきたパケムを他の家臣と分け隔てなく扱うデーゼマン家だが、特にアレクは親しく話してくれる。
リーリアも自分のことを役に立つと言ってくれたが、アレクはパケムを心休まる笑顔で包んでくれる。
パケムにとっては眩しくて、とても気持ちのよい笑顔である。
パケムが立ち去ると、アレクは再び港建築に精を出した。
1日で高さ10メートルの防壁を数百メートル築けるアレクにとって、港建築はそれほど難しいものではないと思われていた。
しかし、蓋を開けてみたら難しいことばかりだった。
埠頭を造る地盤が弱く、造った先から傾いたりするのだ。
地形が把握できればまだやりやすいが、水中ではそうもいかない。
「これは時間がかかりそうだ……待てよ……」
困り果てていたアレクだったが、あることに気がついた。
「やってみるか」
トレントの杖を掲げ、魔術を発動させた。
今のアレクは詠唱破棄ができる。
ラーレとの模擬戦の時も詠唱破棄はできたが、自分を落ちつかせ確実に魔術を発動させるために詠唱を行ったのだ。
おかげで、今ではラーレがアレクの婚約者になってしまった。
魔術が発動すると、無数の拳大の大きさの石が湖に落ちていく。
水しぶきをあげながら石が水中に消えていき、やがて石の表面が湖の上に顔を出した。
ひたすら石を投入し続けると、それは桟橋のように湖に伸びた足場になった。
石が石の上に落ち、その重みで底を圧し固める。
この状態で数日様子を見てから、最後の仕上げをする予定だ。
「これでダメなら、マリアに相談しよう」
最近のアレクは自分で考えてやってみて、ダメならマリアに教えてもらうようになった。
それが自主性に繋がり、自分を成長させるのだと信じているのだ。




