005_デーゼマン家
アレクは右腕骨折、左足の骨折、3本の肋骨にヒビ、全身の打ち身、数カ所の裂傷を負ってしまった。
カーシャの見立てでは全治1週間である。
これだけの怪我をして全治1週間なのは、エリーの回復魔法による治療のおかげだ。
エリーのスキルは回復魔術・薬学・観察の3つで、回復魔術は攻撃は皆無だが水魔術よりも回復の効果が高いことで、とても重宝されている魔術だ。
「心配かけて、ごめん……」
「日頃から体を鍛えないからだぞ!」
リーリアはこのていどの怪我など戦場へ出れば日常茶飯事だと笑い飛ばした。
「お母さん、アレクに荒事は向いてないのよ!」
クリスはボロボロのアレクが担ぎこまれて一番狼狽していた。
普段クールなクリスが取り乱し、一晩中アレクにつき添っていた。
「私たちのアレクをこんな目に遭わせた人を許せないわね」
エリーはアレクの怪我が命にかかわるものではないし、後遺症もないと分かっているので比較的冷静だが、それでも怒りを覚えている。
「アレクをこんな目にあわせてくれた奴は死刑だ!」
ロアはアレクが担ぎこまれた時からこの調子である。
「アレク兄様……」
マリアは無表情で何を考えているのか分からない。
「兄さん、僕が仇を討ってやるから!」
アレクは死んでいないが、3人はフリオにとって仇になったようである。
1人足りないが、フォレストは任務で1カ月ほどの予定で遠征している。
いてもあまり役にたたないし、帰ってきたら教えれば問題ないとカーシャは言う。
「お前たち、アレクを寝かせておやり」
カーシャはアレクの枕元でうるさくしている皆を部屋から追い出した。
「アレク、何も考えずゆっくりと寝るんだよ」
「ありがとう。カーシャ母さん……」
アレクはこの日からしばらく、寝ている時にうなされることになる。
情けないと思うが、やはり怖いものは怖いのだ。
一方、アレクに暴行を加えた3人は、自分たちが所属するギャング一家にアレクから奪った金を上納した。
「今回は多いじゃねぇか。どうした?」
強面の50歳に近い男がボスである。
このボスの前で直立不動の3人は、ボスに褒められて自慢げだ。
「へい、金持ちのガキがいましたんです」
鼻ピーの男が答えた。
「金持ち? 貴族じゃねぇだろうな? 貴族は面倒でいけねぇ」
「そこは大丈夫でさぁ。着ている服が平民のそれでしたし、1人で歩いていましたから」
頬傷の男がぬかりはないと鼻の穴を広げる。
「ならいいが、相手は選べよ」
「「「へい!」」」
3人が一斉に返事をしたと同時に、ボスの部屋の外が騒々しくなった。
「ん? なんだ?」
ボスが訝し気にドアを見ると、3人も振り返ってドアを見た。
その瞬間、ドアが吹き飛んできて3人の真ん中に立っていた鼻ピーの男に直撃した。
「ぐべっ!?」
鼻ピーの男が倒れてドアの下敷きになる。
「な、何ごとだ!?」
何が起こったのか分からず、ボスが立ち上がった。
すると、ドアがなくなった入り口から、2メートル以上はある巨体の男が、頭を縁にぶつけないようにかがめて入ってきた。
「て、てめぇ、何もんだ!?」
巨体の男はギロリとボスを見て、金髪耳なし男を見て、頬傷男を見て、最後にドアの下敷きになってのびている鼻ピーの男を見た。
「姐さん、いましたぜ」
巨体の男が大声で叫んだ。その声はまるでドラゴンの咆哮かと思うほどで、机に両手をついて立ち上がっていたボスは腰が抜けて椅子にもたれかかった。
もちろん、金髪耳なし男と頬傷男も床に尻もちをついている。
数秒すると、入り口から3人の影が部屋の中に入ってきた。
その中の1人に目を止めたボスは絶句した。
「は、破壊の女帝……」
ボスは辛うじて声を出した。
そう、部屋に入ってきたのはアレクの母親であるリーリアなのだ。
「な、なんでおまぇ……アンタが……」
リーリアはにこりとほほ笑んだ。
「あたしの可愛い息子に手を出した奴がいるって聞いたもんでね、こうして挨拶にきたわけさね」
リーリアの可愛い息子というのは、言うまでもなくアレクだ。
昨日の今日で3人がこのギャング一家の所属だと分かったのは、リーリアの傭兵仲間が調べてくれたからである。
リーリアは有名な傭兵団に所属していたが、フォレストと結婚するために傭兵団を退団してソウテイ王国へやってきた。
その際に、それなりの数のリーリアの傭兵仲間がついてきたのだ。
リーリアと傭兵仲間は冒険者稼業や用心棒などをしながら、この王都で暮らしていたため、裏稼業にはとても詳しい。
むしろ、リーリアに目をつけられたギャングはことごとく潰されているので、リーリアは裏社会の顔役のようなことをしていた。
「むす……こ……っ!?」
ボスは目の前で気絶している鼻ピー男、金髪耳なし男、頬傷男を見た。そして悟った。
「お、お前たち! なんてことをしてくれたんだ!?」
ボスは金切り声を上げた。
「「ぼ、ボス……?」」
意識のある2人がボスに振り向く。
「か、金なら返す! こいつらも引き渡す! だからここは収めてくれないか!?」
「「ボスッ!?」」
2人はボスのまさかの言葉にぎょっと目を剥いた。
「はぁ? 金を返す? おい、ボル。アレクの状況をこいつに教えてやりな」
「へい。右腕骨折、左足の骨折、3本の肋骨にヒビ、全身の打ち身、数カ所の裂傷。全治半年です。姐さん」
リーリアと一緒に入ってきた緑髪の小柄の男が、アレクの容体について指を折って話していった。
全治半年というのは、エリーの回復魔術がなかった場合の話である。
実際に、あれだけの怪我が完治しても、その後のリハビリがあるのだから、半年はかかるのは間違いない。
「アンタは自分の息子がここまでの怪我をさせられても、奪い取られた金を取り返すだけで済ますのかい?」
「そそそ、そのようなことは!?」
「なら、どう落とし前をつけるつもりだい?」
「っ!?」
これだけのことをしたのが3人だといっても、その3人が所属している組織が無事に済むわけがない。
リーリアがこれまでやってきたことを知っているボスは、最悪組織全員の命が奪われるだろうと考えた。
「い、慰謝料を払う! その上で、この3人は好きにしてくれ」
「こんなクソガキどもをもらっても仕方がないさね。クソガキの始末はあんたに任すさ」
リーリアはにやりと笑う。
その不気味な笑みにボスの背筋に冷たい物が走った。
それは、ボスが責任をもってこの3人を……である。
「で、その慰謝料ってのはいくらなんだい?」
「い、1000万」
「あぁ?」
「5000万!」
「おい、ゼグド。こいつらを皆殺しにしな」
「へーぃ」
ドアを破壊して入ってきた巨体の男が、背中に背負っていた大斧を手に持って1歩足を出した。
「1億!」
ボスはやけくそである。しかし、その声を聞いたリーリアがゼグドを止めた。
「慰謝料として1億、アレクから奪った200万、合わせて1億200万を耳を揃えて払うんだね?」
「そ、そうだ……」
「なら、今すぐ出しな」
「い、今……はない。2日だけ待ってくれ」
リーリアは部屋の中にある大きな黒い金庫を見た。
「ゼグド」
顎をクイッと金庫に向けたリーリアを見たゼグドが大斧を振りかぶった。
「ひぃっ!?」
ボスは情けない声を出すが、大斧はボスにではなく金庫に振り下ろされた。
ドガッと大きな音がして、大斧によって破壊された金庫からジャラジャラと金貨が零れ落ちた。
「アブト」
「へい!」
茶髪茶目の特徴のない顔のアブトが壊れた金庫の扉を無理やり開けて、中にあった金を袋に詰めていく。
「よっこらしょっと。姐さん、ざっと5000万ってとこです」
「了解だ。おい、あんた」
「は、はい」
ボスは生きたここちがしない。
「明日のこの時間にもう一度くるから、金を用意しておくんだよ」
「は、はい!」
「ちゃんと1億200万、耳を揃えて払いなよ」
「え? あと5200万じゃ……」
「今回は待ってやる利子だよ。明日、揃わなければ1日ごとに1億を利子としてもらうからね。気合入れて金を工面しな」
「そ、そんな!?」
「嫌なのかい?」
リーリアが鋭い視線を向けるとボスはブルブルと顔を横に振った。
「逃げても無駄だよ。あんたのことはちゃんと見張っているからね」
そう言い残してリーリアたちは立ち去っていった。
「「「………」」」
残されたボスと元凶の3人。1人は結局目を覚ますことはなかったが、目を覚まさなかったほうが幸せだったかもしれない。
ただし、その日以来鼻ピーの男、金髪耳なしの男、頬傷の男の姿を見た者はいない。
そして、ボスは家を始めとした私財を全て売り払って金を工面した。
リーリアに目をつけられたことが知れ渡っていて、足元を見られたのは言うまでもないだろう。
お読みいただき、ありがとうございました。
評価と応援メッセージ大歓迎です!
今日はあと1話更新します。