049_移民政策
軍務大臣であるヒリング三等勲民家で思わぬ時間を取ってしまったアレクとクリスの2人はその足でアッバス三等勲民家に向かった。
「移民の件は軍務大臣に口添えをしていただけそうなので、よかったわ」
「まさかお会いできるなんて思っていなかったよ……」
そして模擬戦とはいえ、ラーレと戦うとは思っていなかった。
しかし、アレクの受難……女難はこれで終わるのだろうか?
「っ!?」
背筋がぞわぞわとした。
「どうしたの?」
「ううん……何でもないよ」
嫌な予感を覚えつつも次の目的地に向かうアレクであった。
アッバス三等勲民家では献上品を置いて帰ることができ、他の貴族家も同様であった。
ヒリング三等勲民がたまたま屋敷にいて、たまたま会ってくれただけなのだろうとアレクは考えたが、クリスはそうは見ていない。
デーゼマン家が王都に入ったのを知ってヒリング三等勲民は待ち構えていたのだと、クリスは考えているのだ。
ヒリング三等勲民もまたデーゼマン家を取り込もうとしているのである。
そうこうしている内に数日が過ぎ、城で宰相に会う日がやってきた。
「よくこられた」
宰相はにこやかに2人を迎え入れてくれた。
「お久しぶりでございます。宰相閣下」
「初めて御意を得ます。フォレスト・デーゼマンが長女、クリスティーナでございます」
「堅苦しい挨拶はそのくらいでよかろう。かけなさい」
ソファーに座るように2人へ促すと、宰相自身も執務机を離れてソファーに腰かける。
秘書だと思われる女性が3人分のお茶を淹れて部屋を出ていく。
クリスはソファーに座るのも異例であれば、お茶を淹れてもらったのも異例だと知っていた。
しかしアレクは緊張もあってか、そこまで頭が回っていない。
大貴族や要職にある相手ならともかく、たかが九等勲民家であり、しかも当主ではなくその子供にここまでの厚遇はあり得ないだろう。
「さぁ、冷めないうちに」
宰相がお茶を勧めてくるが、はいそうですかと言って口をつけるわけにはいかない。
こういうのは目上の者である宰相が口をつけるのを待つものだ。
2人は宰相が口をつけるのを待ってお茶を飲んだ。
「「美味しい」」
一国の宰相ともなるとよいお茶を飲んでいる。
「共和国から取り寄せているお茶でね、私はこれじゃないとダメなんだよ」
共和国というのはゼント共和国のことである。
その共和国はデーゼマン家の領地から西の山脈を越えた先にある国で、デーゼマン家としても意識しないわけではない。
つまり、ソウテイ王国としても国境を接している国なので、共和国から品物を輸入することは多いのだ。
交易品である以上、それなりに高級な茶葉であろうことは容易に想像ができるというものだ。
そんなお茶を2人に振る舞い、2人が美味しいと口に出したことで宰相は上機嫌である。
宰相との話し合いは終始穏やかな雰囲気の中、進行した。
開拓精神がある移民の選別と、技術者を含めるという条件は問題なく受け入れられた。
おそらく、軍務大臣などの口利きがあったのだろうと2人は考えた。
しかし、アレクたちの要望である魔術士を含めるということに、宰相は難色を示した。
「魔術士は数が少ないからな……」
魔術士といわれる者は、土魔術は別として国か貴族家に仕えていることが多い。
そのため移民の中に魔術士を含めるのは簡単なことではない。
「でしたら、国で抱えられている魔術士を派遣してください」
「ふむ、それは……」
魔術士の派遣はやろうと思えば可能だが、問題がある。
魔術士は非常にエリート意識が高いのだ。つまり、国で抱えている魔術士に辺境のデーゼマン家への派遣が言い渡されたら、魔術士は左遷されたと思うだろう。
魔術士の士気が下がるのは国としても国防に関わってくることなので、簡単にはいかないのだ。
「「「……」」」
長い沈黙の時間が流れた。
そしてその沈黙を破ったのはアレクだった。
「では、魔術士を何人か紹介いただけないでしょうか。こちらでその魔術士に我が領へきていただけるように交渉いたしますので」
「……ふむ……」
結局、魔術士に関しては宰相のほうでも考えてみるということで、結論は持ち越しとなった。
宰相との会談後、何人もの貴族が王都のデーゼマン家に押しかけてきた。
「デーゼマン殿! 頼む! この通りだ!」
王都のデーゼマン家は今は閉めてしまったカーシャの店が道路に面していて、居住用の家は敷地の奥にある。
貴族たちはカーシャの店だった店舗の入り口にずらずらと並んで、カーシャの薬がほしいと懇願しているのである。
「こんなことになるとは……」
「ふふふ、これも戦略の1つよ」
このような事態になった原因はカーシャの薬である。
この王都にきてから王家やヒリング三等勲民家を始めとしたいくつかの貴族に献上品を届けたが、その中にカーシャの薬が含まれていた。
その情報がどこからか漏れて、カーシャの薬を求める者でごった返す事態となってしまったのだ。
カーシャの薬は使用者の特徴毎に調合を変えているため、予め訪問することが決まっていた家用にとカーシャが持たせたものだ。
だから余分はないと押しかけてきた貴族たちに説明をしているが、貴族たちが納得することはなかった。
この現象は人々の往来を邪魔していると騎士団が乗り出す事態にまで発展した。
「ありがとうございました。ブリッグス団長」
「気にするな。俺の親父もカーシャ殿の薬の恩恵に与っているんだ」
ブリッグス四等勲民家の当主であるオイエン・ブリッグス第三騎士団長の父親である、前ブリッグス四等勲民はカーシャのお得意様であった。
ブリッグス家にもカーシャの薬が贈られたのは言うまでもない。
フォレストを超える偉丈夫のオイエンは息子くらいの年頃のアレクに今回の騒動を鎮静化させると約束した。
貴族の取り締まりは騎士団の仕事なので、それを行うのはなんの支障もないのだ。
「一応、この辺りの見回りを強化するが、何かあれば第三騎士団の詰め所へ申し入れてくれ。できるだけ素早く対処する」
「重ね重ね、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるアレク。
「しかし、惜しいな。俺に娘がいたらアレクサンダー殿の妻にしてもらったのにな」
「え?」
「ははは、残念ながら、野郎しかいないんだ。そうだ、4番目が今年で12歳になるんだ。マリア嬢の婿にどうだ?」
「ははは……ご冗談を……」
マリアは今年で13歳なので、年齢的には合うだろう。
しかし四等勲民家といえば上級貴族である。
貴族になったばかりのデーゼマン家とでは家格が釣り合わないのは誰の目にも明らかだ。
それにカーシャの方針はデーゼマン家の女性には貴族ではなく、平民を婿にもらうことである。
「冗談なものか!? フォレスト殿にも何度も申し入れていたんだが、その度にはぐらかされてしまってな」
大げさに残念そうな表情を作るオイエンの姿に、アレクは本気なのか冗談なのか判断できずにいた。
「父には父の考えがあるのでしょう。父には伝えておきます」
どうしたらよいか困り果てて、当たり障りのない返答をするしかなかった。
それで納得はしていないが、オイエンもアレクを困らせても仕方がないと引き下がった。
「疲れた……」
オイエンを見送ったアレクはポツリと呟くと息を大きく吐き家の中に戻っていく。
「大騒ぎだったね。疲れただろ? そこに座りな」
リーリアは騒ぎには我関せずを貫き、リビングで酒を飲んでいた。
「もう、母さんも助けてよ~」
「あははは、これも経験さね」
リーリアは騒がしいのは問題ないが、堅苦しいのは苦手である。
元々が戦場育ちの傭兵だったこともあり、貴族の妻として表にでることはない。
この王都にきていくつかの貴族家からパーティーの誘いを受けたが、それらは全て断るかクリスが代理で出席をしているのだ。
そんなリーリアがこの王都でしていたことは酒場巡りだ。
しかしリーリアも酒場でただ酒を飲んで遊んでいたわけではない。
傭兵上がりのリーリアにとっては酒場こそが情報収集の場であり、酒場こそが昔馴染みに会う場なのだ。
酒場以外で昔馴染みと会おうと思ったら、それは戦場になることが多い。
「姉御! 準備できやしたぜ」
いかにも不作法者といった風体の男がリビングへ入ってきた。
茶色の髪の毛を無造作に伸ばしているこの男は、リーリアの舎弟であるブラストだ。
ブラストは小男でとても傭兵には見えないが、傭兵にも色々と役割があり、ブラストは主に情報を扱う傭兵である。
「あいよ~、アレク、ちょっと出てくるよ」
「へへへ、坊ちゃん。いってきやすぜ」
リーリアはアレクが作ったグラスに残っていた酒をクイッと呷ると、ブラストと共に出ていった。
その後ろ姿を見送ってアレクはため息を吐く。
「クリス姉さんもどこかに出かけてしまったし、母さんも出かけてしまった。まったく、もう……」
この数日後、宰相からの呼び出しがあり、アレクとクリスは城に赴いた。
「この者が条件次第で貴家へ仕官してもよいと言っておるのだ」
書類を渡されただけで、2人はすぐに宰相の執務室を出た。
職員に連れていかれた別室で引き合わされた男は無精髭を生やした30代前半に見える男だった。
無精髭でわかるようにローブも着崩して、仮に宰相の前でも容姿を気にかける素振りのない男である。
ここで紹介されるのだから、この男が魔術士なんだろうし、着崩しているローブも宮廷魔術士のそれであった。
「お初にお目にかかる。某、ジャック・ローズと申すのである。気軽にジャックと呼んでくだされなのだ」
この独特な口調でジャック・ローズと名乗ったくすんだ金髪の男は、実を言うと魔術研究バカで有名な男である。
魔術の研究に没頭するあまり上司の命令を無視したことが十数回もある男で、宮廷魔術士の中でも変人奇人として名を轟かせている。
宮廷魔術士になっていることから魔術士としては優秀だが、興味のないことには上司の命令であっても無視するその態度が問題視されて、宮廷魔術士の称号を剥奪されそうになっている。
「フォレスト・デーゼマン九等勲民の嫡男、アレクサンダーです」
「姉のクリスティーナです。それで条件というのをお聞かせください」
ジャックはこの場での決定権がクリスにあると、この挨拶で瞬時に読み取った。
「某は魔術の研究にしか興味がないのである! それゆえ、魔術の研究のみに専念させてもらえるのであれば、デーゼマン家に仕官したいと思っているのである!」
非常に勝手な申し入れである。
いくら貴重な魔術士といっても研究以外に何もしないという条件では、戦争時の戦力にもならない。
アレクはあっけにとられたが、クリスはそうではなかった。
「魔術の研究と仰りましたが、どのような研究をされているのですか? そして、魔術の研究結果について我が家がどのような恩恵を得られるのですか?」
ジャックの目がキランと光ったようにアレクには見えた。
「主にマジックアイテムの研究をしているのである。これまでの研究では、貴家でも実用化している魔術筒なるものを実用化して王国軍が採用しているのである」
魔術筒はデーゼマン家でも使われている武器で、アレクも専用の魔術筒を持っている。
過去の賢者によって開発された物だが、魔術弾の生産が非常に難しくて実用レベルの生産はマリア以外にできていないと思っていたが、その魔術筒が王国軍に採用されているというのだから、ジャック・ローズの能力の高さが窺い知れるだろう。
「ローズ殿が魔術筒を実用化したのであれば、優秀なのは分かります」
「ローズと呼ばれるのは好きではないのである。だからジャックと呼んでほしいのである。それと魔術筒の他には雷剣も某の研究結果である」
鼻の穴を大きく広げ自慢げなジャックだが、雷剣も軍部で正式採用されている武装なので研究能力は高いのだろう。
雷剣は剣に雷属性の追加効果を発生させるもので、敵が剣を受けても雷属性の追加効果によって数秒は体を硬直させることができるものだ。
そのためか、卑怯者の武器だと言って騎士団では正式採用を見送った武器でもある。
しかし国軍はほとんどが平民階級の兵士なので、騎士道精神よりも少ない被害で最大の効果を挙げる武器として採用されているのであった。
しかし、これだけ素晴らしい研究成果を挙げているジャックを国が手放すとはクリスには思えなかった。
「あまりうるさいので、ぶん殴ってやったのである。ははは」
「「……」」
放逐理由は簡単であった。上司を殴ってしまったのだ。
下手をすれば投獄されてもおかしくないが、今までの研究成果があるので投獄は回避できたようだ。ただ、宮廷魔術士の職を剥奪される可能性が高いらしい。
「研究結果は好きに使ってくれて構わないのである。某の興味は研究だけであり、金には興味はないのである」
優秀な魔術研究者であることは間違いないだろうが、人格的に欠陥がある。
そんなジャックをどうするのか、アレクは判断に迷ったが、クリスは即決した。
「デーゼマン家で働いてもらいましょう」
「おお、ありがたいのである」
「ただ、我が家は辺境に位置するために、研究用の機材や素材が揃うかは保障できませんよ」
「辺境には辺境なりのよい素材があるのである! そのようなことはいってから考えればよいのである!」
とても前向きな考えのジャックにとって研究に没頭できる環境が全てなのだ。
その研究が研究室の中ばかりで行われるわけではないと、アレクとクリスは後に知ることになるだろう。




