042_それぞれの思惑
アレクとフォレストたちが不在でもヘリオ町のガラス製品は輸出される。
これらはアレクが事前に生産しておいた倉庫に山積みされていたガラス製品である。
クリスは商品をアムンゼンへ卸しに向かう商隊に同行することがある。
今日もアムンゼンにあるフリンムリン商会にガラス製品を卸すために、アムンゼンを訪れていた。
クリスの指示でガラス製品を荷車から倉庫に降ろしていると、フリンムリン商会の副会頭のサンダーラが1人の男を連れて挨拶にやってきた。
その男はどこかサンダーラに趣が似てることから、サンダーラの血縁だとクリスは考えた。
「クリスティーナ様、お久しぶりでございます」
「サンダーラ殿、ごきげんよう」
にこにこ顔のサンダーラは、連れてきた男をクリスに紹介をする。
「これは私の三男でザクルと申します。挨拶をしなさい」
筋肉質で茶髪のザクルは目を見開き、そのグレーの瞳はクリスを捉えて離さない。
「………」
サンダーラが挨拶をするように言うが、ザクルはぼーっとして挨拶をしない。
これに慌てたのはサンダーラだった。
相手は若い女性だが大事な取引先であり、何より貴族なのだ。
挨拶をしなかっただけで不敬罪で処刑されても文句は言えない相手である。
「こ、これ、何をぼーっとしている! クリスティーナ様にご挨拶せぬか!」
足をおもいっきり踏みつけられると、ザクルは痛みによって我に返った。
実をいうとこのザクルはクリスに一目惚れしてしまったのだ。それはまぁ見事な一目惚れである。
「わ、私と結婚してください!」
最初の言葉がこれであった。
その言葉を聞いたサンダーラは卒倒しかけるが、何とか持ちこたえザクルを思いっきり殴り飛ばした。
「何をするんだ!?」
殴り飛ばされたザクルは当然こう言う。
「何をするんだ、ではない! クリスティーナ様に何ということを言うのだ! この馬鹿者が!」
サンダーラはクリスにペコペコと頭を下げ非礼を詫びるしかない。
「お前も謝らぬか!」
こんなことがあったがクリスは終始笑顔で対応をしていた。
それを見ていたのは騎士ダンテである。
常々、フォレストからクリスの縁談相手はいないかと、ぼやかれていたダンテは目をキラーンと光らせるのだった。
そこに偶然、フォレスト率いる一団が王都からの帰り道であるアムンゼンへ到着した。
クリスやダンテはフォレストを見ると駆け寄るのだった。
「お父様!」
「お館様!」
「おお、クリスにダンテか、帰ったぞ」
「クリス姉さん!」
デーゼマン一家の再会である。
「おかえりなさいませ、お館様」
「ダンテ、苦労をかけたな」
「いえいえ、大したことはしていませんから」
そこでダンテはフォレストに耳打ちをする。
その耳打ちを聞いたフォレストは目を見開き、ギロリとサンダーラの横にいる青年に視線を向ける。
「クリスを嫁にほしいというのか?」
ズンズンと大股でザクルの前に進み出たフォレストは、言葉をオブラートに包むこともなく直球で聞いた。
「は、はい! クリスティーナ様を妻にと思っています!」
大柄で歴戦の戦士でもあるフォレストに睨まれて、普通であればとても答えることはできない状態だが、ザクルは勇気を振り絞って気丈に答えた。
「歯を食いしばれ」
「え?」
「歯を食いしばれと言ったのだ」
その言葉と同時にフォレストは拳を振り上げていた。
ザクルは「俺、死んだ!」とこの時思った。
それを見ていたサンダーラもまたザクルは死ぬんだと思った。
フォレストの拳は見事にザクルの頬を捉え、ガツンと音がしてザクルが吹き飛んだ。
「………」
周囲が静寂に包まれる。
ザクルは3メートルほど飛ばされ大の字に倒れた。
皆は、あの拳を受けたザクルは立ち上がってこれないだろうと思っていた。
しかしザクルはふらつきながらも、足に力が入らないながらも何とか立ち上がった。
それを見ていたダンテなどはナンパな奴だと思っていたが、なかなか気合が入っているじゃないか、とザクルを見直すのだった。
「気に入ったぞ! クリスとのことは認めてやろう。しかし我が家は自主性を重んじる。お前がクリスを口説き落とせば婿として認めてやる!」
立ち上がったザクルの根性が気に入ったフォレストは高々に宣言した。
これにはサンダーラも拍子抜けしたようで、気が抜けてへなへなと地面に腰を下ろした。
「あ、ありがとうございます!」
「早まるなよ、クリスがウンと言わねばこの話はないからな!?」
「はい!」
ザクルは王都で鍛冶師の修行をしていたが、その修行を終えて生まれ故郷であるアムンゼンで鍛冶工房を開こうと思って帰ってきた。
それがいきなりクリスとの結婚話に発展して、サンダーラは冷や汗と嬉しさでぐちゃぐちゃである。
しかし、当の本人であるクリスは、この求婚に条件をつけた。
「我が家の領地経営を手伝って下さい。もし貴方が領地経営に才を見せて下されば貴方の妻になりましょう」
1カ月間、ヘリオでザクルの働きを見て婿にするか決めることにしたのだ。
ここでサンダーラは嫌な未来を思い浮かべた。
鍛冶師の修行をさせたのはザクルが商人に向いていないからで、とても領地経営の手伝いなどできないと、サンダーラは思ったのだ。
しかしザクルはクリスのこの提案を飲んで、一緒にヘリオへ向かうことにしたのである。
「まったく、いきなり殴った父さんもそうだけど、旦那さんを領地経営の働きで決めるなんてクリス姉さんには困ったものだよ」
「そうですか? 私はいい案だと思いますが?」
アレクのぼやきにラクリスが珍しく反論した。
いつもアレクの言うこと受け入れてきたラクリスには珍しいことである。
それはラクリスの心の葛藤の声なのかもしれない。
ヘリオには王都からの帰還組と商隊の大きな集団となって向かった。
最近は盗賊も見なくなったヘリオとアムンゼン間の道だ。
1年前にはほとんど轍もなかった道だが、今では草もなく轍が残る道となっている。
アレクはこの道の整備をすれば片道1日かかる時間が少しは短縮できるのではと考えていた。
しかしより短縮するには魔物が多く生息する土地を横切って距離を短くする必要があり、整備に危険が伴うとなかなか思いきれないでいた。
「そうね、道が整備され距離を縮めることができれば人の往来も増えてヘリオの発展にも寄与するわね。帰ったらマリアに何かよい案はないか聞きましょうか」
この後、ヘリオに帰ったアレクとクリスがマリアに尋ねると、「距離を短縮するなら駐屯所を設置するしかないと思う」と回答があった。
つまり、道の途中に兵を配置して継続的に魔物を狩るのである。
この案はクリスがフォレストと検討することになったが、簡単な話ではない。
駐屯所を設置するにも、それは騎士ダンテの治めるアーラス村とアムンゼンの間になる。
そうなるとアーラス村はいいとして、アムンゼンのそばに兵士の駐屯所ができることになるのだ。
それはアムンゼンを治めているアムント六等勲民家との軋轢が生まれないとも限らない事案である。
ただし、クリスはフォレストと相談すると言っているが、ほとんど決定したなとアレクとマリアは思った。
もしクリスが否定的な考えであればその場で却下するだろうし、フォレストと相談する時は決定事項に最終承認をもらうだけなのを知っているからだ。
まだアムント六等勲民との調整はあるが、家内ではその方向で進むだろう。




