004_デーゼマン家
「アレクは朝からずーっと魔術を使っているのだから、あとからマナポーションを飲んでおくのよ」
「分かったよ、エリー姉さん」
エリザベートはエリーの愛称で呼ばれている。
次女のエリーと三女のローレシアは双子の姉妹だ。
2人はともに銀髪碧眼で容姿もよく似ているが、狩人をしているローレシアは日焼けした健康的な肌をしている。
そんなローレシアに対して、カーシャの弟子として薬剤師の勉強をしているエリザベートは白い肌をしているので、見分けるのは簡単だ。
「アレク、私が森で狩ってきた雉だ。いっぱい食べて栄養をとるんだぞ!」
「ロア姉さん、ありがとう。でも、もうお腹いっぱいだよ」
ローレシアはロアの愛称で呼ばれている。
ロアは母親のリーリアに似た性格をしているので、野性的で雉の足の肉を手づかみで豪快に食べている。
そして、ロアは狩人としてかなりの腕を持っている。
それは、弓術・視力強化・罠・気配遮断といったスキルのおかげでもあるだろう。
「アレク兄様、倒れるまで魔力を使っている?」
今度は妹のマリアが話しかけてきた。
マリアはアレクが魔力を使い切っているか、いつも気にしている。
それは魔力を使い切ると、魔力の成長が速いと何かの本に記載があったからである。
マリアは本の虫で、時間があると図書館にこもって本を読みふけっているのだ。
「ちゃんと使い切っているよ、マリア」
「ならいい」
マリアは本以外にはあまり興味を示さず、我が道をいく子である。
それでもアレクのことが大好きなので、よくアレクの膝の上で本を読んでいるのだ。
アレクにとっても可愛い妹なので、それを好ましく思っている。
「いいなー。僕も早くスキルがほしいよ」
「フリオは来年じゃないか。すぐだよ」
次男で6番目の子であるフリオはマリアの双子の弟だ。
双子で共に金髪紅眼だが容姿はそれほど似ておらず、マリアは可愛らしい女の子なのに対して、フリオは男らしい体型をしている。
体の大きさではすでにアレクを追い抜いていて、将来は父のフォレストと同じ騎士団に入ろうと思っているのか、日ごろから剣や槍を振り回している。
剣や槍の練習をしている姿は様になっていて、将来はフォレストを越えるのではないかと思われるほどだ。
▽▽▽
月日は流れてアレクは11歳になった。
仕事は順調で今では強化レンガ造りではなく、建築現場でコルマヌの片腕として建築の仕事をしているのだ。
家の建築は土魔術で多くが行える。ベタ基礎を造って、その上に柱、壁、床などを施工していくのだ。
ベタ基礎は建物を建てる敷地の全てを強固な土台で覆うことをいうのだが、通常の土魔術士だと一般的な家のベタ基礎を造るのに3日はかかる。
平面のベタ基礎を造るのは、思ったよりも精密な調整が必要になるためだ。
それが、アレクが行うと一瞬で造ってしまうのだ。
魔術の操作は精密になればなるほど、魔力を多く消費する傾向にあるが、アレクの魔力はまったく底を見せない。
だから、普通は数人がかりで1カ月かけて建てる家を、アレク一人が1日で建ててしまうのだ。
品質も他の土魔術士が建てた家と遜色はないどころか、それ以上のものである。
しかも、通常は強化レンガを後から外壁につけていくが、アレクの場合は強化レンガまで一括で施工してしまうのだから、誰も太刀打ちできない域に達している。
そんなアレクなので、王都内で優秀な建築家が出てきたと評判になっている。
「アレク、今月も助かったぜ! これは今月の給料だ」
メルムが用意した革袋をコルマヌがアレクに手渡す。
今やエドゥト建築会社のエースとなったアレクの給料は多い。
年に20棟がやっとだったのに1日1棟のペースで家を建てることができるアレクが現れたおかげで、エドゥト建築会社の業績はうなぎ上りになっていることから、アレクが独立を考えないためにも多くの給料を与えるのが当然なのだ。
「親方、ありがとうございます」
アレクは革袋を受け取るとぺこりと頭を下げた。まだ11歳の少年の顔は嬉しそうだ。
今日はエドゥト建築会社の給料日なので、他の従業員も給料をもらっていく。
「お前たち、給料が入ったからと使いすぎるなよ! 特にベルド、お前は少し酒を控えろ!」
「親方、そりゃないぜ~。酒が飲めないなんて、俺に死ねと言っているようなもんだぜ」
ベルドは鼻の頭を赤くした30歳前後の男性土魔術士だ。
その見た目からも分かるように、酒が好きで毎日深酒をすることで知られている。
「バカ野郎! 飲むなとは言わん! 量を減らせと言っているんだ! カミナが苦労しているだろうが!」
カミナはベルドの妻で、2年前に結婚している。
夫婦仲は悪くないが、ベルドの酒代で生活費がなくなってしまうため、カミナが内職をして生活を支えている。
コルマヌはそれを知っているので、いつもこうやってベルドを諭している。
ちなみに、従業員は全員ベルドのようにコルマヌを親方と呼んでいるので、アレクも親方と呼んでいる。
ただし、メルムのことはメルムさんや姐さん呼びに分かれる。
給料をもらった従業員は会社を出て自宅へ帰る者、居酒屋に寄って一杯やっていく者に分かれる。
アレクは前者であり、家路を急いだ。
会社から家までは治安が悪いというわけではないが、それでも大金を持っていると思うと落ち着かないものだ。
特にアレクは多くの給料をもらっているし、腕力にはまったく自信がないので、帰りの道中はドキドキである。
そういう時にはこういうことが起こるもので……。
「おい坊主。金を貸してくれよ」
アレクは3人の20歳代の男たちに囲まれてしまった。
1人は前歯がなく鼻にピアスをして、1人は無造作に伸ばした金髪から見える右耳が何かに食いちぎられたのか半分以上なく、1人は右の頬に切り傷の痕がある。
どう見てもチンピラである。
「あ、あの……」
アレクは剣の訓練をしたこともあるが、まったく才能がないとフォレストとリーリアも匙を投げるほどの運動音痴である。
力もまったく強くなく、荒事はからっきしなのだ。
「早く出せや!」
「がぁっ……」
鼻ピーの男がアレクの鳩尾に拳を入れると、アレクは蹲って苦しがった。
「おいおい、こっちは時間がないんだよ。早く金を貸してくれよ」
「あがっ……」
金髪耳なしの男がアレクを無理やり立たせて、殴り飛ばした。
この3人は金欲しさだけではなく、こうやって弱い物をいたぶるのが好きなようだ。
「おいおい、お寝んねにはまだ早いぜっと!」
「ぐっ!?」
頬傷の男が倒れているアレクの腹を蹴り上げた。
3人はアレクに暴行を繰り返してアレクが気を失うと、アレクが背負っていた背負い袋の中を漁った。
「おい、こりゃぁ大漁だぜ!」
金髪耳なしの男がアレクの給料を見つけた。
「おいおい、こいつ貴族じゃないだろうな?」
頬傷の男が少し不安そうな表情になった。
「貴族なわけないだろ、貴族がこんな服をきて一人で歩いているかよ」
「それもそうだな」
鼻ピーの男が否定すると、頬傷の男も同意した。
この3人は知らないのだ。アレクの後ろにいる恐ろしい存在を。
決して怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったことを……。
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今日も3話更新です。