036_戦後処理
神帝暦618年2月。
帝国軍との戦いは年が明けた1月に2年間の停戦協定が結ばれた。
今のアレクは戦いで疲弊した精神を休ませている。と言いたいが、毎日色々忙しくしている。
アレクはガラス製造関係の責任者なのでガラス石の採取やガラス工房の立ち上げなどで忙しいのだ。
「アレクサンダー様、お茶でもいかがですか?」
「あ、うん。もらうよ」
ラクリスがティーポットを高々と上げて、ティーカップにお茶を注ぐ。
こうするといい香りがするとカトレアの手ほどきを受けたのである。
このお茶はエリーが茶葉や薬草をブレンドしているものだが、ラクリスはこの館で一番淹れるのが上手いのだ。
お茶のよい香りに誘われたのか、誰かがアレクの部屋のドアをノックした。
誰が来たかは、分かっている。日課になっているからである。
「アレク、入るわよ」
「どうぞ」
入ってきたのはクリスとマリアだ。
毎日、この時間にアレクの部屋にやってくるのだ。
2人は当然のようにソファーに座った。
「クリス姉さんとマリアもお茶をどうだい?」
「ええ、もらうわ」
「もらう」
2人は自分からお茶がほしいとは言わない。
ただし、アレクがこう言わないと機嫌が悪くなるのだ。
言わなくても分かると思うが、2人はラクリスの紅茶とお茶菓子が目当てでやってきているのだ。
こうしていられるのも戦争が終わったからだと、皆が実感する和やかな時間である。
あのヘルネス砦でアレクは帝国軍の将軍を捕虜にした。
そして有利な条件で帝国軍との停戦がなった。
このヘリオの町も戦時下の殺気立った空気から、緩やかな日常の空気に戻っている。
ヘリオは片田舎の町なので、元々は緩やかな時間が流れる町なのだ。
「ラクリスの淹れたお茶は相変わらず美味しいわね」
「お菓子も美味しい」
2人がラクリスのお茶とお菓子を褒める。
アレクは自分が褒められたように嬉しくなる。
ラクリスはというと、表情を変えずに軽く会釈をしたが、ウサギ耳が嬉しさを表しているのがアレクには分かった。
「今朝取引をした商人が奴隷を移送している馬車隊を見たそうよ。明日には到着すると思われるわ」
「やっと鉱山開発に着手できるね」
銀鉱山の開発は今後のデーゼマン家にとって財政の柱になる重要事業である。
「マリアも頼んだわよ」
「………」
戦争が終わってやっと怠惰な生活ができると思っていたのに、今度は鉱山開発をしなければならないと思ったからか、マリアは露骨に嫌そうな顔をした。
「そんなに嫌そうな顔をしないの」
「ぶ~」
マリアが口を尖らせて可愛くぶー垂れると、アレクは思わず頭を撫でていた。
「マリア、一緒に頑張ろうな」
「仕方ない。やる」
アレクに撫でられるのが嬉しいのか、マリアは了承した。
「ちょっとアレク、いつまでマリアを撫でているのよ! 私も撫でていいんだからね!」
「え?」
「ほら、クリスお姉ちゃんの頭も撫でていいわよ」
ど、どうしたらいいのだろうかと、アレクは困惑する。
「アレクサンダー様、私の頭も撫でていただいても構いません」
ラクリスまで頭を差し出してきた。このリア充めっ。
「ダメ! アレク兄さんのナデナデはマリアのもの!」
「マリアだけ撫でてもらおうなんてダメよ!」
「アレクサンダー様のナデナデほしいです……」
3人が睨み合う。アレクはどうしたらいいのだろうかと、おどおどするだけである。
アレクは人生最大の岐路に立たされている気がしてならない。
そこにどたどたと大きな足音が聞こえてきた。
アレクは内心助かったと、立ち上がりドアを開けて部屋の外を見てみた。
「アレク! エリーはどこ?」
ロアであった。
しかし、いつものロアとは違って、かなり焦っている。
「えーっと、今は調合室の方にいると思うけど……」
アレクはロアが抱えている人物に目が止まった。
「え? 誰?」
「アレク、この子をお願い!」
ロアは6歳くらいの少女をアレクの胸に押し当てるようにして渡してきた。
アレクも思わず受け取ってしまい、どうしたらいいのか分からなかった。
ただ、その少女はとても軽かった。
「ちょ、ロア姉さん!?」
アレクは少女をどうしたらいいのか、困惑する。
「アレク、とりあえずはベッドに寝かせてあげてはどうかしら」
クリスが落ち着いて対応する。
しばらくすると、ロアがエリーの腕を引いてやってきた。
「大丈夫よ。疲れと空腹が原因で気を失っているだけだから」
ロアが置いていった少女をエリーが診断した。
なんだかラクリスと初めて会った時のことを思い出したアレクである。
あの頃のラクリスはやせ細って病気にもかかっていたが、この少女は病気ではなくてホッとする。
「あ、ありがとうございます!」
アレクたちに何度もぺこぺこと頭を下げるのは、アレクのベッドの上で寝ている少女の母親だ。
ロア姉がアレクに少女を渡してエリーを呼びにいってしまった後、アレクは母親の存在に気がついた。
あの時は「誰?」という言葉しか出てこなかった。
「まったくロアは、もう少し落ち着いて行動しなさいよ」
クリスは何も言わずに少女と母親を置いていったロアにお小言だ。
「だってー」
「だってー、ではありません!」
ロアがチラチラとアレクの方を見る。
助けてほしいと思っているのだろうが、ここはクリスの言っていることが正しいので、アレクは放置することに決めた。
しばらくクリスのお小言が続く中、少女が目を覚ました。
「こ、ここ……は?」
「ピコ! 大丈夫、ピコ!?」
少女の母親がピコという少女が目を覚ましたことを喜んで涙を流して抱きかかえた。
こういう光景は見ていてとても心が温かくなる。
アレクはラクリスに頼んで、ピコと母親に食事を用意してもらった。
「ありがとうございます! 本当になんとお礼を言ったらよいか」
母親が恐縮して食事を摂ろうとしないので、ピコもどうしたらいいか分からないようだ。
「お礼はもういいですから、食べてください。せっかく温かいのに冷めてしまいます」
「あ、はい! ありがとうございます!」
卑屈な母親にアレクは違和感を感じる。
親子から離れてロアに親子を見つけた経緯を聞く。
「つまり森で狩りをしていたら、クマに襲われていた2人を発見したと言うのですね」
「そうそう、クマがガオーッてしていたんだ!」
森にあんな小さな子を連れて入ることに違和感を感じ、少女が空腹で気を失っていたことも気になった。
「帝国側からきた」
ぼそりとマリアが呟いた。
そしてその呟きでアレクはあるていど納得したのだ。




