031_防衛
「いってくるよ!」
「母さん、気をつけてね」
「任せておきな!」
森の中から帰ってきたリーリアはロアを引き連れてまた出ていった。
防壁の中ではかがり火が焚かれているが、外に出ると帝国軍の野営地までは明かりはない。
リーリアたちは帝国軍に気づかれないように東門から出て、これから帝国軍の野営地に夜襲をかけるのだ。
まだ夜は明けていないので、今度はこちらが夜襲をする番だ。
帝国軍は昼間の戦いで2割以上を損耗し、この夜襲でも待ち構えていたデーゼマン軍によってさらに2割の兵を失った。
それでも数はまだ帝国軍の方が圧倒的に多い。
リーリア部隊の夜襲はそんな帝国軍にさらなる出血を強いるものである。
もちろん、帝国軍も夜襲を警戒しているが、その上で夜襲をするのは戦力を削るだけではなく、帝国軍をさらに疲れさせるためでもある。
遠くに見える帝国軍陣地のかがり火の明かりが揺れている。
リーリアたちが無事に戻ってこれますようにと、アレクは祈るしかできない。
「アレクサンダー様、少しお休みになってください」
ラクリスもアレクの気持ちは分かるが、アレクは慣れない戦争で体もそうだが精神的な疲弊が酷いのをラクリスは分かっている。
アレクも正直言うとベッドの中に潜りこんで、何もかも忘れるほど眠りたかった。
「ありがとう。でも母さんたちが命をかけて帝国軍と戦っていると思ったら寝られそうもないから」
「では、横になるだけでも……」
ラクリスは横になるだけでもと食い下がる。
アレクもその説得に応じて、横になるのだった。
アレクが横になり自然と意識が遠のいていった頃、帝国軍の野営地のかがり火の明かりが夜の闇を照らす。
帝国軍は森を抜けてきたことから物資は少ない。
森の中には道がないので、荷車で大量の物資を運搬できないからだ。
そのため、怪我人を治療する薬品類が不足しているのも問題になっている。
そもそも森を抜けたらその日のうちにヘリオを落として、そこで物資の補給をする予定だったのだ。
行軍中の森の中で奇襲を受けた時に、今回の作戦は最初からとん挫していたと気づいた兵士もいた。
そして蓋を開けてみたら敗戦続きであり、たった1日で味方の半数近くを失っていた。
それだけではなく生きている兵士の多くは負傷していてとても戦えるとは思えない。
兵士は痛む体を寄せ合って暖ををとり、作戦の失敗を愚痴る。
「くそ……エリック、バズ、ハング……みんな殺られた。あの無能な指揮官殿のせいだ」
「ああ、無能なのに家柄だけで指揮官になりやがって。無能なら無能らしく家で母親の乳でも飲んでいろってんだ」
「無能だから自分が無能だと理解できないんだよ。このままじゃ、俺たちは無駄死にだ」
「おい、そんな言葉を聞かれたら軍法会議にかけられる前に無礼打ちにあうぞ」
「このまま司令官殿の下にいても無駄死にするだけだ。無礼打ちと何も変わらないぜ」
兵士たちの多くは指揮官への不満を漏らした。
これは日頃の司令官の言動が家柄を笠に着たものが多いことが理由だ。
人望のない指揮官と不満を持つ兵士たち。帝国軍は砂上の楼閣のごとく、崩壊へ向かっているように見えた。
そして、砂上の楼閣を崩す一団が現れた。
「て、敵襲!?」
「敵襲だ!」
疲れ果てていた帝国兵がその声で混乱を極めたのは至極当然のことなのかもしれない。
「おらおらー! リーリア様のお通りだー!」
槍を振り回し帝国兵を薙ぎ払う赤毛の悪魔が降臨したのである。
「姉御、こいつらもうダメですぜ。まったく歯ごたえがないぜ」
「殺し放題だよ。殺して殺して殺しまくれ!」
「おう!」
帝国兵はたった十数人のリーリアたちに右往左往して、まるで大軍で攻められているような錯覚を見ているようだ。
「えーい、逃げるな! 戦え!」
「司令官殿、撤退しましょう。兵はもう戦えません!」
「何を言うか!? 敵は決して多くないのだ。罠も何もない。戦えば数で押し切れるのだ!」
副官は潮時だと感じた。この司令官にここまでつき合ったのだから、もういいだろうと。
司令官が気づいた時には副官はいなかった。副官は副官で生き残る道を模索したのだ。
「く、副官まで逃げたか!?」
司令官が憤っていたその時、司令官の右目に矢が刺さった。
「ぐあぁぁぁっ!?」
司令官は地面に倒れ目の痛みにもがき苦しんだ。
矢が目で止まったのは幸いで、もしも脳にまで達していたら司令官は死んでいただろう。
そんな司令官を誰も助ける者はいなかった。皆、自分が生き残るために必死なのだ。
リーリアたちの夜襲は成功だと言えるだろう。
ただ、リーリアたちの目的は敵を疲弊させることであり、リーリアが無双するのが目的ではない。
ついでに言えば、帝国軍の兵糧などの物資を焼き払い、そして厄介な魔術士を殺せればいいのだ。
兵糧の方はわずかしかなかったがロアが焼き払った。
しかし、魔術士の方は確認ができていない。
だから兵士を殺すより魔術士を探すべきなのだが、リーリアたちは逃げ惑う兵士を殺しまくる。本当にリーリアは困った戦闘バカである。
▽▽▽
「アレク、ヘリオを頼むぞ!」
「はい!」
「進軍!」
フォレストは騎獣であるアースリザードに跨ると、フォレスト、騎士ダンテ、騎士トーレスが指揮する50騎の騎獣隊は朝焼けの中を走り出した。
アレクは周辺がよく見える北門の上に立つ。
「帝国軍はすでに瓦解して、軍の体をなしていないと聞きます」
文官であるウイルがアレクの後方で話しかける。
「それでもまだ数百人はいると聞きます。油断はできません」
「はい。警戒はしっかりとさせましょう」
アレクは頷くと視線の先を駆けるフォレストたちの無事を祈る。
「王国軍は援軍にくるでしょうか?」
そういえばそんな話もあったなと思い出す。しかし、難しいとアレクは考えている。
王国騎士団は4つあって、4カ月ごとにヘルネス砦にそれぞれの王国騎士団が駐留している。
今は王国第一騎士団が駐留して、ここに周辺の貴族が目いっぱいの援軍を出しているはずだから、今のヘルネス砦には1万1500人の兵が集結しているはずだ。
しかし、今回の帝国軍は1万5000人だと聞いている。戦力的には少ないが防衛だけならそれほど問題はないだろう。
だが、ヘリオの町に援軍を出すほど余裕があるとは思えない。
王都からの援軍があることも考えられるが、王都からでは時間がかかりすぎる。
アレクは首を左右に振り、ウイルの疑問に答える。
「難しいでしょうね」
今回、デーゼマン軍は森を越えてきた帝国軍の迎撃にほぼ成功している。
今は軍隊の体をなさない烏合の衆の掃討に入っている段階だ。
いつか援軍はくるかもしれないが、その時にはなんの意味もなさないのだ。
王国軍は哨戒シフトの隙を突かれて帝国軍をデーゼマン領へ潜り込ませた失態と、帝国軍が攻めてきた時にデーゼマン家に援軍を出さなかった失態の責任をとることになるだろう。
「はぁ……」
アレクはため息を吐いた。
これは王国軍の怠慢が招いたことだが、王国軍とデーゼマン家の間にわだかまりが残る結果になってしまったのを憂いているのだ。
日が西に傾いた頃、フォレストが戻ってきたが、その後ろには多くの帝国兵が引き連れられていた。
投降した帝国兵たちは一様に憔悴しきっていた。
まさか自分たちが負けるとは想像もしていなかったのだろう。
それが蓋を開けてみたらボロ負けで、生きるために降伏するしかなかったのだから、帝国兵が憔悴しきっているのは当然である。




