003_デーゼマン家
アレクサンダーが神より土魔術を与えられてから、1カ月が経った。
今日は久しぶりにエドゥト建築会社が休みで、アレクサンダーは家で強化レンガ造りを行っている。
「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。強化レンガ生成!」
魔法陣が霧散した中から現れたのは長方形の赤茶色の物体だ。
それを横に置いてあった木枠に納めると、ぴったりだった。
「よし、形は問題ないぞ!」
毎日続けてきた強化レンガ造りも最近は5個に1個は成功するようになった。
明らかに成長が速いと思うだろうが、普通の者は朝から夕方まで強化レンガを造り続けることなどできないのだから、普通の者の数カ月分の努力をしていると言えるだろう。
「アレク、まだやっていたのか?」
声がかけられて振り向くと、そこには鎧を着た大柄の男性が立っていた。
アレクというのは、アレクサンダーの愛称だ。アレクサンダーは家族全員からアレクと呼ばれている。
「父さん!? あれ、もう帰ってきたの?」
大柄の男性はアレクの父親のフォレスト・デーゼマンである。
金髪を短く刈り上げ、優しそうな碧眼がアレクを見つめていた。
「何を言っている。もう夕方だぞ」
「え? そうなの? つい夢中になって」
「夢中になるのもいいが、ちゃんと休憩をとるのだぞ」
「はい!」
フォレストは王国騎士団の騎士をしている。
このソウテイ王国では、二十段階の階級制度がある。
一等勲民 = 国王(女王)
二等~四等勲民 = 上級貴族
五等~七等勲民 = 中級貴族・上級神官
八等~十等勲民 = 下級貴族・中級神官
十一等~十三等勲民 = 行政官・騎士・下級神官・市長・町長
十四等民 = 従士・村長
十五等民 = 従士・名主
十六等民 = 平民
十七等婢民 = 農奴・戦闘奴隷
十八等婢民 = 一般奴隷
十九等婢民 = 犯罪奴隷(刑期あり)
二十等婢民 = 重犯罪奴隷(解放なし)
フォレストは正騎士なので十一等勲民であり、その息子であるアレクは准十一等勲民である。
騎士団は5つあって、近衛騎士団を除く第一から第四騎士団は紛争地帯へ派遣される実戦部隊である。
フォレストは騎士でも上位の十一等勲民であり、王国騎士団の中隊長をしている。
幾多の戦場で戦功を立てたことで、平民出身のフォレストが貴族の子弟を押しのけて中隊長になれたのは、非常に稀なことだ。
平民出身のフォレストがここまで出世できたのも、その類稀な戦闘力があってのことだ。
「クリスがそろそろ飯だと言っていたぞ。後片づけをして食堂にくるんだ」
「分かったよ、父さん」
デーゼマン家はフォレストの母親であるカーシャの家に住んでいる。
家族構成は祖母カーシャ、父フォレスト、母リーリア、姉クリスティーナ、姉エリザベート、姉ローレシア、妹マリア、弟フリオ、そしてアレクサンダーの9人家族だ。
カーシャが薬屋をやっているので、店舗があって母屋、倉庫、厩、薬草園と敷地はかなり広めだ。
そのため、王都の中心部からそれなりに離れた場所に居を構えている。
例え中心部から距離があっても、カーシャの作る薬は王都だけではなく、このソウテイ王国内でも有名なので、薬を買いにくる客は絶えない。
顧客の中には大物貴族も名を連ねていて、平民ながら貴族ともつき合いもある。
そういったこともフォレストの出世に繋がったのかもしれない。
「おまたせ」
アレクが後片づけして食堂へいくと、すでに家族全員が揃っていた。
「アレク、早く座りなさい」
姉のクリスティーナがアレクを促す。
家族からクリスと呼ばれているクリスティーナはフォレストの長女であり、アレクの一番上の姉である。
カーシャが薬屋をしていて忙しく、母親のリーリアが家のことが何もできないので、必然的に長女のクリスが家の中のことの全て取り仕切るようになっている。
そんなクリスはカーシャの薬屋で営業と経理を担当しているが、これが恐ろしくハマっている。
クリスのスキルが大商人・ネゴシエイター・先見と商売向きの構成なのもあるが、その容姿もあって人気があるのだ。
デーゼマン家の六人の子供はいずれも容姿端麗であり、クリスの容姿を目当てに薬屋に通う者までいるほどだ。
しかし、クリスの性格は勝ち気で、あまり男性受けするものではない。
クリスのことを『バラのようだ』と評した者がいる。
「容姿はバラの花のように美しいが、口を開けばバラの棘のようだ」
言い得て妙である。
だが、クリスは決して理不尽なことは言わない。クリスに何かを言われて心が抉られるのは、その人物の方に問題があるのだ。
アレクが椅子に座ったのを見ると、クリスは家長席に座るフォレストではなく、その横に座っている祖母であるカーシャを見た。
「揃ったね。それじゃ、神の恵みに感謝を」
「「「「「「「「神の恵みに感謝を」」」」」」」」
カーシャが胸の前で手を合わせて神への感謝の言葉を発すると、家族全員が復唱した。
デーゼマン家は女性上位の家である。
つまり、フォレストは表向きの家長であり、女性陣の長であるカーシャが家のトップなのだ。
デーゼマン家の食卓は和やかに談笑をしながらのものだ。
「アレク、仕事の方は順調なのか?」
仕事のことを聞いてきたのは母親のリーリアである。
リーリアの経歴は非常に珍しいものだ。
そもそも、ソウテイ王国の騎士であるフォレストの妻であるリーリアだが、ソウテイ王国の出身でもない。
リーリアは隣国のゼント共和国で傭兵をしていた。
ゼント共和国はソウテイ王国の同盟国だったこともあり、テルメール帝国とゼント共和国との戦いに援軍として派遣された騎士団の中にフォレストがいたのだ。
フォレストは戦場を駆けるリーリアの姿を一目見て惚れてしまったのだ。
その時に猛アタックして、リーリアを妻に迎えたのである。
騎士団の中では傭兵を妻にすることに反対意見が多かったが、フォレストは反対意見を押し切ってリーリアを妻に迎えた。
今でもフォレストはリーリアにベタ惚れで、子供たちの前でもいちゃつくほどである。
「だいぶ慣れたよ。一人前になるまでには時間がかかると思うけど、がんばるよ」
アレクはリーリアに笑顔で答えた。
その笑顔を見て、リーリアも笑顔を返して頷いた。
アレクの赤毛はリーリアの赤毛を引き継いでいる。二人とも燃えるような赤髪に翡翠色の瞳をしているが、その性格は真逆である。
アレクはおっとりした性格だが、リーリアは好戦的で戦場では『破壊の女帝』といわれるほどの傭兵だった。
それでも子供たちへの愛情は人一倍強く、子供たちに無償の愛を注いでいる。
「お前はすぐに没頭する癖があるからな、無理をするなよ」
「うん、ありがとう。母さん」
「アレクが一人前になったら、この家を建て替えてもらわないとね」
カーシャが楽しそうに孫の成長を想像している。
「そうなれるようにがんばるよ、カーシャ母さん」
カーシャのことをお婆ちゃんと呼ぶ者はこのデーゼマン家にはいない。
もし、カーシャをお婆ちゃんと呼ぼうものなら、デーゼマン家のヒエラルキーの頂点に君臨するカーシャの説教が待っているからだ。
以前、三女のローレシアが冗談半分にお婆ちゃんと呼んだことがある。
すると、ローレシアはカーシャの部屋に連れていかれて、一時間後に出てきた時には目が死んでいた。
その後、ローレシアは3日間ほどは何かに怯えて暮らしていた。
おそらく今もあの時のことがトラウマになっているのだろう、何かの気配に敏感に反応することがあるのだ。
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