029_防衛
やっとのことで落とし穴群を抜けた帝国軍は、森の入り口付近まで後退した。
青い顔をして、息も絶え絶えの指揮官はなぜこうなった? と何度も自問した。
この指揮官は今回が初陣の若者ではない。昨年の侵攻のおりにも一部隊の指揮官として参戦していたが、あの大敗を経験した。
その時の悔しさ、屈辱、そういったものを晴らすために、この強襲作戦の指揮官になるため必死で上司に訴えたのだ。
それなのにこの有様ではなんのためにこの作戦に参加したのか分からない。
「被害状況は!?」
指揮官は当たり散らすように被害状況を確認した。
「正確には把握できていませんが、それなりに大きな損害を受けたのは間違いないでしょう……」
副官の言葉が気に入らなかったのか、指揮官は副官に「そんなことは分かっている!」などと罵声を浴びせた。
ひとしきり罵声を浴びせると、少し冷静になったのか、今回の戦いのことを振り返る。
「あのような備えがあるなど、聞いておらぬぞ。あのような防壁に落とし穴。それに魔術士が数十人!? どう考えてもおかしいではないか!」
偵察部隊は3回送り込まれた。
最初の2回はただの偵察で、村や町の位置などを確認するためのものだった。
3回目は敵軍の情報を得るための威力偵察だった。
3回目の威力偵察はほぼ全滅したが、帰ってきた2人からの情報では騎馬隊が精強だということだけが分かった。
3回の偵察の結果で分かったことは、町や村にはたいした防備もないことだった。
たしかに騎馬隊は脅威だが、数はたかが知れている。
だから、森を抜けて一気に町を強襲する予定だった。
町を確保してしまえば他の村に戦力などほとんどないのだから、どのようにもなる。そのはずだった。なのに情報とはまるで違っていたのだ。
「森で襲撃を受けた時に気づくべきであった……。敵が我らに備えていることを……」
副官は気づいていたので、指揮官にその危険性を上申していた。それを聞かなかったのはこの指揮官である。
「しかし、おかしいですな……」
副官がぽつりと呟いたのを指揮官は聞き逃さなかった。
「何がおかしいのだ?」
「仮に我らの侵攻を予見していたとして、森での襲撃と落とし穴はともかく、町のあの防壁はあり得ないことです」
威力偵察部隊員が捕虜になって情報が漏れた可能性は十分に考えられる。
だが、捕虜になっても情報が漏れないように人選は慎重に行った。
それに威力偵察を行ったのは5月の話であり、まだ5カ月しか経っていない。
それなのに、恐ろしく高く堅固な防壁が町を守っていた。
「……あれだけの魔術士を揃えているのだ、期間は短いが防壁を築くのは可能ではないのか?」
たしかに魔術士が多くいれば、防壁を築くことはできるだろう。
しかし、それは土魔術が使える魔術士が大量にいればの話である。
今回の魔術攻撃は火と風。複数の属性を持っている魔術士もいるが、土だろうと火だろうと、あれだけの数の魔術士を揃えるのは難しい。
王国中からかき集めたということも考えられるが、そこまでするなら大軍を展開させる方がよほど理にかなっている。
魔術士は貴重でありこんな辺鄙で小さな町にあれだけの魔術士を置いておくなど考えられない。
「こんな小さな町にあれだけの魔術士がいること自体がおかしいのです」
「たしかに……」
今回のことは不可解なことばかりだ。
「兵をまとめて撤退するべきです」
「バカを言え!? 我らは何もなしていないのだぞ! 撤退などできるわけがないだろ!」
「ですが!? ……分かりました。では、兵には野営の準備をさせます」
「それでいい」
副官のハンス・フォン・バルバトスは男爵家の出身だが、指揮官のケプラー・フォン・アマデラは伯爵家の出身である。
今回の作戦から上司になっただけで、信頼関係も何もない。
これまでの経験上、このような指揮官は功名心が強く、名誉を重んじる。
勝っている時は強いが、負け始めると脆い。
今回も冷静な判断ができず、撤退の判断ができない。とても危ういとハンスは考えていた。
兵をまとめた副官は今回の被害状況を指揮官に報告する。
「死者行方不明者が156人。重傷者は105人。軽傷者が387人」
軽傷者を含めて戦えるのはおよそ750人。実に25パーセントもの被害を被っていた。しかも重傷者の数が多すぎて撤退も厳しい。
ここは敵地であり、重傷者を連れて撤退するのは至難の業である。
だが、東に進めばヘルネス砦を攻めている味方軍と合流ができる。
本来であれば、強く撤退を勧めるべきだが、あの指揮官は聞く耳を持たないだろう。困ったものだ。
「副官。夜襲をかけるぞ」
「夜襲!?」
「そうだ、夜襲だ。奴らは昼の勝ちで気が緩んでいるはずだ。数はまだこちらが圧倒的に多いのだ、一気に滅ぼしてやる!」
「………」
こうなってはこの指揮官を止めるのは難しいだろう。
だが、夜襲は悪くない。悪くないが、あの防壁をどう突破するかが問題だ。
ただの張りぼてであればいいが、遠目で見た限りは張りぼてには見えなかった。




