028_防衛★(簡易地図あり)
2日後の昼近くになると、帝国軍がヘリオ町の目と鼻の先までやってきた。
ベルムーイ村やデルマン村には向かわず、このヘリオ町に全戦力を集中していると物見からの報告だ。
想定よりも1日遅かったので、奇襲部隊を率いているリーリアが派手に暴れ、予定よりも多くの被害を与えたのだろう。
また、リーリアの奇襲は帝国軍の進路を限定させる意味もあって、それが上手くいっている。さすがは破壊の女帝である。
帝国軍はデーゼマン家の予定通りの進路に誘い込まれた。それはアレクの設置した落とし穴群に誘い込まれたことを意味する。
ここでフォレストは帝国軍を確実に落とし穴にハメる為に行動を起こした。
「いくぞ!」
「おうっ!」
フォレストが50人の兵を引き連れ、正門から出た。その兵士たちの手には黒い金属でできた筒状のものが握られていた。
フォレスト率いる部隊は帝国軍から500メートルの場所に陣取った。
「我はテルメール帝国、ガールム・フォン・アイゼン子爵! 我と一騎打ちをする者はいないか!?」
槍斧で地面を突き、名乗りを上げた帝国軍のアイゼン子爵は、なかなかの偉丈夫だ。
帝国軍は軍の階級制度が厳しいので通常の将校は一騎打ちをしないが、例外として一騎打ちをするための役職がある。
貴族階級の出身者だけに就くことが許された役職だが、その代わりに1人の兵も指揮していない。
兵を指揮するものが一騎打ちをして、手傷を負ってしまったら指揮ができなくなるからだ。
その代わりではないが、一騎打ちを好きな時にできるのである。
ガールム・フォン・アイゼン子爵は全身鎧でフルフェイスの兜を被っているために、顔は見えない。
一騎打ちを申し込まれたら、それを受けるのが騎士のプライドだ。フォレストはゆっくりと前に進み出ていく。
本来であれば総大将のフォレストが一騎打ちを受けるなどあり得ないことだが、いかんせん人材が不足気味の新規貴族のデーゼマン家なのである。
それにここまでアレクたちに苦労をかけてきたので、戦場では父親としていいところを見せておきたいという親のエゴもあった。
「この領地を治めるフォレスト・デーゼマンだ。命が惜しくなければかかってこい」
フォレストはアイゼン子爵を挑発するような口調で名乗りをあげた。
「鉄壁デーゼマンか!? 相手にとって不足はない!」
「俺には無名の雑魚では不足だ!」
フォレストがアイゼン子爵を馬鹿にすると、兵士たちから笑い声があがった。
「おのれ、デーゼマン! 許さんぞ!」
アイゼン子爵がガシャガシャと金属鎧の音を立てながら、フォレストに走り寄って槍斧を振り下ろした。
「しねぇぇぇっ!」
「ふん、甘いわ!」
フォレストはアイゼン子爵の槍斧を、アレクが造ってくれたマーロ合金の剣で払いのけた。
すると、鉄でできた槍斧が抵抗もなく切られてしまった。
アイゼン子爵は何が起こったのか分からず、動きを止める。
その隙を見逃すフォレストではなく、地面を踏み込み一気にアイゼン子爵へ接近すると、剣を横に振り切った。
「弱すぎる。無駄に命を散らしにきたようなものだ」
アイゼン子爵は金属鎧ごと上半身と下半身に切り分けられてしまった。
マーロ合金製の剣を見ると血の一滴もついていないどころか、金属鎧を切ったのに刃こぼれさえない。あり得ない切れ味である。
「アイゼン子爵の首はこのフォレスト・デーゼマンが取った! 他に命がいらぬものはおらぬか!?」
この圧倒的な武威を見た両陣営の反応は真逆のものになった。
帝国軍は声も出せずにいたが、デーゼマン家の兵士は歓声をあげる。
「この鉄壁デーゼマンを倒せると思うのであれば、いつでもかかってこい!」
兵士の歓声を割ってフォレストの声が帝国軍全兵士の耳に突き刺さった。
帝国軍兵士は生まれたばかりの子馬が立ち上がる時のようにブルブルと震えるしかできなかったのである。
兵士たちの元に戻ったフォレストは騎士ダンテとハイタッチをした。
「相変わらず、常識のない戦い方ですな。それにあの槍斧を切り落として、鎧までやすやすと切り裂いたその剣はいったいなんですか?」
フォレストはにやりと口の端を上げた。
「これはな、アレクが俺のために造ってくれた剣だ。これだけの剣は王家でも持っていないぞ! がーははは!」
よほどアレクからのプレゼントが嬉しかったのか、それともアレクの剣の切れ味を思う存分味わえたことが嬉しかったのか、フォレストは帝国軍に聞こえるほどの大声で笑った。
実際にフォレストの剣は王家が所有しているマーロ合金製の剣以上の切れ味がある。
「アレクサンダー様からのプレゼントが嬉しいのは分かりますが、王家を引き合いに出すのはここだけにしておいてくださいよ。不敬罪で死罪ですからね」
騎士ダンテはため息混じりにフォレストを諫める。
「いいではないか、ダンテだってほしいだろ? ほれほれ。でもやらんぞ!」
「はいはい……」
呆れてものも言えない。
フォレストと騎士ダンテがじゃれ合っていると、帝国軍に動きが見られた。
「遊びはここまでです。敵さんが動き出しましたよ」
「なんだつまらん。仕方ない、奴らで遊んでやるか」
「では、手はず通りに」
「おう、手はず通りだ」
フォレストたちは今までいた場所から東に500メートルほど移動して、帝国軍を迎え撃つ態勢をとった。
帝国軍とデーゼマン軍は圧倒的な兵力差がある。
それがなければ、先ほどのフォレストの武威を見た帝国兵は逃げ出していただろう。
辛うじて帝国兵を繋ぎ止めた兵力差で、一気にフォレストを含む50人の王国兵を圧し潰そうと考えるのは不思議ではない。
「来るぞ、距離400で撃て」
「距離400になったら撃つぞ。構えろ!」
フォレストの命令を受けて騎士ダンテが復唱する。
兵士が持つ黒い金属の筒は魔術筒である。
魔術士でなくても誰でも魔術を撃てる武器だが、当然練度によって命中精度に差が出る。
ここにいる50人の兵士は、選りすぐられた魔術筒部隊である。
毎日のように数十発の魔術弾を撃って、練度を上げてきた精鋭部隊である。
25人ずつの二列に並び、前列の兵士が片膝を地面につけて構える。
「よし、400だ。撃て!」
「うてぇぇぇっ!」
フォレストが手を振り下ろすと、騎士ダンテの声が響き渡った。
その瞬間、25人の魔術筒部隊が一斉に魔術弾を撃った。
魔術弾の発射音はそれほど大きくなく、魔術筒の先に魔法陣が現れてそこから高速で魔術が飛んでいく。
魔術弾にもよるが最大射程はおよそ500メートルで、500メートル以内であれば、魔術は本来の威力を発揮する。
今回、発射された魔術弾は火属性のフレイムストームという魔術だ。フレイムストームは半径10メートルほどの炎の渦を発生させる魔術であり、威力はそこまでではないが、有効範囲がそれなりに広いので戦争ではよく使われる魔術である。
そのフレイムストーム弾が帝国軍に着弾すると、轟音と炎の渦を発生させた。
「ぎゃぁぁぁっ!?」
「あ、あついよーーー」
「助けてくれぇぇぇ」
帝国軍のあちこちでフレイムストームの猛威がふるわれている時、デーゼマン軍は前列と後列が入れ替わった。
「構え! ……うてぇぇぇっ!」」
再び、騎士ダンテの声が響くと、魔術筒の先に魔法陣が現れ、魔術弾が発射された。
次の魔術弾は風属性のエアストームである。
炎と風の魔術は非常に相性がよく、炎が消える前にエアストームによって風が送り込まれてフレイムストームが再び勢いを増して燃え盛った。
これらの魔術弾はマリアが作っているが、フレイムストームやエアストームなら1日に500個は作ることができる。
これはマリアだからできることで、普通の魔術士ではそうはいかない。
それでもフォレストはこれ以上の攻撃を加えず、後退の指示を出す。
「引くぞ」
「後退! ほれ、急げ!」
騎士ダンテに追い立てられるようにデーゼマン軍は走って後退した。
魔術弾を受けて帝国軍は混乱していたが、デーゼマン軍が後退するのを見て指揮官が魔術の攻撃はもう撃てないと判断して比較的混乱していなかった左翼の部隊に追撃を命じた。
一方、防壁の上から帝国軍とフォレストたちを見ていたアレクは青い顔をしていた。
「アレクサンダー様。きついかもしれませんが、よく見ておいてください。これからアレクサンダー様も人を殺すことになるのです」
騎士ハルバルトが青い顔をしたアレクに目を逸らさずしっかりと見ろと言う。
「私も最初に戦場に立った時は足が震えました。アレクサンダー様だけではないですから」
励ましもする。
「ハルバルトさん、ありがとうございます。僕もこういう光景は覚悟していましたけど、やっぱりきますね。ご迷惑をおかけしますが、支えてもらえますか」
「もちろんです。私はアレクサンダー様を支えるためにここにいるのです。安心してもたれかかってください!」
アレクは戦場から目を離さずに頷いた。
両足をしっかり地につけ、吐き気をもよおすような光景をグッと歯を噛んで我慢して見つめる。
そして、フォレストが後退を始めたのを見て、ひと言。
「罠にハマってくれました」
アレクが設置した落とし穴は人が1人や2人が乗ったところで落ちることはない。
数十人規模が乗って初めて落とし穴に落ちるように造られている。
その落とし穴のあるエリアに帝国軍は入ったのだ。
しばらくすると急に地面が崩落して帝国軍は落とし穴の中に落ちていった。その数はおよそ30人で帝国兵は悲鳴をあげながら落とし穴に落下していったのだ。
アレクの造った落とし穴の深さは10メートルもあり、落ちた帝国兵の多くは大怪我することになり、運が悪ければ命を失っていた。
それを見た帝国軍指揮官はフォレストの追撃を中止させ、態勢を整えるために後退を指示した。
しかし、帝国軍はすでにアレクが設置した落とし穴群に入り込んでいて、後退途中でも落とし穴に落ちる帝国兵の姿があった。




