026_防衛
アレクは絶句した。
「これほどとは……」
なぜこれほど絶句しているのか。それはこの町の孤児がとても多いからだ。
数日前、孤児による窃盗を目撃してから孤児について調査をしたアレクだったが、アレクが思っている以上に酷い状況だった。
だから不本意ながらテコ入れをすることにしたのだ。
「放せよ、この野郎!」
スラムの一角にあるあばら家には10人ほどの孤児が住んでいた。
ここだけではない。他にも数カ所、同じように孤児が住みついている。
兵士に連れてこられた少年はとても反抗している。
「アレクサンダー様、ちょっと……」
カムラが呼ぶのでいってみると、そこには少女が横たわっていた。
「乱暴をしたわけでは……ないですね?」
「もちろんです! ……この子はもうダメかもしれません」
よく見てみると、少女の手足は皮と骨しかない。そんな比喩がぴったりなほどやせ細っているのだ。
「孤児ですから、栄養不足だと思います」
他の孤児たちもやせ細っているように見えたが、ここまで酷い状態の孤児はこの少女だけだ。
「ポーションを飲ませてみてください」
カムラは少し迷ったようだが、アレクの指示に従い少女にポーションを飲ませた。
多分これから帝国軍との戦いがあることから、貴重なポーションを孤児に使うのを躊躇したのだ。
「呼吸が少しよくなりましたが、それでもあまり改善は見られません」
ポーションは主に怪我に効果がある薬であって、栄養不足や病気にはあまり効果はない。
アレクはそれを知っていて飲ませたのだ。ポーションでも少しは体力を回復させることができるからである。
「館に運んでください」
「それは!?」
カムラの言いたいことは分かっている。
孤児を館に入れるなんてと言いたいのだ。
「これは命令です。二度は言いません!」
「……分かりました」
不承不承だがカムラは了承した。
この少女が助かる可能性はないかもしれない。
それでもこんな汚れた床の上で死なせるのは可哀そうだ。
それにエリーやカーシャならこの少女を助けてやれるかもしれない。
アレクにとって人の命は孤児だろうと貴族だろうと同じ命で貴重なのだ。
「ラクリスに触るな!」
少女を運び出そうとすると、孤児たちが騒ぎ立てた。
少女はどうやらラクリスという名前のようだ。
それはそうと、兵士たちも抑えつけることができないほど孤児たちが騒いで収拾がつきそうにない。
「カムラさん、剣を抜いてはダメですよ」
「保証しかねます。我らの役目はアレクサンダー様をお護りすることですから」
職務に忠実なのはいいことだ。
しかし相手は子供なのだ。多くは10歳にも満たない幼い子供なのだ。
それでもアレクに危険が迫ればカムラは剣を抜くだろう。
この状況を打破するにはどうしたらいいか、アレクは考えた。
「騒ぐなっ!」
アレクは大声で孤児たちを一喝した。
「………」
孤児たちがアレクの声で大人しくなった。
「君たちが騒ぐと彼女の治療がそれだけ遅くなります。君たちはあの子を助けたくないのですか?」
アレクは孤児たちに言い聞かせるように優しく語りかけた。
「………」
「カムラ隊長。運び出してください」
孤児たちがとても悲しそうな顔でアレクを見る。
「ま、待ってくれ!」
「……まだ、邪魔をするのですか?」
「ち、違うんだ。ラクリスを、ラクリスを治してくれるのか?」
先ほどまで一番騒いでいたリーダー格の少年だ。
年齢はアレクとほとんど変わらない。
「治るかは分かりません。でも、できる限りの手当をします」
「ほ、本当か?」
「僕が君に嘘をつく理由はないでしょ?」
少年は迷っているようだ。
「信じられないと思いますが、彼女のことは僕に任せてください」
孤児になって酷い環境で育ってきたのだから、アレクの言葉が信じられないのは仕方がないだろう。
しかし、それでもアレクは誠意を込めてそう語りかけるしかできない。
「わ、分かったよ。ラクリスを頼む!」
「ありがとう。君たちには食事と寝る場所を用意している。そこで彼女を待っていてほしい」
少年は黙って頷いた。
「カムラ隊長、早く館へ」
「はい」
アレクたちは急いで館に戻った。
「カーシャ母さん! エリー姉さん!」
2人の調合室に向かいラクリスのことを話したら、2人はすぐにラクリスの様子を見てくれた。
「栄養失調の上に肺炎、それから……魔力欠乏症にかかっています……」
「魔力欠乏症とは厄介だね」
カーシャが苦虫を潰したような顔をした。
アレクはよく分からないのでエリーに説明を求めて明らかになったのは、魔力欠乏症には特効薬があるということと、その特効薬を作るのに必要な材料が入手困難で滅多に出回らないということだった。
「カーシャ母さんでもその薬草は持っていないの?」
「残念ながらその薬草は滅多に見つからないし、摘み取ってから3日以内に薬にしないと効果がないんだよ」
他の薬草のように乾燥させて保管もできない面倒な薬草らしい。
「どうすればその薬が手に入るのですか?」
「アレク、材料となる薬草はどこに自生しているかも分かっていないの」
エリーは悲しそうな視線でラクリスを見つめている。
「………」
部屋の中に喪失感が漂っていく。
「薬草がなくても助けることは可能さね」
アレクはその言葉で俯いていた顔を上げ、期待に満ちた目でカーシャを見た。
やっぱりカーシャ母さんは凄い人なんだ! と言わんばかりのアレクである。
「カーシャ母様……もしかして、あれを?」
「そうだよ。あれならこの子を助けることができるさね」
「しかしあれは……」
エリーが悲しそうな目をして考え込んだ。
「アレク、よくお聞き。その子を助ける方法は」
「方法は?」
「ドラゴンの血から作った薬だよ」
「え?」
アレクは間抜けな顔をした。
「ドラゴンの血で作ったあの薬であれば、どんな死病も治せるよ」
驚愕の事実である。
アレクはポケットの中に入れておいた薬を取り出すと、その青紫色の液体を見つめた。
「アレク、この薬はもう二度と作れないかもしれないものよ。よく考えてね」
エリーがいつにもまして真剣な目をしている。
これを飲ませればこの子は助かる。しかし、これを飲ませればアレクは今のまま。
フリオのようにもマリアのようにもなれない。
「うぅぅ……」
ラクリスが苦しそうな声をあげ、息が今にも止まりそうだ。




