023_防衛
神帝暦617年8月。
王都サー・エレインの中心にそびえ立つ王城の一室。
そこには外務大臣、軍務大臣、そして宰相の3人がいて、ある上申書に目を通していた。
「軍務卿、これが事実でしたら重大な軍規違反ではありませんかな?」
貴族からの上申書は国王へ届けられる。
たまたま宰相がこの上申書を手にして目を通したわけではない。
国王への上申書は宰相にだけ確認する権限があるのだ。
そして、国王が読む前に軍務卿と外務卿を集めたわけである。
この上申書はデーゼマン家から出されたものだ。
その内容は、テルメール帝国の威力偵察部隊が領内に押し入ってきたのは、ヘルネス砦が行っている哨戒のシフトがこの10年ほどまったく変わっていないからだとある。
敵国との国境を守るヘルネス砦は、敵兵の侵入を警戒するために部隊を編成して哨戒を行っている。
その哨戒のシフトが10年も変わっていなければ、敵としても哨戒網の隙をつくのは簡単であり、侵入するのは当然だと言うのがデーゼマン家の主張であった。
「領民を虐殺されただけではなく、嫡男が重傷を負い生死の境を彷徨ったと聞いている。デーゼマンの怒りは推し測るまでもないでしょうな」
宰相が上申書を軍務大臣に手渡す。
「すぐに調査を行い、対策を講じましょう」
その言葉を聞き宰相は頷き、「あまり長くは抑えておけませんぞ」と短く言った。
その言葉で分かるように上申書は必ず国王に見せなければならない。
もし紛失したことが分かれば、管理に関わった多くの官僚の首が物理的に飛ぶことになる。
宰相としては手足のように動いてくれる官僚たちの首と引き換えに軍務大臣を助ける義理はない。
軍務大臣が国王の叔父にあたろうとも、そこまで助ける義理はないのだ。
あくまでも軍務大臣に恩を売ろうとしてのことであり、今まで築いてきた自分の城を支える石垣である人材を大量に失うことは本意ではない。
「外務卿、捕虜交換の状況はいかがかな?」
軍務大臣との話が終わったので、宰相は外務大臣に水を向けた。
「領民虐殺の補償を要求しておりますれば、あまり思わしくありませんな」
捕虜を一対一で交換するだけなら難航はしないが、領民を殺された補償を行えと言われれば、帝国としても簡単には受け入れることができない。
しかも、帝国側が昨年暮れの戦いで多くの兵が捕虜になったことで、捕虜交換が行われて帝国で捕虜になっている王国兵はいないのだ。
だから王国としても強気の主張をしているので、折り合いがつかないのである。
「デーゼマンが掴んだ情報では、この秋の刈り入れが終わったら帝国軍が攻めてくると言うが、どう思われるか?」
「それに関して私の方でも調べてみましたが、帝国が軍を動かそうとしている事実は掴めておりません」
外務大臣は事実だけを伝えた。帝国軍が動いていないのか、情報を掴めていないだけなのか、それは分からない。
昨年末の大敗で戦力の立て直しをしていると、王国側の誰もが考えているが、事実は違う。
帝国には戦力的な余裕があり、攻めようと思えば2万人規模の兵を動かすことはできるのだ。
それを掴めていない王国の情報機関は、かなり能力が低いとしかいいようがない。
「軍務卿はどう考えますかな?」
軍務大臣は少し考えて口を開いた。
「軍でも情報は掴んでおりません。されど、警戒はしてもよろしいかと」
宰相もその考えに同意したのか頷いた。
「では、いつでも援軍を出せる準備だけはしておくということで」
軍務大臣と外務大臣が頷いた。
この話し合いの後、軍務大臣はすぐに監察官をヘルネス砦へ送った。
そして刈り入れ時期に合わせて軍の訓練と称して、軍をアルガス州へ送る手はずを整えた。
アルガス州はヘリオの町があるシュテイン州の南にあり、王都のあるマゼランド州の北の土地だ。
もし帝国軍が侵攻してきた場合、王都より援軍を出すよりも短時間で現地へ赴ける土地である。
お読みいただき、ありがとうございました。
評価と応援メッセージ大歓迎です!
明日も更新します。




