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022_帝国の陰

 


 アレクは毎日のように魔力が枯渇するまで防壁を築いていた。

 アレクが必死の思いで防壁を築いている一方、領主館内のフォレストの執務室ではマリアの爆弾が落ちた。

「銀の鉱床がある。それにガラス石もあった。おわり」

「銀!? それにガラス石だと?」

「本当なの!? でも銀の鉱床はともかく、ガラス石は枯渇したんじゃ……?」

 フォレストとクリスが驚くのは無理もない。

 この数日、怠け者のマリアが毎日どこかに出かけているので、珍しいと思っていた。

 それが、まさかそんなものを発見してくるとは思ってもいなかったのだ。


「ガラス石は魔物の生息地をもう少し奥にいったところにある。魔物を駆除しないといけないから近づけなかった。おわり」

「なるほど……だが、それは我らとて同じだろ……?」

 フォレストの疑問は当然のことだ。

 過去にガラス製品を生産していた頃にその場所を発見できなかったのは、魔物の生息地を越えなければならないのだから、デーゼマン家としてもガラス石の採取はできないのが道理である。

「問題ない。母様にちょっと耳打ちすれば、喜んで飛んでいく。おわり」

 マリアは、自分の仕事はここまでといった感じで、お菓子を口に放り込んだ。

 フォレストとクリスは口をポカンと開けて数秒後、笑い出した。


「ふむ、たしかにリーリアなら嬉々として飛んでいくだろうな……」

「騎獣のほうもすでに20頭は集まっているし、いいかもしれないわね」

 2人はマリアの案に乗っかることにしたようだ。

「しかし、銀の採掘もそうだが、ガラス製品などどうやって造るのだ? 共に鉱石のまま輸出すればいいのか?」

 フォレストは疑問に思ったことを口にした。


「ガラス石の輸出は難しいわね。ガラス工房があった頃ならともかく、今のソウテイ王国にはガラス工房はないから」

 数十年前にガラス石が枯渇したことで王都にあったガラス工房は閉鎖されて久しい。

 そんな状況下でガラス石を輸出しようとしても、買い手は見つからないだろう。

 他国にはガラス工房があるが、そこまで輸出するとなれば手続きやらで時間がかかるのは目に見えている。

「なら、銀のほうか? 採掘はどうするのだ?」

「銀はあとで、ガラスの加工は土魔術……ちっ」

 自分の仕事は終わったのに口を出してしまったことに、マリアは舌打ちをした。

 マリアはとことん働きたくないのだ。それがただ喋ることでも面倒なのである。

 マリアの舌打ちはよくあることなのでフォレストとクリスはスルーしたが、マリアはアレクをさらに働かそうというのだから鬼だとクリスでも思った。

 そんなマリアの容赦なさにフォレストは冷や汗が出る。


 その日の夜。

 アレクはへとへとになりながら領主館へ帰ってくると、フォレストとクリスに呼び出された。

「え!? 僕?」

 そこで聞かされた話にアレクは絶句した。

「土魔術。がんばれ。おわり」

「つ、土魔術って……防壁にガラス……ハードだね……」


 アレクに言い渡されたのは、ガラス石をガラス製品にしろというものだった。

 銀鉱石を採掘するのは現地へいかなければいけないが、ガラス石は採掘しなくてもむき出しになって落ちているので、誰かが採ってきたガラス石を領主館でガラス製品にすればいいのだ。

 こちらの方がアレクにかかる負担が少なくて済むとマリアは考えていた。

 ただし、アレクを働かせることに変わりはない。

 銀鉱石を採掘するにしても、ガラス製品を造るにしても、アレクに負担がかかるのなら、アレクの負担を少しでも減らす方を選ぶのは当然のことだろう。 ではなく、単に今のアレクならこのていどがちょうどいいと考えただけなのだ。

「わ、分かったよ! やればいいんでしょ! やるから!」

 アレクはやけくそになった。


「では、ガラス石は兵士たちに集めさせるわ」

 その数日後からアレクは防壁の建設に加えてガラス製品の生産を始めることになった。

 そして、ガラス石の採取前の数日の間、領主館にリーリアの姿がなかったのは言うまでもないことだろう。

「時間がない。他にもガラス製品も造らないといけないし、がんばらないと」

 アレクは毎日朝早くから、日が落ちて暗くなるまで休みなく働くことを覚悟したのだった。


「うわー、キッツ!?」

 魔力がなくなるとカーシャとエリーが作ったマナポーションを飲んで魔力を回復して、また作業に戻る。

 そのおかげでアレクの腹は完全に水腹である。

 ただ、こんなことができるのも、カーシャとエリーがマナポーションの生産をしているからだ。

 マナポーションはそれほど安い薬ではないので、アレクが消費する量を買おうとすると大金が必要になる。生産者と消費者が家族であるデーゼマン家にしかできないことである。

「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。防壁生成!」

 高さ10メートルの石の壁が地面からそそり立っていく。

 石・土・石の三層構造の防壁をアレクは延々と造り続けている。


 アレクが魔力を使い切るまで防壁を造ると、およそ50メートルの長さの防壁を造ることができる。

 それを日に十回繰り返すので、日産500メートルである。

 秋に帝国軍が攻めてくるため、すくなくても9月末日までにこの防壁を完成させる必要がある。

 日産500メートルなら間に合う計算だが、これに加えてガラス製品の製造もあるので、楽観はできない。


「アレク、休憩にしなさい」

 アレクに声をかけたのはエリーだ。

「クッキーを焼いてきたから、食べなさい」

 今回の対帝国の要はアレクの生産力である。

 だから、アレクの体調管理のためにエリーがこまめに体調を確認しにきている。


「エリー姉さん、ありがとう」

 アレクは手を休めて敷いてあるシートの上に座り、エリーの用意したクッキーをひと口食べた。

「美味しいよ」

 クッキーはほんのり甘く、そしてハーブの爽やかな香りがした。

「はい、お茶も飲みなさい」

「うん」

 お茶を受け取り飲むと、爽やかな酸味が口に広がり、その後に少しの苦味が追いかけてくる。

「美味しい」

「そのクッキーは魔力の回復力を上げてくれるのよ。お茶の方は疲労回復力を上げてくれるわ。大変だけど、がんばってね」

「うん、ありがとう。エリー姉さん!」

 綺麗な銀髪を揺らしてエリーは帰っていった。

 アレクはその後ろ姿を見送ると、また防壁を築くことにした。


 日が落ちる頃、へとへとになりながら領主館へと重い足を動かしていた。

 すると、館の前に何やら人だかりがあるのが見えた。

 アレクがなんだろうと思い、近づいていくと見えたのは荷車の荷台に積まれた大きな影だった。

「はぁ?」

 アレクはその影の正体を知って驚きよりも呆れの声が出た。


「あ、兄さん!」

「アレク、ドラゴンだぞ!」

 今日はたしかロアとフリオの2人がガラス石の採取へ向かったはずだ。それがなんでドラゴンがいるのか?

「途中で遭遇したから狩ってきたぞ!」

 ロアが満面の笑みを浮かべて自慢げだ。

「ロア姉さん、僕も戦ったんだからね!」

「そうだ、フリオもよく戦ったぞ!」

 ロアとフリオは散歩の途中でドラゴンを狩ってきたような感じだが、ドラゴンはそんなに簡単に倒せるような魔物ではない。


 アレクの顔が盛大に引きつっている。結構な間抜け面だ。

「ほらほら、早くドラゴンを倉庫に入れてきな」

 リーリアがちょっと悔しそうにしている。いや、とっても悔しそうにしている。

「今度はあたいがドラゴンを狩るからな! こんな子供のドラゴンじゃなくて、成体を単独討伐だ!」

 いやいや、子供に張り合うの止めようよ。それに成体のドラゴンなんて、単独で倒せないから!

 アレクは防壁を築くよりも気疲れした。


 館で夕食を摂ったアレクはまだ休まない。これからガラス製品を造るのだ。

 ガラス石は白いぼそぼそした石で、これを土魔術でガラスに変えてゴブレットや皿などを造る。

「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。ゴブレット生成!」

 魔法陣が回転し、白いぼそぼその石が蠢き赤く発光すると、次第にゴブレットの形に変形していく。

 この作業はガラス石を溶かすイメージも大事だが、溶けたガラス石を最終的な製品の姿をイメージする必要もある。

 マーロ合金を剣や槍にするよりは楽だが、普通に考えれば難しい作業だ。

 防壁はある意味、強度を重視すれば他のことは多少荒くても問題ないが、ガラス製品は1つ1つの工程が精密なので気の休まる時がない。

 精密な作業をすればするほど、魔力の消費も多くなるので大変である。


 ▽▽▽


 昼間は防壁を築き、夜になるとガラス製品を造る生活もすでに2カ月が経っている。

 最近は手の抜きどころが分かって、以前よりも防壁とガラス製品にかける魔力が少なくなっている。

 防壁建設とガラス製品生産はマリアでもできるが、マリアはマリアで魔術弾の生産で忙しい。と言っている……が、アレクにはそうは見えなかった。

 ただ、マリアだからと妙な諦めもあった。


 真夏の日差しがアレクの体力を容赦なく奪っていく。

 現状、防壁の方は9割方完成しているので、あと数日もあれば完成するだろう。

 ガラス製品のほうはクリスが出入りの商人に卸していて、かなりの収入になっていると聞いている。


「おーい、アレクサンダー様やー」

「ん? あれはモッタさん?」

 ずんぐりむっくりの体を揺らして走ってくるのはモッタだった。

 少し足を気にしているような感じで走ってくるのは、アレクと似ている。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「何を言っておるのだ! できたぞ! ほれ!」

 モッタは布に包まれた細長いものをアレクに渡してきた。

「もしかして!?」

「そうだ、トレントの杖だ!」

「おおー、待ちに待った杖が完成したのですね!」

 アレクは大はしゃぎで布をとった。


「おおぉぉぉっ!?」

 見た目は木だが、触ってみると非常に硬質で、ひんやりとした。

 トレントの杖は不思議と以前から使っていたかのようにアレクの手に馴染んだ。

 アレクは感動のあまり声にならない声をあげた。

「使って見せてくれ。魔術がスムーズに発動するのか、やって見せてくれ!」

 モッタも自分が精魂込めて造り上げたトレントの杖の性能が見たいようだ。


「はい、分かりました。ちょっと下がっていてください」

 アレクはモッタやカムラ、オウエンに少し下がってもらい、自分の背丈より少し短い杖を頭上に掲げた。

 トレントの杖はアレクが持ってもそれほど重さを感じない。

「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。防壁生成!」

 魔法陣が光り輝く、地面から塀がそそり立っていく。

 しかも魔力の消費が明らかに減っているのが分かるし、防壁の長さもいつもより長い。

「すごいです! 魔法の発動がとってもスムーズで、魔力の消費も少ないです!」

「がーっははは! そうだろ、そうだろ! 魔力消費低減、魔法威力向上の効果がある杖だ!」

 素直にすごいと思い、感謝をする。

 これで、防壁の建築とガラス製品の生産がさらに捗るだろう。

 欲を言えば、もっと早くでき上がってくれていたら、もっと早く防壁が完成しただろう。


 

お読みいただき、ありがとうございました。

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明日も更新します。

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