021_帝国の陰
「どうやって森を抜けるのですか」
「……知らない。そこまで知らされていない」
おそらく嘘は言っていないだろう。
クリパスは生粋の軍人で、情報操作ができるような柔軟さはないとマリアから聞いていたからできる判断である。
「森を抜けて侵攻してくる時期は?」
「……分からない」
嘘だと思った。少ない時間だが、クリパスと向き合って話をするうちに、アレクはクリパスの癖を見つけていた。
クリスは「人は嘘をつくとき、必ず何か特徴のある動きをする」と教えてくれた。
手で頭をかく、鼻の穴が開く、眉がぴくりと動くなどその人物特有のものが必ずあるはずだから、それを見極めることが交渉でも役に立つのだとクリスは言う。
マーロ合金を加工する時にマーロ合金が暴れるが、それに対応して魔力制御をするため究極ともいえる集中を経験しているアレクにとって、クリパスの特徴的な動きを観察するのは意外と容易かった。
その特徴をとらえたことで、今回のクリパスの回答が嘘だと思えて仕方ないのである。
「クリパスが侵攻時期を知っているのは、分かっています。正直に話さなければ、分かりますよね?」
アレクはカマをかけることにした。
「くっ……秋だ。収穫が終わった頃の予定だ」
クリパスは意外と簡単に折れた。あまりにも簡単にいきすぎてアレクのほうが拍子抜けしてしまう。
「森を抜けてくる部隊の規模は?」
「……細かいことは知らないが、おそらくは1000人規模だ」
これは嘘ではない。
色々と情報を引き出したところで、尋問を終えることになった。
「ありがとうございます。貴方のことは他の捕虜たちに何も言いませんから安心してください」
クリパスは少しホッとした表情をしたが、安心するのは早いだろう。
今の証言の真意をフォレストたちと話し合わなければならないが、帝国軍が森から侵攻してきてもいいように対策をするだろう。
もし帝国がクリパスから得た情報通りに森を抜けて攻め込んできたら、情報が筒抜けだったことが分かることになる。
その時に疑われるのは捕虜だった8人なのは言うまでもない。
捕虜が帝国に帰ることができたら、8人の捕虜がどのような扱いをうけるかは帝国次第である。
その後、捕虜全員の尋問を行ったアレクだったが、他の捕虜たちは最後まで何も喋らなかった。
ただ、質問に対して何も喋らないが特徴的な反応を見せる捕虜がいたことから、クリパスの証言の信ぴょう性は高いと考えている。
フォレストたちにクリパスから聞いた話の報告をするために、館に向かう帰路でカムラとオウエンに意見を聞いた。
「あの森を抜けてくるなど、にわかには信じられませんが……」
「何か策があるのでしょうか?」
2人はアレクの尋問に感心してはいたが、話の信ぴょう性については半信半疑だった。
「森を抜けるだと!? そんなことをすれば下手をすれば全滅の憂き目にあうぞ。よしんば森を抜けられたとしても兵が疲弊するはずだが……」
「お父様、帝国兵の心配ではなく、こちらの対策を考えるべきでしょう」
部屋の中にはフォレスト、リーリア、クリス、マリア、ウイル、そしてアレクの6人がいる。
ウイルは元々フォレストの従士だったが、今ではクリスの下で事務仕事をしている文官である。
「しかし1000人規模の帝国兵に攻められては、この町は持たないぞ」
町の周囲には木の塀はあるが、帝国軍の攻撃を防げるだけの防御力はない。
それに領主軍の数が圧倒的に少ないのだ。
領主軍は100人ほどしかいないので、十倍もの帝国軍に攻められては厳しい戦いになるし、仮に防衛に成功しても町には大きな被害が出るだろう。
「マリア、何かよい案はないか?」
デーゼマン家のリーサルウェポンであるマリアには神略というスキルがある。
この神略は知略系の最上位スキルなので、困った時のマリア頼みである。
「アレク兄様ががんばれば、それほど難しくない」
「僕が!?」
名指しされてしまったアレクは驚いた。
そして何をさせられるのだろうかと、戦々恐々である。
「帝国軍が森を抜けるのは魔除香を使ってだと思う」
「魔除香?」
アレクだけではなく、皆が魔除香とはなんだろうといった感じで呟いた。
「魔物の嫌いな臭いを出して魔物を遠ざける香」
「なるほど、それがあれば魔物の多い森を抜けてこれるわけなんだね」
魔除香は過去の賢者の開発したアイテムだが、今では作れる人材は皆無と言っていいだろう。
過去の賢者の知識は少し調べれば得られるが、生産するのが非常に難しいものが多いのだ。
もしかしたら帝国がその魔除香の生産に成功したのかもしれない。
そうだとすれば、森を抜ける作戦も十分に考えられるだろう。
「だけど、作るのはとても難しいから、用意できる数には限りがあるはず。1000人が限度なんだと思う」
マリアは過去の賢者の話を続けた。
その話によれば、魔除香の作成レシピの材料である薬草を手に入れるのが難しい。
マリアもその材料がどこにあって、どんな形で、どんな色なのか、さっぱり分からないのだ。
大事な部分が抜け落ちていて、さすがのマリアでもレシピをどうこうできないのである。
「森を抜けるのは大変。だから、装備は自然と軽装になる」
重装備での森歩きが兵士に負担をかけるのは、想像できる。
「それで、アレクに何をさせるのかしら?」
クリスは先を促した。
「防壁を造る。高さが最低10メートルの防壁」
「………」
土魔術で石の防壁を造るとマリアは簡単に言うが、ヘリオ町を囲む防壁を築くのにどれだけの時間がかかることか。
しかもヘリオの町だけではなく、周辺の村にも防壁を築くというのだから、アレクは気が遠くなる話だと思った。
「アレク兄様なら、大丈夫」
こいつ、こき使うな! というのが、その場にいた全員の感想だった。
マリアの案は、アレクがヘリオと2つの村に防壁を築き、フォレストとフリオは兵の練度向上、リーリアとロアは騎獣になる魔物の捕獲、クリスとウイルは兵の増員と装備の充実、カーシャとエリーは薬の備蓄という課題を出した。
「国軍に援軍を頼んでも、帝国軍が森を抜けてくるなんてことは非現実的だと一笑に付されるでしょう。それに受け入れられたとしても帝国軍はヘルネス砦とこの町へ二正面作戦のようですから、援軍を出してもらうのは難しいと思います。ですから、基本的には自衛するしかありません」
クリスがため息混じりに締めくくった。
「「「「「……」」」」」
ヘルネス砦には守備軍と騎士団が常駐している。
森を抜けてくる帝国軍はあくまでも別動隊であり、本体はヘルネス砦へ侵攻する予定なので、援軍は期待できないと思っていたほうがいいだろう。
「マリアが言うように皆でこの危機を乗り越えましょう!」
会議は終了した。
いくらアレクの魔力が多くても、ヘリオと2つの村の防壁を築くのは大変なことである。
この日よりアレクは地獄のような魔力枯渇の日々を送ることになった。
そして、クリスはどうやって費用を捻出したらいいか、頭を悩ますのである。
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