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アレクサンダー英雄戦記 ~最強の土魔術士~  作者: 大野半兵衛
三章

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020_帝国の陰

 


 町中は平和なものである。帝国兵が近くにまで入り込んでいたとは思えない。

 アレクたちは帝国兵を収容している軍の施設に向かった。

 帝国軍は50人規模の部隊を送り込んでいた。

 通常はこの領地より東にあるヘルネス砦が帝国軍を防いでいるが、50人規模で小回りの利く今回のような部隊が夜陰に紛れて侵入してくると、全てを防ぐことはできないのが今回の件で分かった。

 それでも、今までこの領地へ帝国兵が隠密裏に入り込むことはなかった。

 少なくともそのような資料は残されていない。

 現在はヘルネス砦の国軍、そして外交官を通して、今回捕虜にした8人の兵士の扱いについて交渉をしている。


 領主軍の施設へ到着すると部隊を預かる隊長が挨拶に出てきた。

「むさ苦しい場所で、申し訳ありません」

 領主軍に在籍している兵士はほとんどが男性なので、男性特有の汗と何かが混ざったような臭いがする。

「ここにいる護衛の2人もそうですが、貴方たちがいたから僕はこうして生きているのです。そのようなことを気にしないでください」

 隊長に案内してもらって、捕虜が収容されている区画へ赴くと、捕虜は2つの檻に分けて収容されていた。

 檻は決して清潔な環境ではなく、なんとも言えないすごい臭いがした。

 この帝国兵によって、アレクの護衛をしていたウラフとセマレスが殉職し、60人ほどの開拓村の人々も皆殺しにされた。

 やるせない気持ちがアレクの胸に広がっていく。


「貴方たちの目的はなんですか?」

 取調室で比較的若い20代後半に見える帝国兵の1人に尋問をする。

 何度も同じ質問が繰り返されているが、アレクとしては初めての質問である。

 報告書では彼ら8人の帝国兵は所属と名前以外は何も喋らないとある。

「……」

 だんまりだ。いいだろうとアレクは自分にできる尋問をすると決めた。


「貴方の名前はクリパス・カナデン。所属は帝国南方方面軍第三軍」

 ここまでは資料に記載がある。他の7人も同じで名前と所属しか喋らないのだ。

「家族は両親と兄1人、姉1人、弟1人、妹2人ですか。僕も6人姉弟ですから、一緒ですね」

 兵士が目を大きく見開いた。


「へー、代々軍人一家なんですね」

 これは帝国に忍び込んでいるリーリアの仲間(舎弟ともいう)からの情報である。

 残念ながら他の7人の情報は得られていないが、目の前ににいるクリパスという兵士の情報だけはなんとか入手できたのだ。

「喋らなくてもいいので、僕の話を黙って聞いてください」

 クリパスが動こうとしたので、兵士が押さえつける。

「ぐ、放せ!」

 机の上に頭を押さえつけられて身動きができないが、クリパスの抵抗は激しい。


「カナデン、いえ、クリパスと呼ばせてもらいますね」

 クリパスはなおも抵抗する。

「気やすく名を呼ぶな!」

 威嚇するが、アレクは無視して先を続ける。

 チンピラに殺されかけた後からアレクの心の中に黒いものができ始めた。

 そして今回、帝国軍に殺されかけられたアレクは、はっきりとではないが敵に対する寛容さが明らかに薄れている。

 また、60人もの領民の死を前にして領主の嫡男としての責任感も湧いてきている。

 心の優しい少年でも怒りに身を焦がすこともあるのだ。

 目の前の帝国兵になぜ容赦しなければならない? なぜ情けをかけなければならない? そんなのクソくらえだ。

「僕には貴方のことが手に取るように分かります。そして貴方が話してくれなければ他の方に聞くまでですが、2人目の方が話してもいない自分の情報を持っていたらどう思うか楽しみですね」

 アレクの言葉にクリパスは何を言っているんだ? といった表情をした。


「分かりませんか? 僕の尋問は貴方が最初なんです。2人目、3人目の人には貴方が喋ったと言って話を聞きます。するとどうなるでしょうか?」

 クリパスの顔が青ざめていく。

 デーゼマン家が掴んだのはクリパスの情報だけで、それ以外の捕虜の情報は一切ない。しかし、クリパスはそのことを知らないのだからこれはアレクのブラフである。

 今までのアレクだったらこういった騙しあいをするような性格ではなかったはずだが、死の淵までいったアレクは何かを悟ったのか、それとも地獄の鬼に魅入られたのか、クリパスを見る瞳が怪しく光る。


「さらに、貴方は他の帝国兵とは隔離します」

 アレクは笑みを浮かべてクリパスになおも話しかける。

「つまり、クリパスが裏切って帝国の情報を話したと、他の捕虜は思うでしょうね。クリパスが潔白を主張しても、仮に自害しても他の捕虜が捕虜交換で国に帰れば、クリパスのことが報告されて売国奴としての汚名だけが残ります。軍人の父親と兄、そして弟は肩身が狭い思いをしますよね? 下手をすれば軍を追い出されたり、裏切り者の家族として処罰されることもあるでしょう」

「そんなことできるわけがないだろ!」

 クリパスは気丈にも噛みつくが、一時の勢いはない。

 しかし、60人以上もの領民を殺されて、護衛の二人を殺されて、自身も死の間際まで追い込まれたアレクは、クリパスに手心を加える気はない。

 これがアレクだけのことであったら、アレクもクリパスの尋問を買って出たりしなかっただろう。

 だが、今のアレクは領民を殺され、家臣を殺された貴族としての義務感が顔を出しているのかもしれない。


「貴方がどう思うかではなく、他の帝国兵がどう思うかですよ。ふふふ」

 アレクが悪い顔をしている。

 今回、最初の尋問にクリパスを選んだのには理由がある。

 クリパスの情報を得られたということが一番大きな理由だが、クリパスは軍人一家で生まれ育った生粋の軍人である。こういった人物は死を恐れることはないが、名誉が汚されることには滅法弱いのは王国も帝国も同じなのだ。

 つまり、クリパスは汚名が残るのを一番嫌うタイプの人物なのである。

 だんまりを通して死刑になるのは彼にとって名誉なことだろうし、死刑はなくても捕虜として交換される可能性は高い。

 しかし、アレクはそれを許さない。クリパスの名誉を重んじる気などないのだ。

「今、洗いざらい全てを話してくれたら、他の帝国兵にも尋問をして貴方が喋ったということは内緒にしてあげますよ」

 クリパスは悔しそうに歯噛みする。


「……分かった……何が聞きたいんだ?」

 観念したようだとアレクは内心ガッツポーズをしたが、アレクには守るべき名誉などないと自分で思っていることから、こんなことで落とせることに驚きである。

 今回の裏にはマリアのアドバイスがあり、アレクはマリアの恐ろしさを再認識した。

「帝国が部隊を送った今回の目的はなんですか?」

「……威力偵察だ」

「威力偵察? ヘルネス砦ではなく、このヘリオの町に?」

 アレクは素直に不思議がった。こういうところは経験の浅さが出てしまう。

 もしクリパスが情報操作に長けていれば、こういったところにつけ込む隙を見つけていることだろう。


「ヘルネス砦ではなく、なぜこの町に威力偵察をする必要があるのですか?」

 帝国からすればヘリオの町はヘルネス砦を通過しなければ侵攻できない場所にある。

「よくは知らないが、森を抜けると聞いた」

 森とはヘリオよりも北にあり、帝国との国境となっている森のことだろう。

 しかし、あの森には多くの魔物が生息していて、とても行軍できるような場所ではない。

 魔物を駆除しながら行軍することも考えられるが、行軍で兵が疲弊してしまうのが容易に想像できるし、森の中であまり騒ぎを起こせば王国側のデーゼマン家に知られてしまうので、現実的ではない。


 

お読みいただき、ありがとうございました。

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