017_帝国の陰
「前方に敵影発見!」
ウラフが戻ってきた。
「盗賊か!?」
カムラが問いただす。
「帝国兵です!」
「何っ!?」
ウラフの言葉で護衛たちが一瞬固まった。
帝国と言うのはテルメール帝国のことであり、このソウテイ王国とは犬猿の仲の国だ。
帝国とは毎年のように小競り合いをして、十数年に一度は大きな戦いもある。
昨年末、フォレストが戦功をあげたのも帝国との戦争である。
その戦功があったからフォレストは貴族になり、この領地を拝領したのだ。
そしてヘリオ町の旧領主一族も帝国との戦いで、戦死者を多く出してしまい衰退した挙句に断絶してしまった。
因縁の深い相手である。
帝国との国境に近い地域なので、帝国との戦いは日常である。
そう頭では分かっているアレクだが、こんなところまで帝国兵が入り込んでいるとは思ってもいなかった。
この領地は帝国と国境を接しているが、帝国との間には森があって、これまでは直接的な侵攻は受けたことがないのだ。
帝国兵がこの場所に現れるには、ここよりも東にあるヘルネス砦を抜けてくるか、森を抜けるしかないが、森には多くの魔物が生息しているので、森を抜けるのは難しいのだ。
「数は!?」
カムラの声でアレクは我に返った。
今は帝国兵が入り込んだ経路を考えるよりも先にすることがある。
「およそ20!」
20対6。アレクとライスは除外だ。戦力にならないのはアレク自身が分かっている。
どう考えても数において圧倒的に不利である。
「後退する!」
「無理だ!」
オウエンがカムラの判断を否定した。
「サガン、どういうことだ!?」
「後ろには帝国の別動隊が迫っている! 前方の帝国兵を抜けて町へ向かった方がいい」
オウエンは風魔術を持っている。
風魔術は大気を伝わる音を増幅して聞くことができ、オウエンはその魔術で後方から迫る帝国兵の存在を知ったのだ。
「なっ!?」
カムラはそれで察したようだ。
「分かった! 前方の敵を突破する! 荷車は捨てていく。ハッタ、ジャンと御者を代われ。ジャンは馬に! 全力でアレクサンダー様とフリオ様をお護りするぞ!」
「「「「おうっ!」」」」
ライスのことは眼中になかった。
「まぁいいのですが……」
ライスは頬をかき、自嘲ぎみに呟いた。
荷車を捨ててアレクとライスの乗る馬車を護るように、カムラたちとフリオが展開した。
「フリオ!」
「大丈夫! 絶対に死なない!」
馬車の中にいれば矢程度ならなんとか防げると思ってアレクはフリオに声をかけたが、フリオは戦う気満々である。
優しいフリオが敵国の兵とはいえ人を殺せるのか、そしてフリオに人を殺させていいのかとアレクは自問自答する。
しかし、アレクたちが生き残るのにはフリオの力が必要だ。
それはアレクでなくても分かることだ。
こんな時、自分に戦う力があったらと、アレクは自分の無力さが嫌になる。
そこで、あることを思いついた。
「カムラ隊長! この場所に落とし穴を造っておきましょう! そうすれば、少しは時間が稼げるはずです!」
アレクのその提案はカムラに了承された。
マリアのおかげでかなり細かい制御ができるようになったアレクにとって、土魔術で落とし穴を造るのはそれほど難しくない。
アレクはすぐに落とし穴を設置した。
動き出した馬車の中でため息を吐いたアレクはライスと目が合った。
ライスは青白い顔をして相当緊張している。それはアレクも一緒である。
「大丈夫、僕たちは生き残ります。そう信じましょう」
「……はい」
ライスは消えてなくなりそうな声でアレクの声に返事をした
敵が見えてきたところで、御者をしているハッタ・モッタは馬車のスピードを上げた。
「カムラ隊長、少し右へ」
「右に何かあるのですか?」
アレクは土魔法で感じた振動で左の方に多くの帝国兵がいるのが分かったのだ。
不思議そうな顔をするカムラだが、ここで詳しく話している暇はない。
「一番手薄な場所です」
「そんなことが!? ……ええーい、ハッタ右だ、右に寄せろ!」
カムラはアレクの言う通りに進路を少し右に修正した。
馬車が走っているのとは違う音がした。
アレクはすぐに矢が飛んできて馬車に刺さったのだと理解した。
一番前を走るジャン・セマレスが盾を構えて馬を走らせる。
セマレスは先ほどまで馬車の御者をしていた大柄の兵士だ。
アレクには無事に乗り切ってほしいと祈るしかない。
道から少し外れたことで馬車が跳ねながら走る。
アレクとライスは必死に馬車にしがみついて、馬車の振動に耐えた。
「あ、アレクサンダー様……」
ライスがとても不安そうにアレクに声をかけた。
アレクも不安だが、アレクは領主の息子だから気丈に振舞わなければというその一心でライスに言葉をかける。
「大丈夫! 僕たちは必ず生き残ります!」
「は、はい」
馬車の外から聞こえてくる喧騒が大きくなっていく。
矢の間合いから剣の間合いに変わったのだ。
馬車は相変わらず跳ねまくり、アレクとライスは生きた心地がしない。
どれだけ時間が経ったのか分からないが、喧騒はまだ続いてる。
不安で仕方がない。正直言ってとても怖い。
アレクの手汗が止まらない。恐怖で気がおかしくなりそうだ。
だが、馬車の外では皆がアレクを護るために必死で戦っている。
そのことを考えたら、護られる側のアレクが泣き言を言うわけにはいかないと、必死で歯を食いしばる。
今のアレクにできることは、恐怖に耐えることだけである。
気づくと喧騒が遠のいていた。
アレクが助かったのかと思ったその時だった。
全身を痛みが貫き、肺の中の空気を全て吐き出したかのような息苦しさを感じ、意識を失った。
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