016_帝国の陰
アレクは6日かけて町の周辺にある農地を検地した。
本来は予定になかったが、思ったよりも早く検地が終わったので、ヘリオの町から離れた開拓村を回ることにした。
「明日から開拓村を回ってこようと思うよ」
「それならフリオだけでは大変ね。お父様、護衛の兵を出してください」
「そうだな、手配しておく。明日の朝一番に出発でいいな?」
「お願いします」
開拓村を回ると3日から4日かかる見込みだ。
翌朝は荷車と馬車を1台ずつ用意して領主館を出た。
フリオは馬に乗ったことがないが、フリオならすぐに乗りこなせるだろうとフォレストがフリオ用の馬を用意したが……。
「……本当に馬に乗るのは今日が初めてなの?」
「兄さんだって知ってるじゃないか。今日が初めてだよ!」
フリオの騎乗姿は威風堂々としたものであり、武聖は伊達ではないようだ。
アレクは馬車に乗って最初の開拓村に向かった。
馬車の周囲では馬に乗ったフリオと、フォレストが用意した3人の兵士が護衛をしている。
馬車の御者と荷車の御者もいるので、護衛の兵士は全部で5人になる。
アレクは馬車の中でこれからいく開拓村のことをライスから聞いていた。
「魔物です!」
馬車より少し離れて先行していたハッサム・ウラフが踵を返して戻ってきて、護衛たちの隊長であるセンジ・カムラへ魔物の発見を報告した。
「グラスホース、数1、距離200」
「あっ! それ、僕が捕まえます!」
「「「「「え?」」」」」
フリオがグラスホースを捕まえると言うと、護衛の兵士たちが驚いた顔をした。
グラスホースは馬の魔物なので、捕まえて調教すれば騎獣として使えるが、野生の魔物を捕まえるのは難しいのだ。
捕獲や罠のようなスキルがあれば別だが、今日初めて馬に乗ったフリオが捕まえられるものではないと皆思ったのだ。
「フリオ様、危険ですぞ」
「大丈夫だよ! 兄さんをお願いね!」
そう言うとフリオは馬の腹を蹴り走らせた。
カムラは追いかけるべきかと迷っているようだ。
だが、彼らの護衛対象はアレクであり、フリオは対象ではない。
護衛対象を放置して、非対象を助けにいくのは、任務放棄になるのだ。
「フリオなら大丈夫ですから……」
アレクが苦笑いをしながらカムラにそう言うと、カムラも微妙な顔で返した。
10分後、フリオはグラスホースに乗って帰ってきた。
「………」
カムラたちは「本当に捕まえてきたよ……」と呆れていたが、アレクはこうなると分かっていた。
フリオなら魔物でもねじ伏せるだけの力があるし、それ以前に心がとても澄んでいるフリオは動物に好かれるのだ。
フォレストやリーリアの脳筋の部分を受け継いだようなフリオだが、その心の優しさはアレク以上だと家族にも思われている。
「兄さん、見てよ! 立派なグラスホースだよ!」
今までフリオが騎乗していた馬よりもはるかに大きな馬の魔物である。
「む~? これはグラスホースではなく、バトルホースではないか?」
荷馬車の御者をしていたハッタ・モッタというドワーフの兵士がそう言うと、他の兵士も「そうかも」と言い出した。
アレクもグラスホースよりも大きいような気がしていた。
「たしかに、それはバトルホースですな」
ライスが頷きながら魔物をバトルホースだと断じた。
ライスは測量の他に魔物鑑定を持っているので、フリオが捕まえてきた馬の魔物がバトルホースだと確定した瞬間である。
「それは子供のバトルホースみたいですね」
ライスがそう言うと皆がなるほどと納得した。
「まったくお前はバトルホースとグラスホースの見分けもつかないのか!?」
狼の獣人で斥候のウラフが皆に責められるが、じゃれ合っているようなものである。
フリオは毛布をバトルホースの背に乗せて、その上に跨った。
馬体が大きいので普通の馬の鞍が使えなかったのだ。
それでもバトルホースを意のままに操っているように見える。さすがは武聖である。
しばらくすると最初の開拓村が見えてきた。この開拓村の人口は70人ほどだ。
5年ほど前に開拓が始まった場所で、今も農地が広がっている。
ライスは毎年この開拓村に徴税官として訪れているため、この開拓村のことをよく知っていた。
「これはライス様、今日はどのような御用で?」
開拓村から初老の男性が出てきてアレクたちを迎え入れた。
「こちらは新しくお越しになった、ご領主様の御子息であられるアレクサンダー様だ。今日は視察に参った。アレクサンダー様、この者はこの開拓村の長でベナスで御座います」
ベナスは急いで頭を地面につけた。
最近はこのような対応をされるのに慣れてしまったアレクである。
王都では平民上がりの成り上がり者のデーゼマンと言われていたが、騎士というのは貴族ではない。
だから騎士フォレストの息子であるアレクに対して、地面に頭をつけてくる者はいなかった。
「立ってください。そういうのはいいですから」
アレクが言っても聞いてくれないので、ライスの登場である。
ベナスを立たせて開拓村の案内をしてもらう。
その後、検地を行うと昨年の面積から少し増えていた。
開拓村なので、農業の閑散期である冬から春にかけて開墾するためだ。
それほど広くないので、この開拓村の検地を終えたアレクたちは次の開拓村へ向かった。
その日の内に次の開拓村へ到着したので、その夜はその開拓村の長の家に泊めてもらうことになった。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、このようなあばら家なので、かえって申し訳ないと思っております」
長はにこやかに対応をしてくれた。
開拓村はそれほど裕福ではないが、できるかぎりの歓待も受けた。
アレクは本当にありがたいことだと感謝している。
昼前には検地を終えて開拓村を出たアレクたちは、数度魔物の襲撃を受けたが午後の遅い時間に3つ目の開拓村へ到着した。
魔物の襲撃で時間を食ってしまい、予定よりも少し遅い到着になった。
しかし、そこでアレクたちが見た光景は凄惨なものだった。
「アレクサンダー様、この開拓村には60人ほどが住んでいましたが、この状態では……」
3つ目の開拓村は焼け野原になっていただけではなく、村人は皆殺しにされていたのだ。
ライスが言いよどむほど、酷い状態である。
フリオを見ると唇を噛んでいた。フリオは優しい子だから、こんな光景を見せたくはなかったと、アレクはフリオを連れてきたことを後悔した。
武において最高のスキルを持っていても、フリオはまだ12歳の心の優しい少年なのだ。
「盗賊のようです……」
茶髪で魔術剣士のサガン・オウエンが開拓村の中から戻ってきてアレクに報告する。
「まだ、それほど時間が経っていませんので、周囲に潜んでいる可能性があります」
ウラフがつけ加えた言葉で、緊張の度合いが増した。
「アレクサンダー様、いますぐヘリオ町へ戻りましょう!」
この領地は帝国との国境に近いため、兵士の巡回が頻繁に行われている。
それなのに盗賊が現れるということに、アレクは違和感を感じた。
しかし、実際に開拓村が焼き払われていることで、アレクはヘリオ町に帰ることにした。
「分かりました。急いで町へ戻って父に報告をしましょう!」
アレクたちは急いで町に向かうことにした。
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