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015_帝国の陰

 


 神帝暦617年5月。

 デーゼマン家の一行が領地であるヘリオの町に到着してから4日が経った。

 ヘリオの町は長閑な田舎町で、主産業は農業である。

 以前はガラス石の産地だったが、ガラス石が枯渇したことで今は農業以外の産業はない。

 ガラス石はガラス製品の材料になる鉱石で、このヘリオから産出されたガラス石が王都へ持ち込まれてガラス器になっていたので、当時は多くの人で賑わっていた。もう50年も前の話である。


 デーゼマン家が入居したのは、元々は領主であった八等勲民家の館である。

 館は小高い丘の上に建っていて、三階建ての石造りで遠目ではなかなか立派な館に見える。

 領主の血が絶え断絶してからは代官の居館だった。

 しかし、今はデーゼマン家の居館であり、よく見るとあちらこちら傷んでいるのが分かる。


 フォレストはこれからの仕事の振り分けを行うために、家族会議を開いた。といっても喋るのは主にクリスである。

「お父様は町中の治安維持と兵の把握に努めてください」

「うむ、任せておけ!」

 兵士のほとんどは以前この町を治めていた領主家の家臣だ。

 残念ながらフォレストの目からは練度が低いように見えるが、その分鍛えがいがあるとフォレストは怪しく笑う。


「お母様とロアは町周辺の魔物の駆除を」

「あいよ!」

「任された!」

 戦闘がしたくてうずうずしているリーリアとロアには魔物駆除が任された。

 町中でこの2人に何かをさせても、上手くいかない気がしたクリスの策である。


「アレクは農地の検地ね」

「うん、分かったよ」

 代官から引き継がれた書面にある、耕作地の把握がアレクの仕事だ。

 耕作地は石高に直結することから、検地はデーゼマン家の収入に直結する仕事だ。

「フリオはアレクの護衛よ」

「兄さんは僕がしっかりと護るよ!」

 兄のアレクが戦闘には不向きなので、12歳の弟に護られることになった。

 だが、フリオならしっかりとアレクを護ってくれるだろう。頼もしい弟である。


「カーシャ母様とエリーは薬草園の候補地の確認を」

「分かったよ」

「はい」

 カーシャの薬は王都で高値で売れる。デーゼマン家の財政を支える柱になるだろう。

 エリーはカーシャの下で薬剤師の修行をしていることから、薬草を育てるところから色々と学んでいるのだ。


「マリアは魔術弾の生産を進めてちょうだい」

 魔術士でもない者でも魔術を発動させることができる魔術筒という武器があるが、その魔術筒を使うには魔術弾が必要である。

 アレクがマーロ合金を造った後、マリアがアレクに新しい課題を与えたのがこの魔術筒である。

 魔術筒はそれだけではただの筒であり、魔術を使うためには魔術弾という弾が必要なのだ。

 魔術筒は検地が済めばアレクが製造するが、魔術弾はアレクでは製造できない。

 いや、土属性の魔術弾であればアレクでも製造できるが、魔術筒のいいところは色々な属性の魔術を誰でも発動させられるところだ。

 そのためには全ての属性を使えるマリアの魔導が必要なのだ。


「面倒……」

 マリアは相変わらずである。

 だが、こう言っていてもやるべきことはしっかりとやるのがマリアである。

 その点においては、家族のマリアへの信頼は厚い。

「もう、マリアはいつもそうなんだから!」

 クリスのお小言が始まった。いつもの風景なので誰も何も言わない。

 魔術筒は鍛冶師であれば造れるが、魔術弾の製造は魔術士でないとできない。

 しかも、かなり精密な魔術の制御が必要になるため、魔術弾を造れる魔術士は決して多くない。

 そのため、魔術筒と魔術弾はほとんど流通していないのが現状であり、王国の一部の部隊には配備されていると噂されているが、噂レベルでクリスでも確認はできていない。

 この魔術弾を量産すれば、王国軍に売り込めるとクリスは考えているのだ。王国軍がダメでも魔術筒と魔術弾をほしがる貴族は多いだろうし、兵数の少ないデーゼマン家に配備すれば数を質で補えると考えているのだ。


「私は館で書類の整理をするわ」

 マリアへのお小言が終わると、最後にクリスが自分の仕事を発表して家族会議は終了した。

 クリスの仕事が書類仕事で楽をしているんじゃないかと思う者もいるかもしれないが、この書類仕事がどれだけ大変か、デーゼマン家の者は分かっている。

 それに、書類仕事をできるのはクリスだけなのだから、文句を言えるわけもないのだ。


 家族会議後、クリスが用意した資料を受け取ったアレクは、まずはその資料に目を通した。

 この資料によればこの町の石高は5400石、デルマン村は500石、三つの開拓地は合わせて180石ある。

 領地持ちの貴族は石高の1割を国に納めることになる。

 実際の石高が資料にある石高であればいいが、少ないとデーゼマン家の持ち出しになってしまう。

 あまりにも酷い不作なら別だが、豊作や不作でも国への上納米の量は常に登録された石高の1割なのだ。


「フリオ、行こうか」

「うん!」

 アレクはフリオを連れて農地を管理しているライス・フィールドの元を訪れた。

 40歳前後のぽっちゃり体型の旧領主家に仕えていた男性だ。

 旧領主家が断絶した後は代官の下で働いていたので、ヘリオの石高に最も精通している人物だ。


「これは、アレクサンダー様、フリオ様」

「これから検地に向かいます。同行していただけますか?」

 アレクとフリオの方が年下だが、ライスはデーゼマン家の家臣なのでアレクやフリオにも丁寧に接する。


 騎士や従士たちはフォレストの騎士団時代からの部下だったので、アレクが小さいころから知っている者が多いが、ライスはこの町の生まれなのでつき合いはたった4日である。

 フォレストの勇名は聞いているが、領地の統治能力は海のものとも山のものとも分からないデーゼマン家に仕えるのだから、不安があって当然である。

 その不安をおくびにも出さないライスは人当たりがいい。


「分かりました。準備いたします」

 額に汗をかき、その汗を拭いながら話すのはライスの体質と癖だが、アレクたちはそれを知らない。

 旧領主家から代官を経てデーゼマン家に仕えるようになったが、このライスは目上の者だけではなく、目下の者にも気遣いがすぎる人物だ。

「はい、お願いします」


 館を出て町中を通り、農地があるエリアに出る。

 町の周囲には塀が造られているが、その塀は魔物や敵兵を防げるのか不安になるものである。ただ、農地には塀はないのだから、塀があるだけマシかもしれない。

 今はちょうど田植えの季節であり、多くの農民が水が張られた水田に出て農作業をしている。


 アレクたちの姿を見た農民が、農作業の手を止めて頭を地面にこすりつけるように挨拶をする。

「あ、あの。僕たちに構わず農作業を続けてください」

 アレクがこう言っても農民たちは地面付近で顔を見合わせてどうしようといった感じだ。

 下手なことをして手打ちにでもされたら、泣くに泣けない。


 アレクとフリオは顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。

 アレクがライスに「なんとかしてよ」と視線を送ることで、ライスがアレクの意をくんで農民たちに言い聞かせた。

「ありがとうございます。ライスさん」

「いえいえ、このていどのことでよろしければ、はい」

「じゃぁ、さっそく始めましょうか!」

「うん!」

「はい!」


 検地は一定間隔に目印のついた丈夫な紐を伸ばして距離を測るのが一般的だ。

 しかし、ライスのスキルに測量というものがあり、測量で農地の大きさが分かる。

 測量は距離を測るスキルなので、一気に面積が分かるわけではなく、計算をしなければならないが、正確に田んぼの面積を求めることができるのだ。

「ライスさんの測量だと、この田んぼの面積はどれほどですか?」

「は、はい。少々お待ちを……」

 ライスさんはジーっと田んぼを見つめてブツブツと呟いています。


「お待たせいたしました。この田んぼですと、103メートルと98メートルですから、1万94平方メートルです」

 すると、アレクも魔術の詠唱をしだした。

「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。距離把握!」

 土魔術には測量と同じように距離を測る魔術があって、これは土属性ならではの魔術である。

「僕も103メートルと98メートルです。ありがとうございます」

「い、いえ……」

 これはライスの申告が正しいのか確認する行為ではなく、土魔術の距離把握の使い勝手を確かめるための行為である。

 ライスとしては気分のよいものではないが、これまで測量のスキルを持った人物がアレクの周囲にいなかったので、今回は距離把握の精度を知るのにちょうどよかったのだ。

 それに、ライスの測量の精度を知ることができて、安心もできた。

 また、ライスの人柄はよさそうだが、全てライスの言うことを鵜呑みにしてクリスに報告をするわけにはいかない。

 そんなことをして、クリスにそのことが知られたら、お小言をもらってやり直しになることが分かっているからだ。


 

お読みいただき、ありがとうございました。

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