013_伝説への一歩
「お父様、あと何日くらいで到着するのですか?」
「ん、そうだな……あと2日でアムンゼンに到着するだろうから、そこからさらに1日だな。疲れたのか、クリス」
まだ領地に到着はしていないが、クリスは領地経営に関する事務仕事を任せられている。
それは王都での物資の調達をウイルと2人で行っていたことからも、能力を証明している。
サラサラの金髪とブラウンの瞳のクリスは「容姿はバラの花のように美しいが、口を開けばバラの棘のようだ」と評されるほど気が強い女性だ。
クリスの機嫌を損ねると雨あられのように心を抉る言葉を延々と聞かされる羽目になる。
おかげで王都にいる時は何人もの人が心の病になりかけたほどだ。
しかしクリスは決して理不尽なことで、そのようなことはしない。
クリスの怒りを買うにはそれなりの理由が相手にあるのだ。
むしろクリスは一部の弱い立場の者からは頼られていたのである。
そんなクリスも今年で16歳になり結婚適齢期を迎えているが、その気の強さからか求婚は今のところない。
本人にもその気はないように見える。
余談だが、薬屋を手伝っていたクリスは、とても見目麗しい少女で見るだけなら目の保養になっていたことから、見学者は多かった。
「クリスでも泣き言をいうのか?」
フォレストが珍しいなと、にこやかに話しかけた。
長女だからかフォレストはクリスをとても頼りにしているところがあるのだ。
「泣き言ではありません。退屈なだけです」
「クリス姉さんでも退屈するの?」
「私でもって何よ、エリー」
エリーは美人のクリスとは違い銀髪碧眼の可愛い系の15歳だ。
回復魔術・薬学・観察というスキルを持っていて、カーシャに師事して薬師としての道を進んでいる。
「退屈なのは同意するよ。暇で仕方がないから」
割って入っていったのはロアだ。
次女のエリーと三女のロアは双子で顔立ちは一緒だが、肌の色で区別がつく。
ロアの小麦色の肌と違ってエリーは雪のように白い肌である。
ロアは小麦色の肌でも分かるように活発なアウトドア派少女だ。
いつも王都近くの森などで狩りをしていたので、デーゼマン家の食事は肉類が多かった。
ロアはなんとスキルを4つも持っている。
3つ持っているだけでも多いと言われるこの世界で、4つは本当に珍しい。
ロアのスキルは弓術・視力強化・罠・気配遮断と完全に狩人向きの構成だ。
「でも、あと3日もあると思うと暇だよね」
次男のフリオは今年で12歳になる心優しい少年だ。
父のフォレスト譲りの綺麗な金髪で、武においてもフォレストを凌駕するほどのスキル構成だ。
年齢が若いことと戦いの経験がないことでフォレストにはまだ及ばないが、いずれフォレストを追い越すと思われている。
「フリオ、何か面白いこと言って」
「無茶言うなよ、マリア」
フリオに無茶振りしたのはデーゼマン家のリーサルウェポンであるマリアだ。
マリアのスキルは2つだけだが、その2つがぶっ壊れスキルである。
マリアのスキルは神略と魔導で、マリアを怒らせたら町1つが跡形もなく破壊されるだろう。
フリオとは双子の姉弟だが、フリオが髪の毛を伸ばしたらマリアになるかと言うと、そうではない。
双子だが顔はあまり似ていないし、性格もおっとり型のフリオに対して、マリアは好き嫌いがはっきりした性格で面倒くさがりやだ。
だが、マリアが心根の優しい少女だと家族全員が知っている。
「マリア、あんたいつもフリオをからかって」
クリスがマリアに食ってかかろうとした。
長旅で暇だからこうやってじゃれあって時間を潰しているのだ。
「およしっ!」
おっと、ここで6人姉弟を生んだリーリアが登場した。
「アンタたち、そんなに体力が余っているなら外で走ってきな!」
リーリアを知っている者は、みなこう言うだろう。「あいつは脳筋だ」と。
フォレストも脳筋だがリーリアはそれに輪をかけて脳筋だ。
元々は傭兵で戦場では『破壊の女帝』と言われていた頃のまま、今も脳筋だ。
アレクと同じ真っ赤な髪の毛だが、戦場では血に染まったように見えたとフォレストが語ったことがあった。
リーリアのスキルは槍術・奇襲・突破・索敵で、なんと4つもある。
滅多にいないスキルの4つ持ちがデーゼマン家には2人もいるし、よいスキルを持っている一族である。
土魔術が1つだけのアレクは気落ちしていたが、土魔術は決して悪いスキルではない。
ただ、使うのが難しくて、そのスペックを十全に発揮できない者が多かったことから、評価が低いだけなのだ。
マリアはそのことを知っているので、3年かけてアレクの可能性を伸ばしてきた。
最近ではそろそろ放置してもいいかと思っていたが、デーゼマン家が貴族になってしまったので、もうしばらく面倒をみようと考えを改めた。
なぜ貴族になるとマリアの教育が続くのか、それは戦争にある。
いずれデーゼマン家の当主になるアレクは戦争に駆り出されることになるだろう。
その時に、自分の身を護れるようにしなければならないと考えてのことである。
家を建てていればいい平民とは立場が変わってしまったのだ。
そんなアレクたちの親であるフォレストとリーリアの出会いは戦場だった。
フォレストは一目惚れだったが、リーリアはフォレストの強さに魅かれた。
結婚して20年ほどになるが、今でも2人はラブラブである。
特にフォレストはリーリアにベタ惚れなのだ。
リーリアが一喝したから、クリスたちのじゃれあいは終息をみせた。
「相変わらず騒々しい子らだねぇ~」
最後に登場したのはデーゼマン家の事実上の支配者であるカーシャだ。
当主のフォレストの母でデーゼマン家の長老だ。
リーリアは孤児だったことからアレクたちの母方の祖父母はいないし、フォレストは母子家庭だったので父方の祖父もいない。
「カーシャ母様も退屈だって言っていたじゃない」
アレクたちはカーシャのことを「カーシャ母さん」や「カーシャ母様」と呼んでいる。
もし「祖母」とか「おばあちゃん」なんて呼ぼうものなら、恐ろしいことになることを全員が知っている。
だからアレクたちは絶対に「カーシャ母さん」とか「カーシャ母様」と呼ぶのだ。
カーシャもスキルにおいては素晴らしく、栽培・薬学・回復魔術の3つを持っている。
しばらくすると泉に到着した。
枯れた赤茶色の大地の中にあって緑と綺麗な水を湛える泉には、野生の馬なども水を飲みにきていて、対岸に数頭の野生馬が見られた。
「お父様、あの馬を捕まえてきて下さい。開拓に使える馬は貴重です」
「む、そうか……分かった」
領地を拝領したのはフォレストだが、その統治にはクリスの力が必要なのは皆が分かっている。
気が強く判断力があるクリスは父であるフォレストでも顎で使うのだ。
フォレストは家臣筆頭の騎士ダンテ・ボールニクスと、他に3人の家臣を連れて野生馬の捕獲に向かった。
馬は主に隣国から輸入に頼っていて馬の供給量が少ないこのソウテイ王国では、各地の貴族が訓練も兼ねて野生馬や騎獣となる魔物を捕獲することが多い。
騎士団で鍛えてきたフォレストたちは、皆が野生馬の捕獲の経験がある。
馬は金になるので、貧乏騎士にはちょうどよい小遣い稼ぎにもなった。
ほどなくするとフォレストたちは五頭の野生馬を捕獲してきた。
アレクはともかく、フリオは間違いなく馬や魔物に跨って戦場に出るだろう。
もしかしたら、今回捕まえた馬がフリオの愛騎になるかもしれない。
フォレストたちが野生馬を連れて一行に合流するとすぐに出立することになった。
あまり長居をすると今日の目的地である村への到着が夜になってしまうからだ。
休憩もなく出立となったフォレストたちだが、騎士団で鍛えてきた者たちなので、このていどのことでは堪えない。
いずれにしろ、クリスは人使いが荒いのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
評価と応援メッセージ大歓迎です!
明日も更新します。