129_貿易
「殿、貿易船が寄港しました」
ライス・フィールドの息子で、新しく秘書官になったウィートが書類を持ってきて、アレクに報告した。
父親譲りのぽっちゃり体型で書類仕事は優秀だが、剣のほうはからっきしである。武官が重用される傾向にあるソウテイ王国だが、文官の重要性をしっかりと認識しているアレクは、人それぞれの持ち味を生かして働いてくれればいいと、カズンの後釜としてウィートを秘書官にした。
「ザミール級大型帆船と聞いているけど、どれほど大きいのかな?」
「私は内陸の生まれであまり船は見たことがないのですが、ザミール級大型帆船はとても大きく、王家が貿易にかける意気込みが伺い知れると思います」
ヘリオ町は海からは遠い場所にある。そのヘリオ町で生まれ育ったウィートが、貿易用の大型船の大きさを身振り手振りで表現するが、アレクにはさっぱり分からない。
「書類を処理したら見にいくから、そのように手配しておいて」
「承知しました」
昼過ぎにやっとのことで書類を処理したアレクは、港に寄港しているザミール級大型帆船を視察に訪れた。
「へー、これがザミール級大型帆船か。海を越えた貿易には、これくらいの船がいるのか……」
巨大な防壁や城を一瞬で築くアレクだが、そういった地上の建造物とは違ったザミール級大型帆船の大きさに圧倒される。
「殿」
ザミール級大型帆船を見上げているアレクに、護衛であるメンディス・デゼナンが声をかける。ハルバルト・デゼナンには三人の男子がいて、メンディスは一番目の子供だ。
今年で十七歳になるので、アレクのそばで勉強させてほしいとハルバルトが頼み込んできたため、護衛役にすることにした。
「どうした?」
「あちらから、武装した者たちが」
複数の武装した者たちが木で造られた桟橋の袂に集まっていた。
「あれは何者だ?」
訝しがったアレクが確認する。
「おそらく、地場のならず者の集団でしょう。雑魚ですよ、殿。ははは」
「こら、ゴディス! 殿に対して気安いぞ!」
黒髪藍目の彼はゴディス・デゼナン。ハルバルトの次男でありメンディスの弟で、共に獣人種犬族である。
その武は兄メンディス以上のものがあるともっぱらの噂で、メンディス同様アレクの元で勉強させてほしいとハルバルトが頼むので、護衛として使うことにした。
「兄者、細かいことを言うなよ」
この言動で分かるように、ゴディスの性格はややがさつである。ただし、アレクに対する忠誠心は、父ハルバルトにも負けないという自負がある。
「お前ってやつは!?」
「メンディス。言葉遣いはおいおいなおしていけばいい。それよりも今は彼らの確認を」
「はっ」
視察をあまり大袈裟にしたくないアレクは、メンディスとゴディス兄弟、そしてライム・フィールドを護衛として連れてきている。若い三人だが、護衛としては優秀だと思っている。
それに護衛ではないが、メイド服を着たラクリスもそばに控えているので、いざという時はアレクと共に戦場を駆けたラクリスが対処するだろう。
武装集団に近づき誰何するが、メンディスが若いこともあって男たちは下卑た笑みを浮かべた。
七人いる武装集団の一人が、メンディスの後方にそろりと回り込むと、剣を抜いて切りかかった。意表を突かれたため剣がメンディスに迫るが、届くことはなかった。
「貴様ら!」
「ちっ!」
大量の土砂に埋もれた男に気づいたメンディスは、剣を抜き残りの六人と対峙する。
もう分かったかと思うが、メンディスの後ろから切りかかった男は、土魔術を行使したアレクによって大量の土砂の下敷きになったのだ。
「まさに土砂降りですね」
ライムが呟いた言葉はラクリスの耳にしか聞こえていない。
そのライムだが、アレクの前に出て剣を抜いて周囲を警戒している。
ゴディスは男が剣を抜いた瞬間に飛び出し、兄メンディスと共に男たちに躍りかかり、一気に二人を無力化している。
町のならず者と父ハルバルトに厳しく訓練を受けてきた兄弟では、数の差があっても問題なく無力化ができた。
「兄者、後ろを取られるなんて、修業がたりないぜ」
「うっ……。油断した」
「親父に知られたらどやされるぞ。ははは」
「………」
二人にとってハルバルトは尊敬する父であり、厳しい教官である。
「二人とも大丈夫か?」
「はい。助けていただき、感謝します」
メンディスが深々と頭を下げて、アレクに感謝する。
「さすがに、いきなり切りかかるとは思わなかったので、間に合ってよかったよ」
「殿、兄者が世話になりました」
ゴディスも深々と頭を下げる。この二人は生真面目とがさつの真逆の性格だが、仲のいい兄弟である。
騒動を聞きつけて兵士が駆けつけてきた。
「こ、これは領主様!」
隊長がアレクに敬礼すると、他の兵士たちもそれに倣う。
「彼らは殿を襲った重罪人である。厳しく詮議し、速やかに背後関係を明らかにするのだ」
ライムが隊長に指示を与えると、兵士たちが六人を縄で縛る。
「隊長。そこの土砂にも一人埋まっているぞ」
「え、あ、はい。承知しました」
兵士たちが大量の土砂を掘っていくと、男が出てきた。土砂に埋もれて窒息寸前だったが、辛うじて生きていた。
兵士に連行されていく男たちを見送り、アレクはなぜ襲われたのか考えた。
「彼らは僕たちを襲って、何がしたかったのかな?」
「おそらくですが、この港の使用に関する縄張り争いではないでしょうか?」
「ライム。それはどういうこと?」
「ギャング同士が、港の縄張り争いをしていると聞きます。この港はギャングたちにとっても金のなる木なのです」
「でも、僕を襲う意味は?」
「我々は殿を含めて皆若く、御しやすいと思ったのかもしれません」
「ああ、皆若いね……」
アレクは皆の顔を順に見ていく。この中で最も年齢が高いのは、実を言うとラクリスである。アレクより二歳上で、今年二十二歳になる。そして、護衛の三人は皆二十歳になっていない若者ばかりである。
「年齢が高い者を連れて歩いたほうがいいかな……?」
<出演者>
ウィート・フィールド(ライスの嫡子、新秘書官、二十歳)
ライム・フィールド(ライスの次男、護衛、十八歳)
メンディス・デゼナン(ハルバルトの嫡子、護衛、十七歳)
ゴディス・デゼナン(ハルバルトの次男、護衛、十六歳)
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