012_伝説への一歩
神帝暦617年3月。
大粒の汗を額に浮かべているのは、アレクである。
先ほどから魔法陣は発動するが、全て不発に終わっている。
今回、マリアから出された課題は鉄のインゴット、銀鉛のインゴット、ミスリルのインゴット、そして炭の粉を混ぜて合金を造れというものだ。
「均一に馴染ませるイメージが大事。おわり」
相変わらずマリアのアドバイスはそっけない。
そんなマリアに手本を見せてくれと言ったら、一発で成功させてしまったのでアレクは絶句した。
マリアは本当に天才なのだ。
「マリアは天才。だけど、アレク兄様は人外。自信持つ。おわり」
アレクは自分自身のことを天才というマリアの図太い精神に呆れ、何をもって自分を人外と言うのか分からなかった。
人外というのはマリアのような存在であって、決して自分ではないとマリアの言葉が不思議でならないアレクである。
しかし、金属の加工は土魔術なので、マリアであっても負けてはいられないと、アレクは合金の製造に集中する。
「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。合金生成!」
魔法陣が光を放ち回転する。ここまでは順調だ。
回転が早くなる。今までならここで失敗していたが、今回はまだ大丈夫だ。
「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。合金生成!」
ここでイメージを魔法陣に伝えるように再び詠唱をする。
今までは4つの材料が混ざることもなかったが、今回は混ざっていく様子が見えた。
「いけ!」
魔法陣がゆっくりと霧散すると、そこには1つの塊ができていた。
「………」
アレクは目を見開き、その塊を見つめている。
「失敗。まったく均一じゃない。四色団子の方が美味しそう。おわり」
4つの素材は1つに固まったが、残念ながら4つの層がはっきりと見えている。
これでは固まっただけで、合金とは言えるものではない。
アレクはガクッと肩を落とした。
「進歩している。その調子で努力する。おわり」
たしかに今までは塊にもならなかったのだから、進歩だろう。
「くそー! でも、マリアの言ったように進歩だ! がんばるぞ!」
「がんばれ、アレク兄様」
アレクは鉄、銀鉛、ミスリル、炭の層になった塊を見つめて集中力を高めた。
「天の理、地の法、我が御魂を捧げるは煌く神也、我が望むは土の神ノマスの加護也、我の血肉を捧げ其を顕さん。合金生成!」
腐らずに何度でもチャレンジするその姿勢こそアレクの持ち味だ。
そして、何度でもチャレンジできる圧倒的な魔力こそが、アレクの人外さである。
マリアはアレクの素質を正確に見抜いていた。
魔導という魔術系最上位のスキルを得たマリアでも、魔力の多さはアレクに勝てない。
アレクにとって魔力の多さが何よりの財産であり、武器なのだ。
さらに失敗しても成功するまでやり続けるアレクのひたむきさ、努力を惜しまない姿勢が加われば必ず合金生成は成功するだろう。マリアはそう信じている。
毎日合金生成に取り組んでいたアレクにも仕事はある。
フォレストについてヘリオ町に向かうため、エドゥト建築会社は今月いっぱいで退職することになっている。
これは合金生成とはまったく別の話で、最後までしっかりと勤めなければならないと、気合を入れている。
そして今日、出勤最終日となった。
「短い間でしたが、お世話になりました」
アレクはコルマヌやメルム、そして従業員たちに深々と頭を下げた。
「アレクがいなくなると、寂しくなるな」
コルマヌがそう言うと、従業員たちが頷いた。
「そうね、アレク君は私たちのアイドルだったから、本当に寂しくなるわ」
メルムの言葉に女性従業員が激しく頷いた。
アレクは女性にも男性にも好かれている。
顔がよく誰にでもにこやかに接するのが理由だが、それだけではないだろう。
アレクが醸し出すオーラのようなものが人を引きつけるのだ。
「これは少ないが、退職金だ」
コルマヌが革袋を差し出した。
「そんな、僕は皆さんに迷惑をかけてしまって……」
アレクは困惑し、コルマヌの申し出を断る。
「迷惑なんて誰も思っていないわ。遠慮せずにもらってね」
メルムはコルマヌが持っていた革袋を取ると、アレクの手に押しやった。
「そうだぞ、アレクがいたおかげで俺たちも助かっていたんだ。新しい土地でもがんばれよ!」
従業員からアレクを応援する声がいくつもあがる。
アレクは嬉しくなり目に涙を浮かべる。
「ほら、アレク君の門出なんだから、泣かないの!」
メルムはアレクをそっと抱き寄せた。
「うう、皆さんありがとうございます。ありがとうございます……」
皆に祝福されてアレクはエドゥト建築会社をあとにした。
そして、月が変わり神帝暦617年4月。
アレクはとうとう合金を造り上げた。
「マリア、やったよ!」
「おめでとう。アレク兄様ならきっとできると信じていた」
アレクはマリアと抱き合って喜んだ。
その場に現れたクリスは移住準備で疲れている顔をしていたが、アレクがマリアと抱き合って喜んでいる輪に入って喜んだ。
この時のクリスは疲れでハイになっていたようだ。
アレクが造った合金はマーロ合金という特殊な合金だ。
過去に存在した賢者によって造り出された合金であり、その賢者が残した著書に生産方法の記載がある。
図書館にも所蔵されている書物なので、マリアは当然のように読んでいる。
過去の賢者がこのマーロ合金で造った剣は、数百年経っても錆びず、何度も戦場で使われても欠けないほど丈夫なので、今では国宝として城の宝物庫の奥にしまわれている。
製法が本に記載されていることから、誰でも製造にチャレンジできるが、この製法を開発した賢者でも一回の生産で数日寝込むほどの魔力が必要だった。
そんなマーロ合金を造っても寝込むことのないマリアと、寝込むどころかケロリとしているアレク。
常識が通じない兄妹である。
「次、マーロ合金でお父様の剣と、お母様とフリオの槍を造る」
「分かった! 父さんたちにいい武器をきっと造るよ!」
「その意気。がんばれ」
アレクはマリアにのせられて武器の作成に取りかかった。
いうまでもなく、この作業も難航した。
イメージがしやすいので剣や槍の形にはなるが、刃が切れないのだ。鈍らな剣や槍先しかできないのである。
「殺気を込める。これ重要。おわり」
マリアは人を殺すような殺気を込めると鋭い刃になるというが、アレクが心根の優しい少年なのは誰もが知っていることだ。
殺気とは無縁のアレクである。
過去最大級の難題かもしれないと、マリアは思っていた。
しかし、そのアドバイスを受けたアレクはあっという間に鋭い刃を造り上げた。
「どうして?」
マリアが驚くほどの鋭さである。
「以前、強盗にあった時のことを思い出したんだ……」
金を盗るだけではなく、アレクをいたぶり半殺しの目に合わせた3人組。
あれからあの3人組の姿をこの王都で見ることはないが、アレクの中であの一件は心に刺さる棘のように忘れることのできない出来事なのだ。
あの事件の直後は毎日のようにうなされ、最近でも数日に1回はうなされる。
いつか、あの出来事を乗り越えなければならないと、アレク自身も考えているが、簡単ではない。
その思いを今回の刃に込めたのだ。すると、恐ろしい切れ味の剣と槍先になった。
これがアレクの心の闇でないことをマリアは願うばかりである。
「アイテムサーチ」
以前使ったことがあるメタルサーチではなく、アイテムサーチの魔術を使ったマリアが目を剥いた。
メタルサーチは金属の組成などを知る魔術だが、このアイテムサーチは金属だろうが加工品だろうが全てのものに対して詳細を知ることができる魔術だ。
このアイテムサーチも過去の賢者が開発した魔術だが、使える者は滅多にいないだろう。
そんなアイテムサーチで造り出された剣と槍先の詳細を確認したマリアが珍しく驚いたのである。
そして大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
「アレク兄様の殺気が込められた魔剣。想像以上の物ができた」
マリアは近くに置いてあった鉄のインゴットを手に取ると、剣の刃の上で手を離した。
すると、鉄のインゴットは落下して剣の刃に当たったと思いきや、なんの抵抗もなくするりと床に落ちて2つに割れた。
「………」
アレクは絶句した。
自分が造った剣が魔剣だなんて思ってもいなかったし、何よりも金属が落下する時の力だけで切り裂くほどの鋭さに絶句したのだ。
「お父様とお母様、それにフリオなら使いこなす。心配ない」
「そ、そうだね……」
アレクは造り上げた剣をフォレストに、槍をリーリアとフリオに渡した。
「これを俺たちにか?」
フォレストは剣を受け取って感無量だった。
アレクからの心のこもったプレゼントなら、剣でなくても嬉しいのである。
「アレクがあたいに槍を……」
リーリアは瞬時にアレクとの間合いを詰めて、アレクに抱きついた。
「アレク、ありがとうよ。大切にするよ!」
そう言いながらアレクに頬ずりするリーリアは親バカである。
「母さん、くすぐったいよ、あははは」
「兄さん、ありがとう。大事に使うよ」
「フリオならきっと使いこなせるよ!」
リーリアに纏わりつかれているアレクは、リーリアを何とか剥がそうとしながらフリオに応えた。
ただ、リーリアとアレクでは力の差は歴然で、アレクではどうにもできなかったので、最後にはフォレストがリーリアを引きはがした。
「試してもいいか?」
リーリアを落ち着かせてからフォレストがうずうずしながら聞いてきた。
フリオはすでに裏庭で槍を振っているが、フォレストもそうしたかったのだ。
「もちろんだよ!」
アレクの了承を得たフォレストは喜び勇んで裏庭に出て、鞘から剣を抜いた。
「これは……」
その剣を鞘から抜いた瞬間、フォレストの背筋に電気が走った。
数秒間、その剣を見つめていたフォレストが、フーッと息を吐いて軽く剣を振った。
「……この伝わってくる圧倒的な存在感はなんだ?」
再び剣を振る。今度は足を踏み込んだ本気の素振りだ。
ザンッと大気を切り裂く音と共に、地面に亀裂ができた。
「フリオ、手合わせだ」
「うん、お願いします!」
2人が対峙すると、空気がピーンと張りつめた。
先に動いたのはフリオだった。
目にも止まらぬ速さで槍を突き出したが、その槍をフォレストは剣で受け流した。
キーンという金属同士がこすれる甲高い音が二人の耳に残った。
2人の攻防はリーチの差があるのにも関わらず、フリオが押されていた。
神に武聖と無双を与えられたフリオであるが、まだ12歳にもなっていないという年齢と場数の差から、歴戦の勇士であるフォレストの域にはさすがに達していない。
「はぁはぁ……この槍がすごいのは分かったけど、父さんから一本もとれないのが悔しいよ」
「ふ、そう簡単に勝たせてやるわけにはいかないな」
フォレストは息子の槍を受けた手に残る手ごたえを嬉しそうにみる。
「フリオは強くなるぞ……俺よりもな」
フリオの後姿を見送り、目を細め呟いた。その口には笑みが湛えられている。
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