118_新領地(新天地)
デーゼマン家の面々が、仕官希望者の面接や試験を行っていると、王都から宰相の使者がやってきた。
人好きのする柔和な笑顔を浮かべ、アレクたちと向かい合わせにソファーに座るのは、ボリス・タッカー七等勲民である。
茶髪を肩の下まで伸ばして、それを紐でまとめた、中肉中背の紳士といった印象を受ける。
最初に、アレク、フリオ、クリスが使者と挨拶を交わすと、使者は王都のデーゼマン屋敷に、多くの仕官希望者が列をなしていたと、世間話から始めた。
そして、場が温まると、本題に斬り込んだ。
「貿易、にございますか?」
「はい。ゴーディス王国を経由して、東の大陸へガラス器を輸出するのでございます」
ゴーディス王国というのは、ソウテイ王国から海を隔てた先にある大きな島にある国のことだ。
元々、ソウテイ王国は、ゴーディス王国へ食料を輸出していた経緯があり、商人の往来も国交もある。
そのゴーディス王国の、さらに向こう側にある大陸へガラス器を輸出したいというのが、宰相の考えなのだ。
「閣下の領地には、デジム港があります。幸か不幸か、デジム港は帝国軍によって整備され、大型の船も寄港できますので、活用できます」
このソウテイ王国の貿易港は、二カ所しかない。
ヘリオから最も近い貿易港は、バレッド州の南に位置するフェフレン州にある。陸路でガラス器を輸送するには、時間も労力もかかる場所だ。
しかし、デジム港であればその距離は半分以下になる。しかも、ゴーディス王国までの距離もわずかだが短くなる。
デジム港を活用したいと考えるのは、宰相府よりもむしろ商人たちなのかもしれない。
「しかし、我が家には、輸出のノウハウを持った者がおりませんので、すぐには」
「いやいや、輸出業に詳しい者を、こちらで用意しております。閣下」
タッカー七等勲民が、後ろに控えていた人物に視線を向けた。
「この者は、財務省で輸出入関連の業務に関わっていた者にございます」
「ゲーリック・アロッソ十二等勲民にございます。以後、お見知りおきくださいませ。閣下」
淡い緑色の髪で、焦げ茶色の瞳を持った、三十手前の小柄で細身の人物だ。
シワ一つない服を、きっちりと着こなしていることからも、几帳面さが窺える人物である。
深々と頭を下げたアロッソ十二等勲民に対し、アレクは座ったまま軽く頭を下げ、フリオとクリスも挨拶していく。
先ほど、使者に対して自己紹介をしたが、その場にはアロッソ十二等勲民もいたことから、アレクたちが名乗ることはない。
「彼は、アロッソ十等勲民家の三男です。閣下の下で使ってやっていただきたいのです」
この言葉から、貿易を行うのは確定路線というのが、アレクたちにも分かった。
「このアロッソは、有能です。必ず、閣下のお役に立ちましょう」
アレクはやや考え、その提案を受け入れることにした。
宰相の使者(代理)であるタッカー七等勲民が、このアロッソ十ニ等勲民を推挙した以上、彼の身元保証人は宰相であるということである。それを無下に断るわけにもいかないのだ。
それに、デーゼマン家は人材不足なので、猫の手も借りたいくらいなのだ。使者が有能と言うのだから、少なくとも無能ではないだろうと判断して、受け入れることにした。
もっとも、このアロッソという人物が、宰相の間者ということも十分に考えられる。だからと言って、この場合、断るという判断はない。
アレクが承知すると、タッカー七等勲民は貿易の説明を始めた。
「船は、宰相府が用意いたします」
外洋へ出るため、大型の交易船を用意することになる。
「商人は、宰相府が指定した商会と商人、そしてデーゼマン家が指定した商会と商人を、六対四ほどに調整します」
貿易を行うのは商人であり、その商人を乗せる船は宰相府(王家)が用意する。つまり、デーゼマン家はガラス器を用意しろということなんだとアレクは考えた。
それは、クリスも同じ考えだったので、アレクが視線を向けると軽く頷いた。
「船は一回の貿易で、三隻のザミール級を向かわせます」
ザミール級の船は交易に使われる大型帆船である。それを三隻も仕立てるとなると、ガラス器だけではなく他の交易品も大量に輸出することになるだろう。
「年に三回から四回の往復を考えています」
ゴーディス王国のさらに先の大陸まで船を出す以上、往復で数カ月はかかるのは当然の話だ。
こと貿易となると、クリスの範疇である。だから、質問は主にクリスが行い、タッカー七等勲民が淀みなく答える。
その答えが的確なので、このタッカー七等勲民が優秀なのが、アレクやフリオにも分かった。
「他に、気になることがありましたら、アロッソからお聞きください」
一通りの説明を終えたタッカー七等勲民は、後から不明な点が出たら、アロッソ十二等勲民へ聞いてくれと言う。
そのために、アロッソ十二等勲民をアレクの下につけるのだから、当然のことだろう。
ここで貿易の話は終わった。
アレクは、これでタッカー七等勲民の話が終わったと思ったが、タッカー七等勲民は背筋を伸ばしてアレクを見た。
「さて、ここからが本題です」
貿易の話が、本題だと思っていただけに、まさかここからが本題だとは思ってもいなかったアレクとフリオは、少し身構えた。
クリスだけは、少しの動揺もなくタッカー七等勲民の話を受け止めたようだ。
こういう時に、ポーカーフェイスレベルの高さが分かるというものだ。
<出演者>
ボリス・タッカー七等勲民(宰相府役人)
ゲーリック・アロッソ十二等勲民(元財務相の役人。輸出入の知識が豊富)




