114_新たな任務
アルホフ三等勲民家は、改易になることが決まった。
改易とは、領地と家財を没収したうえで、平民階級の中でも最も低い十六等民に落とされることをいう。
ただし、ブロス自身はすでに他界しているため、アルホフ家は消滅したことになる。これにより、アルホフ家が蓄えていた莫大な資産は、全て国が没収することになった。
アルホフに与した貴族たちに関しても、アルホフ家の分家を中心に、多くが改易になり、王国は帝国軍に占領されていた地域に対して、復興に充てた資金を上回る財を回収した。それによって、国庫は潤うことになるのであった。
アレクとデーゼマン軍は、年末近くに王都へ帰還した。
三万のデーゼマン軍と現地のわずかな貴族を従えた状態で、五万のアルホフ軍と予想外の教国軍二万を討ち破ったことが高く評価された。この予想外というのがくせ者で、王太子はこのことを知っていたのではないかと、アレクは考えているが、証拠や確信があるわけではない。タイミング的に知っていても不思議ではないが、アルホフ討伐のことでごたごたしていて、占領された場所もアルホフに与した貴族の土地だったため、情報を掴んでいない可能性のほうが高いのだが……。
デーゼマン軍が捕縛した教国軍の捕虜は、八千人にも及んだ。このことも高く評価されることになった。教国と往来ができるケルマン渓谷は、アレクによって埋め立てられて通行ができない。そのため八千人の捕虜は、奴隷として過酷な労働環境下に投入されることが決まった。
「アレクサンダー・デーゼマンを五等勲民に陞爵させ、バレッド州のケール郡とセップ郡を与えるものである。これは、先の対帝国戦における失地奪還作戦の功績も含めた褒賞である」
宰相である王太子が、高らかにアレクの褒賞について読み上げた。
五等勲民が二つの郡を領地にすることは、非常に稀なことだが、アレクの働きを考えれば、これでも少ないと思う者もいるだろう。
「また、アレクサンダー・デーゼマンには、十等勲民の推薦枠を五枠与える」
これは、アレクの判断で貴族になれる者が、五人もいるということだ。
上級貴族の中には、こういった貴族推薦枠を持っている家もあるが、五等勲民は中級貴族のため持っている家はない。この褒賞には、さすがの貴族たちも目を白黒させた。
「ありがたき、幸せにございます」
アレクが拝領した二つの郡は、バレッド州の北部にある。セップ郡は帝国軍が上陸してきたデジム港があり、帝国軍による傷痕が色濃く残っている土地でもある。だが、二郡を合わせた人口はおよそ三十五万人であり、ヘリオ町とは比較にならないほど人口が多い。さらに、復興のために国から資金が投入されていることで、減った人口も増えてきて景気はよい。
「ただし、現在の領地であるヘリオと周辺の村は、召し上げる」
王太子のこの言葉で一転、場が騒然となった。
ヘリオ町は、デーゼマン家の躍進を支えた経済力のある土地である。いかに二郡を与えたとは言え、ヘリオ町を召し上げるということは、アレクが不満を持つ可能性をはらんでいるのだ。
もし、アレクがこのことに腹を立てて、王国に反旗を翻せば、王国は救国の英雄を敵にして戦わなければならなくなるのだから、貴族たちの懸念は大きなものだった。
「静まらぬか!」
王太子の声が謁見の間にこだまする。よく通る声である。王太子は、立派な体格をしているため、並み居る貴族たちに比べても存在感がある。
一喝で貴族たちの喧噪が静まったため、王太子は褒賞の発表を続ける。
「フリオ・デーゼマンを八等勲民に陞爵させ、ヘリオと周辺の村を与える」
「おおおおっ!」
アレクの領地だったヘリオを、フリオに与えたことで歓声があがった。
この褒賞であれば、アレクも国に対して不満は抱かないだろう。なかなかいい褒賞だと、貴族たちは王太子の配慮に関心した。
「この上なき、幸せにございます」
感謝の気持ちを述べたフリオの表情が緩む。十等勲民に叙された時とは、まったく違った喜びがあった。
今回の褒賞で、フリオも領地持ちの貴族である。アレクのデーゼマン五等勲民家の分家として、アレクから領地を与えられるのと、貴族として国から領地を与えられるのでは、領地の重みが違う。しかも、フリオが拝領した土地は、これまでフォレストとアレクが治めてきた土地のため、感慨深いものがある。
今回の論功行賞では、アレクとフリオ兄弟の他にも、ダンテ・ボールニクスが十等勲民に叙されていて、騎士から貴族へとなった。
さらにマリアには、宮廷魔術士の称号が与えられ、アレクの従者であった、センジ・カムラ、サガン・オウエン、ゲーデスの三人と、リーリアの舎弟であるガンズ、ボル、ゼグドの三人にも、騎士の称号が贈られた。
ラクリスにも話があったが、彼女はアレクの従者で十分だと言って、これを固辞した。元は孤児だったラクリスにとって、アレクという英雄の従者という身分だけでも、身に余る光栄だと思っているのだ。
さて、アルホフ家の嫡子だったキースの話になるが、キースはアルホフ家との縁を切っていたことになっている。王太子が事前に、アルホフ家の戸籍からキースとその母のモンローを抜いていたのだ。つまり、謀反人のアルホフ家の人間ではなく、元アルホフ家の人間であるため、二人は王家によって保護されている。
やり方が少し強引なところもあり、多少なりとも批判の声があがった。ただし、法的にも手続き上にも、なんの問題もない。おそらくキースは、ほとぼりが冷めた頃に法衣貴族になるだろう。
それに、モンローがアルホフ三等勲民の首を取った手際がよすぎる。それについて国王または王太子が、事前に指示していたという憶測まで飛び交っている。アルホフ三等勲民が敗退して、逃げ帰った時の手際のよさを考えると、女の身で全てを行えたとは思えないことから、この憶測を信じている者は多いようだ。
他に、帝国軍に対する失地奪還作戦時、国王が発令した総動員令を無視した貴族たちは、アルホフ家が潰されたことに危機感を持ったようで、こぞって王都にやってきて国王に頭を下げた。
国王と王太子は、これらの貴族たちを減封したうえで、帝国との最前線になる土地へ移封した。これらの処分が不満でも、逆らうわけにはいかない。もし、逆らえば、アルホフ家のように潰されることになるだろう。
家を潰すよりは、処分を受け入れて将来に望みを繋ぐことを判断したのだ。
波乱の神帝歴六百二十三年、アレクの十九歳の年はこうして暮れていき、新しい年を迎えるのであった。
十三章はこれで完結になります。
お盆の更新は休ませてもらいますので、次は8月18日の更新になります。