011_伝説への一歩
「セルトム村はトーレスに任せる。頼んだぞ」
「お任せください!」
騎士トーレス・アバジは槍の名手である。
その槍の腕を見込まれてフォレストが騎士団に入れた人物である。
特に馬上での槍捌きは正統派の騎士として、幹部の受けもよかったことで平民出身ながら25歳の若さで騎士になっている。
フォレストは23歳の時に戦功があったので騎士に昇進したが、平民出身者が20歳代で騎士になるのは稀な話である。
ハルバルトが騎士に昇格した年齢は31歳だったが、これでも早い方なのでトーレスの出世がかなり早いのが分かる。
これで騎士全員に村を与えたことになるが、村はもう1つある。これはデーゼマン家の直轄にすることが決まっている。
デーゼマン家の総意(アレクやフリオは知らないが総意である)では、アレクがデーゼマン家を継ぐのは確定路線なので、将来的にフリオに与えるための村である。
その後、内政関連の話になると、そこからはクリスとウイルの2人ばかりが話をした。
騎士たちは戦働きは得意だが、内政ともなると勝手が違うのである。
会議が終わると、クリスとウイルはすぐに荷車の手配に入った。
まずは馬車や荷車を生産している工房へクリスが向かった。
「あいやー、10台も一度にあるか!?」
妙に訛った喋り方の親方である。
「荷車なら間に合うあるが、貴族の馬車ともなるとむずかしいあるよ」
「そうですか、それでは荷車だけで構いませんので、お願いします」
「分かったあるよ!」
クリスも最初から凝った彫刻などがほどこされた貴族用の馬車がたった1カ月で生産できるとは思っていない。
だから次に向かったのは生産している工房ではなく、販売している店に向かったのだ。
その店は馬車の他にも馬も扱っているから、どちらにしてもいかなくてはならない。
「いらっしゃいませ、カーナン馬車店へようこそ!」
出迎えてくれたのは、10歳くらいの少年だった。
「あら、フートじゃない。店番?」
クリスはこのフートという少年と顔見知りである。
「クリスねぇちゃんか、どうしたの? ばあちゃんの薬は昨日もらいにいったよ?」
フートはカーシャの店の常連客の孫なので、よく薬を取りにくるのである。
「今日は馬車を見に来たの。ご主人はいるかしら?」
「とーちゃんは奥にいるよ。ちょっとまってね」
フートは「とぉぉちゃぁぁぁん」と大声で父親を呼んだ。
「うるさいぞ、フート!」
しばらくして出てきたのはフートの父親であるヒートである。
「おや、クリスティーナさんじゃないか。今日はどうしたんですか? ばばぁの薬は昨日もらったよな?」
クリスは親子で同じことをいうのねと、くすりと笑う。
「馬車と馬がほしいのです。見せてもらえますか?」
「おお、そうか、お父さんが出世したんだったね! あいよ、こっちへきて!」
店といっても馬車を展示販売している場所なので、大きな倉庫のような建物の中に入っていく。
荷車の数は少なく、展示されているのは馬車が圧倒的に多い。
「貴族仕様はあまり多くないんだ。貴族は特注が多いからね」
「ええ、分かっています」
展示されている馬車は簡素なものが多く、貴族が乗るような馬車はほとんどない。
そんな中からクリスが選んだのは簡素ながらもしっかりとした造りの馬車だ。
「さすがだね。それは派手さはないけど、造りがしっかりしている馬車だよ。特にサスペンションが最新式の板バネ式なんだ!」
店主のヒートは馬車が好きなのか、クリスが引くほどの熱弁である。
「う、馬も見せてもらえますか?」
「こっちです。フート、店の方を頼むぞ」
「あいよ」
店の裏から出ると、木の柵によって仕切られた牧場になっている。
その牧場には馬が放されている。
「馬は25頭ほしいのですが」
「おや、2頭じゃないのですか?」
クリスが買った馬車は2頭で牽くものなので、ヒートは馬は2頭だと思っていたのだ。
「ええ、他にも荷車がありますので」
「ああ、なるほど」
事情を察したヒートは久しぶりの大商いに内心喜んだ。
このソウテイ王国では馬の生産は少ないので、馬はかなり高額になる。
今回は軍馬5頭と農耕にも使える馬車を牽く馬を20頭だが、言うまでもなく軍馬の方が高い。
馬は基本的に憶病な生き物なので、軍馬には特殊な調教がされている。
血の匂いを嫌わず、人を踏みつけることができ、戦闘によって発生する大きな音に驚かない。
それだけではなく、手綱を使わなくても騎手の指示に反応できなければ、軍馬とは言えないのだ。
さらに、鎧を着た騎士を乗せて戦場を駆けてもへばらない体力も重要なポイントになる。
だから馬と軍馬ではまったく金額が違ってくるのだ。
「はぁ、今日1日で散財だわ……」
ランプの柔らかな光に照らされた出納帳を睨めつけているのはクリスだ。
馬車、荷車、馬、軍馬、大きな出費である。
しかし、出費はこれからさらに増える。頭の痛いことだ。
「何難しい顔をしているのさ、クリスねぇは?」
声をかけてきたのはロアである。
この部屋はクリス、エリー、ロア、マリアの四姉妹の部屋なので、ロアがいても不思議はない。
クリスが振り向くと、二段ベッドの上で毛布にくるまったロアがクリスの方を見ていた。
「私の貯えを使ってもいいよ」
二段ベッドの下で毛布の中からエリーが提案してきたが、エリーはクリスを見ずに目を閉じていた。
「あたしのもいいよ」
ロアも同意する。
「マリア、お金ない」
二段ベッドの上からちょこんと顔を出すマリアは無職だ。
しいて言えばアレクの先生なので、収入はない。
「あなたたちのお金に手をつけたらお父様が悲しむわよ。大丈夫だから寝なさい」
3人の妹たちはそれ以上何も言わず寝ることにした。
その日の夜中までクリスは出納帳とにらめっこをしていた。
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