107_新たな任務
キーン十等勲民が治めるザイムの町を拠点にして、デーゼマン軍はサダラード州東部にあるケルマン渓谷周辺へ向かった。
その情報を受けたアルホフ軍は、デーゼマン軍の後背を突こうと動き出すのだが、アルホフ陣営に参陣している貴族の中には教国に占領された土地を治めている貴族もいた。
アルホフ三等勲民はそういった貴族の心情をまったく理解することなく、教国を利する行為を行おうとしている。
「デーゼマン軍が教国軍と戦っているその後背を突くだと……。それでは我らの家族はどうなる? 我らが治めるべき土地と民はどうなる? ふざけるな!」
「そう声を荒げるな」
「黙っていられるわけないだろ!」
声を荒げている若い貴族は、コートジール六等勲民だ。アルホフの分家の家柄だが、自領が教国に蹂躙されているのに、アルホフ三等勲民がまったく意に介していないことに不満を感じている。
そのコートジール六等勲民を諫めている壮年の貴族は、ベナンジール五等勲民である。
ベナンジール五等勲民家も教国に領地を占領されているが、コートジール六等勲民ほど怒りを顕わにしていない。だが、その心中では表情と裏腹に腸が煮えくり返っていた。
「このままではデーゼマン軍に勝ってもアルホフ三等勲民家だけが無事で、我らは領地もなく流浪の民となり果てることになるのだぞ! それに、我が軍の兵士の士気は日に日に下がっていっており、脱走兵がいないのが不思議なくらいだ」
「我が家も同じだ。だから、我らをより高く売りつけねばならぬ」
「む? どういうことだ?」
「キーンに使者を出した。寝返るとな」
「な!?」
コートジール六等勲民が目を見開いて驚いた。
「驚くことではないだろう。相手はあのアレクサンダー・デーゼマンだぞ。例え十万の軍をもってしても勝てぬ相手だ」
「だからと言って寝返るなど」
「卑怯者のすることか?」
「……う、うむ」
「よく考えろ。我らはアルホフの家臣か? 違うだろ、我らはカイジャス王家の家臣だ。デーゼマン軍に寝返ったとしても、それは王家に忠誠を尽くすということであり、上手くいけばアルホフ家が潰れた後に領地を広げることができるかもしれぬのだぞ」
「むむむ……」
「他にも数家は、私の考えに同意してくれるはずだ。コートジール六等勲民家と我がベナンジール五等勲民家、そして数家の兵力を含めれば一万二千くらいになるはずだ。一番いい時期を見てことを起こせばいいのだ」
コートジール六等勲民は、ベナンジール五等勲民の巧みな話術に、かなり心を動かされた。
だが、ベナンジール五等勲民の思惑は、その数日後に届いたキーン十等勲民からの返事で打ち砕かれることになる。
キーン十等勲民からの返事には、今すぐアルホフ陣営を抜けろと書かれていた。もし、数日のうちにアルホフ陣営から離脱しなければ、寝返りは認めないというものであったのだ。
「くっ、これでは我らがアルホフの矢面に立ってしまうではないか……」
「寝返るのを止めるか?」
「むーーー……」
コートジール六等勲民とベナンジール五等勲民が顔を突き合わせて唸る。
結局、二人は寝返りを決めかねたままアルホフ陣営に居続け、デーゼマン軍の後背を突こうとしているアルホフ軍として行軍した。
「はーっははは。成り上がり者のデーゼマンめが、我が軍に背後を突かれて慌てふためく姿が目に浮かぶわ」
アルホフ三等勲民は側近にワインを注がせると、一気に呷った。
「閣下、ここは戦場ですから深酒は……」
「その方に言われずとも分かっておるわっ!」
側近をギロリと睨むと、空になったグラスを投げつける。
「し、失礼しました」
グラスは当たらなかったが、側近は慌てて頭を下げた。
「えーい、貴様の顔を見ていると酒が不味くなる! 下がれ!」
側近の言葉も耳に入らないほどアルホフ三等勲民は深酒をしていた。
そんなアルホフ三等勲民の耳に喧噪が聞こえてきた。
「何事か?」
問われた側近は目を白黒させ、返答に困った。
アルホフ三等勲民と一緒にこの場にいたのに、外のことなど分かるわけがないのだ。
アルホフ三等勲民が、側近にワインの瓶を投げつけると、頭部に当たって割れた。側近の額が大きく割れて、血が噴き出す。
「この役立たずが!」
場の空気が最悪になったところで、兵士がアルホフ三等勲民の前に転がるように駆け込んできた。
「も、申しあげます!」
「なんだ!?」
「敵の奇襲にございます!」
「敵の奇襲だと? デーゼマンか?」
「おそらくは」
「おそらくとはなんだ、おそらくとは! 報告は正確にしろ!」
アルホフ三等勲民が言うまでもなく、そんなことは誰でも知っている。
だが現状では、どの陣営が奇襲してきたのか、分からないのだ。
<デーゼマン陣営(王国陣営)>
ゼムド・キーン十等勲民(ザイムの町の領主)
<アルホフ陣営>
ブロス・カルバロ・アルホフ三等勲民
<アルホフ陣営・不満あり>
コートジール六等勲民
ベナンジール五等勲民




