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105_新たな任務

 


 神帝歴六百二十三年六月十八日、再び夏が訪れ日差しが厳しさを増してきたこの頃、デーゼマン軍三万を率いたアレクが王都を発った。

 今回の行軍はこれまでのように他国との戦いではなく、同じソウテイ王国の貴族を討伐するというものである。


 戦い自体、気乗りするものではない。

 今までは家族や家臣、領民を守るためと割り切れていた。しかし、今回はこれまでの戦いとはまったく違う理由であり気が重い。

 もっとも、アルホフ三等勲民が大人しく投降すれば、戦いにはならない。アレクはアルホフ三等勲民が投降してくれることを願って行軍を開始した。


 その頃、サダラード州のカルバロ郡にあるアルホフ三等勲民の屋敷では、再三にわたる王家(実際には宰相府)からの出頭命令を無視したアルホフ三等勲民が怒りを顕わにしていた。

「成り上がり者のデーゼマンが攻めてくるだと!? ふざけおって! デーゼマンなど何ほどのものか! 兵を集めろ! 我が力を思い知らせてやる!」

 アルホフ三等勲民家は分家や寄子に召集をかけ、六月二十九日には周辺貴族の軍を合わせて五万人を集めた。


 この頃、ボーノス要塞を奪取したトルスト教国軍が、ケルマン渓谷を西進してきていた。

 だが、アルホフ三等勲民が周辺貴族に招集をかけたため、教国軍は抵抗もなくサダラード州に進軍することができたのだった。

 このことを知らないアルホフ三等勲民は、五万という大軍を集めたことでほくそ笑むが、ただ一つ気に入らないことがあった。


「ゼムドはなぜこぬ!?」

 呼びかけに応じる気配のない寄子のゼムド・キーン十等勲民に対して、ワインの瓶を壁に投げつけてアルホフ三等勲民は怒りを顕わにする。

「おのれ、日頃の恩を忘れおって! 目にもの見せてやる!」

 キーン十等勲民が呼びかけに応じないことに苛立ったアルホフ三等勲民は、キーン十等勲民を口汚く罵り分家を含む数家に討伐を命じるのだった。


 キーン家は下級貴族の十等勲民であり動員できる兵数は二百五十から三百ていどだが、それに対してアルホフ三等勲民は二千の兵を差し向けることにした。

 それを知ったキーン十等勲民は、町の防壁を固く閉じて籠城する構えを見せる。


「我らは王国貴族であり、王家に反抗するアルホフに与することはできぬ! 戦が兵数ではないことをアルホフに思い知らせてやるのだ!」

「おおおおっ!」

 キーン十等勲民はアルホフの寄子だが、アルホフ三等勲民の行いを日頃から苦々しく思っていた。王家をないがしろにする言動は王国貴族としてあるまじきことだと思っていたところに、今回の反逆者認定である。

 キーン十等勲民は迷わずアルホフと袂を分かつ決意をした。

 ここでキーン十等勲民は籠城するか、領地を出てデーゼマン軍に合流するか迷った。迷ったが、領民を見捨てるわけにはいかず、籠城を選択したのだ。


「お屋形様、アルホフ軍はドマス、ホーレック、アットモの三家を中心に二千ほどにございます」

「二千とはまた奮発したな。それだけアルホフは俺を恐れているということだ! 皆の者、英雄アレクサンダー・デーゼマンが討伐軍を率いてくる! 帝国軍を赤子の手をひねるようにあしらい、王国を勝利に導いた英雄がくるのだ! それまで少しの我慢だ!」

「おおおおおおおっ!」

 デーゼマン軍がきてくれるかも分からないが、そう言わなければ兵士や領民の士気が下がって籠城どころの話ではなくなる。嘘でもなんでもそう言わなければならなかったのだ。

 ただし、王都からアルホフ三等勲民の治めるカルバロ郡に向かうには、このザイムの町を通ることになる。そうなれば、必ずデーゼマン軍が援軍してくれるとキーン十等勲民は考えていた。


 神帝歴六百二十三年七月八日、アルホフ軍がキーン十等勲民が治めるザイムの町を包囲した。

 益々暑くなってきたこの日になったのは、アルホフ軍の中で兵糧の配分などについて揉めていたためだ。

 そもそもサダラード州で裕福なのは、アルホフ三等勲民家の一族ばかりである。寄子ではそのおこぼれにも預かれず苦しい経済状況の家も多い。

 だから富を蓄えているアルホフ三等勲民とその一族によい感情は持っていないのだ。

 話は兵糧にもどるが、寄子になっている家々にさえ富を配分することのないアルホフ三等勲民家や分家は十分な兵糧を用意できたが、他の家々は兵を出すのもぎりぎりで兵糧どころではない。

 正直なところ、キーン十等勲民のようにアルホフと手を切りたい家は多い。だが、手を切ったが最後、キーン十等勲民のように攻められることになるため、簡単ではないのだ。


 キーン十等勲民はそういった内情を知っているだけに、自分のようにアルホフ三等勲民に不満を持っている貴族に使者を出して遅延工作をしていた。

 さらに二千もの大軍に包囲されたが、積極的な攻撃はなくそのまま数日を過ごすことになる。これもキーン十等勲民の工作によるものである。


 キーン十等勲民討伐を命じられた軍の半数以上は、形だけアルホフ三等勲民に従っているだけで、積極的にキーン十等勲民家を攻めるようなことはしなかった。

 ただし、アルホフ三等勲民家の分家であるドマス家は、積極的に攻撃をしかけている。

 これまでアルホフ三等勲民家の影で美味しい思いをしていたドマス家にしてみれば、アルホフ三等勲民家に潰れてもらっては困るのだ。


 それに、もしアルホフ三等勲民家が潰れたら、分家のドマス家も無事ではいられないと考えているのだが、そもそも王家に従えばこのようなことにはなっていなかったのである。それを分かっていないからキーン十等勲民家を積極的に攻めている……。


 ドマス家とそれ以外の家ではまったく考えが違っており、温度差が目立つ。

 王家に従ったキーン十等勲民家を攻め滅ぼしたとなれば、ここに集った貴族諸侯はただでは済まないと考えているのだ。

 元々アルホフ三等勲民に従っていても、王国に反旗を翻したくて翻しているわけではない。

 そういった諸々の事情があることで、キーン十等勲民の籠城は順調に時間を稼ぎ出していた。


 神帝歴六百二十三年七月十日、この日は雨が激しく降り、この時期には珍しく肌寒い日だった。

 アルホフ三等勲民からすれば、暖かな部屋の中で過ごしているため雨が降ろうが雪が降ろうが関係ないが、テント生活をしている兵士たちからすれば、たまったものではない。

 中にはテントにも入れず木陰で雨を凌ごうとする兵士もいる始末で、アルホフ三等勲民の元に集った兵士たちの士気は決して高くない。


 

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