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必ずや社交界の頂点に立ってみせます

 ウィルとダンスの練習をしたあの日を境に、リリーは迷いを捨てた。


 未婚の令嬢たちは皆、国王であるローリーしか見えていない。そう考えてどこか悠長にかまえていたが、ウィルはやっぱり名君とうたわれるローリーの、弟だった。何をきっかけにウィルの人気に火がつくかは分からないし、手が届かない人になってしまってから「私が最初に目をつけていたのに」と文句を言ってももう遅い。


 こういうときに、権力に目がない父は便利である。


 何がなんでもウィルと結婚したいとリリーが涙ながらに訴えると、父は一も二もなくウィルに正式に縁談を申し込んだ。十三歳の娘を、嫁がせようとしたのである。普通の感覚ではまずあり得ないことだが、しかし父はそんじょそこらの父とはわけが違うのだ。ウィルに縁談の話を持ちかけたとき、この縁談を踏み台にあわよくば国王であるローリーと娘を親しい仲にしようと考えていたほどなのだから。


 運のいいことに、リリーの外見は周囲と比べてかなり大人びていた。だからリリーとウィルの縁談話に眉をひそめる者は案外少なかった。そうはいっても、リリーはちょっと拍子抜けしたが。


 噂好き醜聞好きの貴族たちが、王弟の婚約者候補の中に子供が加わったことに目くじらを立てなかったのだ。もっとも、リリーの父は他国の五十代の公爵までリリーの結婚相手の候補に入れていたくらいだから、それに比べれば強烈さが足りなかっただけかもしれない。


 ウィルの反応はというと実にあっさりしたものだった。まだ身を固めるつもりはないと、それだけを理由にリリーとの縁談を断ったのだ。


 この答えになぜリリーが釈然としないのかと言うと、ウィルはこれまでも同じ文言で、好条件の縁談をいくつも断っていたからである。


 この国の王であり、ウィルの兄であるローリーは、とにかく何から何まで完璧と表現して余りある男である。そんな彼の意向に逆らうことが出来る者は現状、リリーが知る限りは一人もいない。今この国の政治はローリーの独壇場であり、そしてそれを面白くないと感じる人間がごく少数存在する。


 そんな者たちにとってウィルは唯一無二の、利用価値のある存在だった。今のところローリーは結婚しておらず、子供もいない。だからもしウィルがローリーより先に結婚して男子をもうければ、ローリーの立場は今より少しだけ悪くなるかもしれない。


 その少しの部分に期待して、自分の娘や姪をウィルと結婚させようと企む者たちがいる。ローリーほど駆け引きに長けていないウィルは、騙しやすく扱いやすいと彼らが考えていることは容易に想像がつく。


 しかし王家は、ローリーとウィルの権力争いを神経質なくらいに避けようとしていた。どちらが勝利を手にするかなど、結果は火を見るより明らかである。時間と金が無駄になるだけだと、ちゃんと分かっているのだ。


 だからウィルは今、政治的な理由で結婚できないと言える。つまりウィルはリリーと結婚すること自体が嫌で縁談を断ったわけではないかもしれないのだ。だからリリーにはまだ、チャンスがある。


 そもそも、ローリーが早く結婚すればいい話だとリリーは思う。風の噂によると、一応彼も、結婚するつもりはあるらしい。しかしローリーの婚約者候補という激戦区になんとか入り込んだ令嬢たちは、嫌がらせの応酬で消耗し、やがては国の英雄と崇められるローリーの妻になるというプレッシャーで、倒れたり血を吐いたりと健康面に異常をきたしてしまうらしい。


 そして多忙を極めるローリーは婚約者探しにあまり時間を割こうとしないため、ウィルがしわ寄せを受けるはめになっているのであった。


◇◇◇


 リリーは十五歳になった。あと一年で社交界という愛憎渦巻く戦場に解き放たれる。


 数ヵ月前、家庭教師が改まった顔でこう言った。


『リリーお嬢様。あなたはピアノも歌も絵画もダンスもとうとう習得することは出来なかったけれど、その美貌を頼りに、過酷な貴族社会を渡り歩いていくのですよ』


 リリーはあの手この手で自分のことを立派な淑女に育てようとしてくれた家庭教師の手を握り力強く頷いた。


『わかりました先生。私、必ずや社交界の頂点に立ってみせます』


 家庭教師は別に頂点に立てとまでは言っていないのだが、リリーはもうやる気満々だった。兄とニックという便利な手下どもを存分に駆使し、家の名に恥じない活躍をしてみせようではないか。


 なぜリリーがそんなに燃えているのかというと、ウィルと結婚したいという望みを未だ諦めていないからである。彼をものにするためには、社交なんて片手間にこなせるくらいでなければ。




 サルガス公爵夫人という、社交界で絶大な影響力を誇る女性がいる。彼女は毎年、社交界デビュー目前の少年少女たちを屋敷に招き、大規模な夜会を催している。


 それは本物の舞踏会の予行練習のようなもので、夫人の芋づるかというくらいの人脈により、その日はありとあらゆる名だたる貴族たちが、少年少女たちの指南役、あるいは社交界の先輩として、サルガス領に集結する。


 この夜会は社交界デビューの前哨戦であると言われている。もちろん、リリーも招待されていて、そしてリリーはダンスが踊れない。


 ピンチだ。


 リリーはこの日のために作戦を練った。題して「わたくし、あなたのような未熟者とダンスを踊るような安い女ではありませんのよ」作戦である。作戦の内容は読んで字のごとくだ。幸いリリーは見るからに高飛車そうな娘に成長したので、ある方面にはきっと需要があることだろう。


 当日、サルガス領の屋敷に赴く道中、リリーは馬車の中で、隣に座っている兄に尋ねた。


「今日の夜会にはウィルも来るんでしょう?」

「来るだろ。毎年呼ばれてるし」

「じゃあ兄さん、私がウィルと二人きりになれるように協力してよ」

「あのさぁ、リリー。ウィルをじわじわ追い詰めるのやめてやれよ。可哀想に、怯えてるよあいつ」

「兄さんには私たちの絶妙な関係性が分からないのよ。ウィルは絶対に私と結婚するべきなんだから」

「あいつにも選ぶ権利はあると思うけど」

「……ちょっと待って。もしかして私以外にもウィルに言い寄ってる女がいるんじゃないでしょうね?」


 兄は分かりやすく「しまった」という顔をして、返答に詰まった。リリーは静かに、冷静に、兄の首を絞めた。


「どこのどいつよ。その不届き者は」

「仕方ないだろ、ウィルだってもう大人なんだからさぁ……」

「信じられない。兄さんは私の味方でしょ? どうしてすぐに教えてくれなかったの?」

「言ったら怒るだろ」

「言わないともっと怒るわよ」

「ウィルはあれでも偉いんだから、いつまでも子供の遊び相手はさせられないんだって」


 リリーは両手に込めていた力を緩めて、思わず呟いた。


「子供?」


 兄は申し訳なさそうな顔で、自分の首に置かれているだけのリリーの手を掴んだ。


「父上のせいで分からなくなってるのかもしれないけど、お前はまだまだ子供だよ」


 言いながら、兄は掴んだ手をリリーの膝の上に置く。


 リリーは膝の上で手のひらをぎゅっと握りしめた。


「そんなの、私にはどうしようもないじゃないの」

「あと二、三年待って、それでもやっぱりウィルと結婚したかったら、改めて話をしたらいいだろ」

「でも、私が大人になる前にウィルが別の人を好きになっちゃったらどうするの?」

「それこそ俺たちにはどうしようもないことだろ」


 何事もなりゆきに任せてばかりの兄らしい考え方である。


 そして生意気なことに、兄は正しかった。


「早く大人になりたい」


 むすっとしながら呟くと、兄は小さく笑った。


「寂しいこと言うなよ」

「大人になったら、もう兄さんとは遊んであげないから」

「はいはい」


 兄の腕が肩に回ったので、リリーは大人しく兄の肩に頭を預けた。

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