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そんな、嘘でしょう。ご冗談を

 本当に上手くいった。


 一度もウィルの足を踏まなかった。


 すごい、奇跡だ。


 最初から最後まで躓くこともウィルに突進することもなく一曲分のダンスを踊り終えたリリーは、すぐさまウィルを見上げた。ウィルはにこにこしながらこちらを見下ろしている。


「ほらね。言った通り、大丈夫だった」

「何で? いつも絶対失敗するのに」

「リリーが練習頑張ったからだよ」


 なるほど、とうとう才能が開花してしまったというわけか。


――なんてことはあるわけが無いので、リリーは本当に混乱した。


 ウィルの足を踏まないように必死になっていたせいで、先程と今までとで何が違っていたのか、よく思い出せない。そういえばニックと踊ったときはいろんな人にぶつかったが、さっきは誰にもぶつからなかった。小うるさい隊長の文句も飛んでこなかった。


 そこまで考えて、リリーはハッとして周囲を見回した。いつのまにか執務室にいる騎士たちの視線が、リリーとウィルに集まっている。リリーは自分がまだウィルの手を握ったままだということに気づいて、慌ててウィルと距離を取った。少しして、さっきの態度は失礼だったかと心配になってウィルの顔を窺ってみたが、特に気を悪くした様子は無さそうだった。


「ウィリアム」


 執務机に頬杖をついたままリリーとウィルのダンスを観察していた隊長が、渋い顔で声を上げた。ウィルは隊長の方に顔を向ける。


「はい」

「お前、それじゃあその子のためにはならんだろう」


 隊長の言葉にウィルは眉尻を下げる。


「そうでしょうか?」


 ウィルが首を傾げて見せると、隊長は小さくため息をこぼした。隊長のすぐ側に立っている副隊長が苦笑しながら口を開く。


「あのなぁ。普通の人間はお前みたいに、相手がダンスのステップをどこで間違えるかとか、どこで躓くか予測して動くなんてことは出来ないんだよ」

「そんな、嘘でしょう。ご冗談を」

「現にジェイミーとニックは出来なかったんだ。上手く踊れたような気にさせて喜ばせても、隊長の言う通り、リリー嬢のためにはならないんじゃないか?」


 ウィルは数秒間黙り込んだあと、リリーに視線を向けた。


「ごめんね、力になりたかったんだけど……」


 少し落ち込んだような声で呟いたウィルは、申し訳なさそうにリリーの頭に触れた。


 リリーはすっかり、呆気にとられていた。踊りの専門家である教師を悩ませ、小癪なことに運動神経には恵まれている兄とニックを手こずらせたリリーを、ウィルが難なくリードして見せたことに驚きを隠せない。


 しかしウィルがダンスの名手だなんて噂を、リリーは今まで一度も聞いたことがない。お茶会などで話題にのぼるのはいつも、ウィルではなく彼の兄であるローリーと決まっている。


『国王陛下は何でもお出来になる。あの方は神に愛されている』


 それは社交の場の常套句(じょうとうく)のようなもので、リリーと同年代の女の子たちの間でも、ウィルの存在は空気みたいなものだった。


 いつも話し半分に聞いていた、兄の言葉を思い出す。


『ウィルは何でも出来るんだ。あいつに出来ないことはないかもしれない』


 リリーはウィルのことは好きだが、兄の言葉をそのまま信じたりするほど盲目的ではなかった。せいぜい兄よりも優秀というだけで、ウィルが飛び抜けてすごい人だとは、どうしても考えられなかったのだ。






「ねぇ、兄さん。私やっぱりウィルと結婚したいなぁ……」


 休暇を利用して王都に帰ってきた兄に、リリーは正直な気持ちを打ち明けた。ベッドの上でむくりと上半身を起こした兄は、寝ぼけ眼でリリーを見た。


「……へ? 何か言った?」

「みっともないわね。寝癖くらい直したら?」

「リリー……。お前どこからこの部屋に入ってきたんだ……」

「ドアからよ。ノックしても返事がないから、兵舎の管理人さんに頼んで開けてもらったの」

「え? 今何時?」

「もうお昼」


 嘘だろ、と呟いた兄はベッドから降りようとしてシーツに足を引っかけ、床に落下した。


 わたわたと慌ただしく身支度を整えている兄を見て、リリーは目を細める。


「休暇中でしょう?」

「ああ、でもちょっと用事が……」

「まさか、デートとか?」

「そうだったような気がする……。多分……」

「何それ。最悪ね」


 信じられないことに、兄は令嬢方にそこそこ人気がある。人当たりがいいので信用されやすいのだろう。実際、兄が恋人に暴力を振るったり怒鳴り声を上げたりすることは絶対にあり得ないと、リリーは自信を持って断言することが出来る。


 しかし兄はニックのように要領がよくなかった。それに加え情熱的な(たち)でもなく、積極的でもなかった。


 子供の頃から受け身な性格で、言い寄られたらあっさりその気になってしまう。そのくせ愛情表現が下手なものだから、無関心だと誤解されて最終的にはいつもフラれてしまう。


 ニックがいつか言っていた。お前の恋愛は底に穴があいたバケツで金貨を受け止めようとしているようなものだな、と。


「急いでも無駄よ兄さん。どうせまたフラれちゃうんだから」

「不吉なことを……。部屋出るとき鍵かけなくていいから。取られる物無いし」


 そう言い残して兄はそそくさと部屋を出ていってしまったので、ボタンをかけ違えてるわよ、と忠告し損ねてしまったことはリリーのせいにはならないだろう。

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