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二人はお芝居の練習をしてるの?

 誕生日パーティーが終わってから、リリーは父に大層褒められた。自分がなぜ褒められているのかさっぱり分からなかったリリーだったが、言葉を交わしていくうちに段々と、父のご機嫌の理由が飲み込めてきた。


 どうやらリリーがウィルと遊ぶ約束を取り付けたことが、父にとっては嬉しいことだったらしい。機嫌のいい父と話をするのは久しぶりだったので、リリーは嬉しくなって、父と母と兄と、家族全員で一緒に過ごしたいと思っていることをつい口走ってしまった。途端、父はいつも通りの無愛想な顔に戻って、リリーを無視してどこかに出かけてしまった。


 その日の夜、リリーはいつもみたいに、毎日を誕生日にしてくださいと神様に祈ることをしなかった。もうリリーの誕生日にすら、家族は集まらなくなってしまった。だから毎日が誕生日になったところで意味がない。


 それでももう、寂しくない。ウィルにもらった人形をみつめて自分に言い聞かせる。リリーをほったらかしにする家族なんて、もう知らない。だから別に、一人ぼっちでもいい。ベッドに潜り込んでからも、リリーは自分にそっくりな人形を抱き締めて何度も何度もそう呟いた。






 次の日、ウィルは約束どおりリリーに会いに来てくれた。すごく嬉しかったけど、わざと取り澄ました態度をとってしまった。


 リリーが喜んで見せなくてもウィルは嫌な顔をしたりしなかった。ウィルは、彼の従者がリリーの父と話をしている間、いろいろな話を聞かせてくれた。今通っている学校に編入生がたくさんやってきたとか。ウィルの兄が今朝、寝ぼけて手を洗うための水を飲もうとしたとか。


「殿下、伯爵のお許しが出ましたよ」


 広い玄関で立ち話をするリリーとウィルの側に、ウィルの従者が跪いて喋りかけてきた。彼のすぐ後ろには、普段では考えられないほど愛想のいい笑みを浮かべた、父が立っている。


「娘をどうぞよろしくお願いします、殿下。陛下にもどうか、よろしくお伝え下さい」


 ウィルは笑顔で父に返事をして、リリーに片手を差し出した。


「行こう、リリー」

「どこにいくの?」

「秘密」


 秘密ほど楽しいことはないと、リリーはこのとき生まれて初めて思った。ウィルと一緒なら楽しいことばかり起こるような気がして、うきうきしながら差し出された手を掴んだ。






 今リリーは王立軍学校の寮にいる。寮の廊下に、立っている。


「本当だって! これが一番効くんだって!」

「いやだ! 絶対いやだ!」


 扉の向こうから騒々しい声が聞こえてくる。


 ウィルが扉を叩くと「どうぞ!」とどこかやけっぱちっぽい声が返ってきた。


 声の主が自分の兄のであることを、リリーは扉を開ける前から察していた。扉を開けるとやっぱりそこには兄がいて、何故か机の上によじ登って涙目になっていた。そんな兄を、見知らぬ赤毛の男の子が、青緑色の液体が入ったコップを持って追い詰めている。


「これを飲めば一発だ。ジェイミー、俺を信じろ!」

「嫌だ! よく見ろ、どう見たってそれは人間が口にしていい色じゃないだろう」


 謎の押し問答をしている二人を見て、リリーはウィルの腕を引っ張った。


「二人はお芝居の練習をしてるの?」

「分からないけど、多分、違うと思うよ」


 ウィルは答えながら、にこにこと微笑んでいる。


 そのときようやく、兄はリリーの存在に気づいた。こぼれ落ちんばかりに目を見開いて、それから何度も瞬きをしてリリーを見た。


「リリー? あれ、何でここにいるの?」

「ウィルと一緒に遊ぶの」


 微妙に答えになっていないリリーの言葉を聞いて、兄は「そうか」と頷く。よほど驚いたのか、呆然とした顔のままずるっと机の上からずり落ちた。


「なんだこのクソガキ」


 赤毛の男の子が、リリーを見下ろしながらつまらなそうな顔で吐き捨てた。リリーは生まれて初めてクソガキと呼ばれて、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。そんな汚い言葉は生まれてこのかた聞いたことが無かったのに、何故かその言葉の意味するところは分かった。急いでウィルの背中に隠れて、赤毛の男の子と距離をとる。


「怖がらせるなよ。妹なんだ」


 兄は全く覇気のない声で赤毛の男の子をたしなめた。口の悪い赤毛は今度は物珍しそうな顔で、リリーを見下ろした。


「妹? 何で妹なんて連れてきた?」

「二人が喜ぶかと思って」


 人のいい笑顔で答えるウィル。赤毛は「はぁ?」と言って表情を歪めた。


「全然嬉しくねーよ」

「いや、ジェイミーとリリーが喜ぶと思って連れてきたんだよ。どうして自分のことだと思うの」


 苦笑いのウィルの言葉を、赤毛はふんと鼻を鳴らして無視する。


 なんて野蛮な態度だろう。リリーはこの口の悪い赤毛とは、友達にならないことに決めた。


「ねぇウィル、あれ何?」


 リリーはウィルの腕を引っ張って、赤毛が持っているコップを指差しながら小声で尋ねた。ウィルは赤毛に「それ何?」と真正面から尋ねる。


「うちのクソばばあ特製の薬。どんなに具合が悪くてもこれを飲めば一発で元気になれる」


 誇らしげに語る赤毛の話の内容よりも、リリーは"クソばばあ"という言葉が気になって仕方なかった。リリーの周囲に、こんな言葉遣いをする人はいないのだ。


 兄とウィルは、ちょっと悲しそうな顔をしていた。


「ニック。女の人のことをクソばばあなんて言っちゃいけないよ」


 ウィルの言葉を聞いてニックは不機嫌に眉根を寄せた。


「じゃあお偉い貴族はクソばばあって言いたいとき、どうすんの?」


 兄が首を捻りながら、考え込んでいる。


「お年を召した、愚かなご婦人とか?」

「そっちのほうがより酷くない? 俺お前らの感性よく分かんねぇや」


 リリーは兄と赤毛の会話を聞きながら、ちょっとイライラした。兄の元気がないとウィルは言っていたのに、全然元気じゃないか。兄はきっと、新しい友達と一緒に遊びたいから、リリーの誕生日パーティーに来なかったのだ。だから代わりにウィルを送り込んで、嘘をつかせたのだ。


「リリー、お腹すいた? お菓子食べる?」


 兄がリリーの機嫌をとろうと近づいてきた。お菓子で機嫌をとろうとするなんて、なんて卑怯な。リリーは近づいてきた兄の(すね)を怒りに任せて蹴り上げた。


「痛い!」

「あ、なにすんだよクソガキ!」


 リリーはそのまま、部屋を飛び出した。

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